異世界魔道物語 ~転生したら魔法弱者~
神崎
【第1話】プロローグ
静かな森の中。
そこに、息も絶えたえになりながら走る少年の姿があった。
なんで、僕がこんな目に。
少年は何かに怯えるように、息を殺しながら木の陰に隠れた。
―――フゴ、フゴ。
木陰から少し顔を出し確認すると、ブヨブヨなオレンジ色の肌、つぶれた低い鼻、そして大きな斧を片手に持った生物が鼻をひくつかせながら逃げた獲物を探している。
僕じゃオークには勝てない。
少年には逃げる体力が全く残っていなかった。
このまま、隠れていたとしても鼻のいいオークには見つかってしまうだろう。
何度か深呼吸を行い、呼吸を整える。震えながらも意を決し、腰に差してあるブロードソードを鞘から引き抜く。
そしてタイミングを見計らい、オークが反対側を向いた瞬間に勢いよく飛び出していった。
肉を断つ力がないため首に狙いを定め、刺突を行う。しかし、オークの肌に阻まれ刃が通らず弾かれてしまった。絶望する少年。そんな、少年の顔を下卑た笑いを浮かべてオークが見つめている。
次の瞬間。
少年の胴体はオークの持っている斧によって両断された。
「う、うぅ」
苦しむ少年の顔を、笑いながら覗き込むオーク。
―――ギャッギャ。
最後に見るのがオークの顔なんて、最悪な人生だったなぁ。
少年の息がだんだんと浅くなり、ついに、目から光が消えた。
―――フゴフゴ。
それを見て満足したのか、オークはその場を去って行く。何事もなかったかのように森には静寂が訪れた。
飯買いに行くのだりーな。
そんなことを考えながら、男は住んでいるアパートを出た。外は街灯の明かりが灯り始めている。
彼の名は神崎智也。年齢は23歳。
高校までは実家で不自由なく暮らし、高校卒業後に入ったのは情報系の専門学校。
友人はそこそこいるが一人の時間を大切にしており、一人で行動することも多かった。専門学校卒業後は、プログラマーになり、地方の中小企業で医療機器関係のプログラムを作成していたが、人間関係、会社に対する不満など様々な理由から仕事を辞める。その後、生活費を稼ぎながら他の職を探すために家庭教師を始め、現在に至る。
「うぅ、寒ぅ」
ポケットからスマホを取り出し、温度を調べると気温5度と出ていた。
早く弁当買って帰ろ。
程なくしコンビニに着き、焼肉弁当、餃子入りスープ、焼き鳥、炭酸飲料を購入し来た道を戻って行く。
次の仕事どうしようかな。
帰り道、次に何の仕事をするか考えながら帰る。目の前の横断歩道の信号が赤になったので、それを確認し止まった。
…
……
………。
信号が青になったので横断歩道をわたっていると、なにやら視界の右側が眩しい。嫌な予感がありつつも右側を見ると居眠り運転をしたトラックが突っ込んで来るところだった。
そんな状況の中、咄嗟にトラックを躱そうとする智也だが、間に合わずに跳ね飛ばされて……。
「おわっ!!」
トラックに轢かれたと思った瞬間に智也は目を覚ました。
「トラックは? それに、ここはどこだ?」
辺りを見渡すが、目に入るものは木、木、木。
近くの森まで吹き飛んだのか? あ! そうだ。
自分の体を確認すると血だらけだった。トラックに轢かれたのだから当たり前なのだが。
うわー血がたくさん出てる。でも痛くない、何でだ? それになんか着てる服も違うし。
その後も体を調べるが、血が付いているだけで、どこも怪我をしていない。それどころか、自分の体とは細さや身長など色々違う。
体の確認が終わったところで、もう一度、辺りを見渡すが、トラックのトの字も見えない。
なんだよ、いつもの夢か、そりゃそうだわ。それにしてもリアルな夢だったな。
スリリングな夢をよく見るので、この状況を夢と判断した智也。
さあ、いつもの夢なら、さすがにそろそろ起きるだろ。
しかし、いくら待てども起きる気配がない。
あれ? おかしいな、そうか、いつも目覚めるときは死んだり、アクシデントが起きて目覚めたっけ。あれ? じゃあなんでトラックに轢かれたときに起きなかったんだ?
その場で目を瞑り、思考する。そして1つの可能性に思い当たった。
これ、異世界転生なんじゃねえか? ガチであったのか……。
でも、少しだけ嬉しいかもしれん。元の世界の両親とかには申し訳ないがな。こういうの【怪我の功名】って言うんだっけか? なんか違う気がするけど。いや、それよりも現実世界の方の体はどうなってるんだ? 想像したくないな。
智也は転生系のアニメや、小説が好きだった。そして、転生することを妄想したりもしていた。だが、果たして幸運なのか不幸なのか、それはまだ分からない。
あ、でもチート無し。とかだったら詰んでるんだよなぁ…… そうだ!!
おもむろに、右手を前に出す。
「ステータスオープン!!」
…
……。
「ステータス!!」
……。
「プロパティ!!」
……。
「状態!!」
……。
「ひらけごま!!」
……。
右手、左手、両手でも試すがダメ。うんともすんとも言わない。
まさか地球の言葉が使えないのか?
その時だった。
―――フゴ、フゴ。
後ろから豚のような鳴き声が聞こえる。
森の中の豚? なんか嫌な予感がするんだが……。
そう思いつつも、ゆっくりと後ろを振り返る智也。
暗く何もない空間に、大小様々なモニターが浮かんでいる。そのモニターのうちの1つを、2人の人物が覗き込んでいた。
「あのようなことをして良かったのですか?」
白銀に輝く長い髪、透き通った白い肌、絶世の美女が、目の前に座る男に語り掛ける。
「なに、あまりに哀れだったのでな、このぐらいしても罰は当たらないさ」
それに対しこちらは、漆黒の長い髪、青白い肌、燃えるような赤い瞳をした美男子が答える。
「ですが、この世界の人間に、異世界の人間の魂を入れるなど、規定違反では?」
「まあ、バレなきゃ問題ないんじゃないか?」
冷静な口調で女が問いかけるが、それに対し悪戯っ子のような微笑を浮かべながら返した。
「私は知りませんからね」
そう言って女は、その場を去って行った。
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