第18話 薬屋の弟子による簡単な抗生物質の作り方



 僕の脳内に、某テレビ番組で放送していたお料理番組の木琴の調べが駆け巡る。

 ちゃんちゃらちゃらりらすっちゃんちゃ~ん。


 はーい、今日の手作り薬品は、ペニシリン!


 作り方をご紹介いただくのは、薬剤調合がご趣味のレイニーさん!

 そして、アシスタントも、この私、レイニーです!!


 有名な抗生物質ですね~、聞いた事は有るかな?

 ん? 抗生物質ってなぁに? 良い質問ですね~。


 簡単に言うと、カビとか細菌が分泌するもので、他の細菌や微生物が「これ以上増えられないよぉ~」って言う環境を作ってしまう物質の事だよ。


 だから、そのお薬を体内に入れると、体の中に入ってしまった悪い細菌さんが増えられなくなって、死滅して、病気が治るんだ!


 作り方はとってもシンプル!


 アオカビを培養して、

 そこからペニシリンを抽出して、

 フリーズドライにかけて粉末を得るだけ!


 ね? 簡単でしょ?


 では、どうやって培養するのか、ご説明いたしましょう!

 まずは固定培地こていばいちを準備するね。


 ガラスのシャーレは準備できたかな?

 シャーレって言うのは円柱状の浅いお皿だよ。

 ぴったりサイズのふたが付いているものを使おうね。


 この中に固定培地を作るよ。


 では、固定培地の元となる液体の作り方だよ。

 グルコース10g、ポリペプトン10g、アデニン0.4g、酵母抽出剤5グラム、寒天7.5gをきちんとはかりで計って準備しようね。


 そして、シャーレ以外の材料を全部500ミリリットルのビーカーに入れて、そこに精製水200ミリリットルを注いで混ぜるよ。

 よ~く、撹拌しようね。


 その間にシャーレは滅菌処理めっきんしょりをしよう!

 滅菌処理は、乾熱滅菌かんねつめっきんとか、紫外線滅菌しがいせんめっきんとか、いろんな方法があるけど、最も原始的なのは煮沸消毒しゃふつじょうどくかな。


 くつくつと湧いているお湯の中にシャーレをどぽん、と入れて

 15分以上煮る事で滅菌ができるよ。


 さて、がっつり茹でたシャーレは滅菌シャーレに生まれ変わったよ。

 生まれたてのシャーレに、よ~く混ぜたビーカーの液体を入れるね。


 入れる量はシャーレの三分の一くらいまでにしておこうね。

 次に、このシャーレと液体をオートクレーブで滅菌するよ。


 ん? オートクレーブが分からない?

 オートクレーブとは「高圧蒸気滅菌器こうあつじょうきめっきんき」の事だよ。ほら、漢字表記にすると何となく分かるだろう?


 この機械で2気圧の飽和水蒸気ほうわすいじょうきによって、温度を121℃に上昇させ、約20分間処理すると滅菌ができるよ。

 滅菌時間なんかは、中に入れるシャーレの量によっても多少前後するから注意だね。


 え? 分からない?

 そうだなぁ~……オートクレーブをもっと雑に言うと、要は圧力鍋あつりょくなべだね。

 ほら、圧力鍋でお料理をすると煮込み料理が凄く速く出来たりするでしょ?


 あれは、普通のお鍋でお湯を沸かすと100℃までしか上昇しないんだけど、圧力を加えて加熱すると、お湯は120℃近くまで温度が上がる性質があるんだ。


 だから、逆に、空気の圧力の低い所……

 8000メートル級の高山なんかだと、80℃くらいでお湯が沸騰しちゃうんだよ。


 ん? 圧力が加わる仕組みが分からない?

 そうだね、例えば、すごく重たい蓋で密閉してお湯を沸かすとするね。


 お水が沸騰してお湯になると、今まで液体だったお湯は水蒸気と言う気体になるよ。

 その時に、体積は百倍以上に膨れ上がるんだ。


 でも、蓋が重すぎて持ち上がらないから、気体になった水蒸気は、まだ液体のお湯をぎゅむぎゅむと押し付けている事になるんだ。


 これが、圧力を加えるって事だね。

 こうする事で、お湯は100度でも気体になれずに、温度を上げるんだよ。


 話を戻すね。そんな訳で、

 120度って言う高温で固定培地になる「液体そのもの」の雑菌を殺しているんだ。


 これで固定培地の準備は完璧!

 冷蔵庫に入れて、寒天を固めよう。


 ととのったかな?

 そうしたら作った固定培地にペニシリンの原料となる菌株きんかぶをクリーンベンチ内で塗布とふするんだ。


 あ、クリーンベンチは読んで字のごとく、ゴミやホコリ、浮遊微生物ふゆうびせいぶつなどの混入防止のために一定の清浄度レベルになるように管理された囲いの付いた作業台の事だよ。


 ペニシリンの原料となる菌株は、アオカビの中でもたくさんのペニシリンを作ってくれる優良株が良いね。

 元の世界ではペニシリウム・クリソゲナムって言う名前の株だね。

 たしか、最初に発見された時は、メロンについていたアオカビじゃなかったかな。


 さて、塗れたかな?


 そうしたら、このシャーレを常温に数日放置して、アオカビが育つのを待つよ。

 アオカビちゃんの成長に理想の気温は27度だから、温かい季節がおススメかな。


 はいっ! そして、こちらが4日たったシャーレで~す!!


 わ~、アオカビちゃんがビッシリ~。


 ここまでが培養の作業。

 次はこのアオカビから「ペニシリン」だけを抽出ちゅうしゅつする作業に入るね。


 先ずは、シャーレの中にある寒天培地かんてんばいちを温めて溶かすか、奇麗なお水にアオカビの生えた寒天培地をぺりぺり剥がして、入れて、3時間程度、ぐるぐると撹拌させます。


 このアオカビの浮いた液体をろ過するよ。


 ろ過って言うのは知ってるかな?


 お家で「豆のコーヒー」を飲む人は良く知ってるよね?


 じょうごの上に奇麗な紙を引いたりして、その上から、固形物の混ざった液体を流すと、固形物だけが「紙」と言うフィルタの上に残るんだ。

 つまり、固体と液体を分ける作業の事を「ろ過」と言うよ。


 「ペニシリン」は水溶性。

 液体に溶け込んでいるから、固形物は全部不純物になるんだね。


 でもまだ完全じゃないよ。

 この液体には、ペニシリン以外にも、別の成分がいっぱい混ざっているんだ。


 じゃあ、次は、この液体から、さらに「ペニシリン」以外の不純物を取り除こう!


 ろ過した液体に活性炭を入れるよ。

 あ、ちなみに、活性炭と炭は厳密には別物だよ。


 活性炭は「炭」に無数の小さな小さな穴を開けたもの、になるんだ。

 作り方は簡単!

 トウモロコシの芯みたいな、元々小さな穴が一杯空いている植物を炭にするのが、おススメだよ。


 これで、イオン化したペニシリンは活性炭に吸着されるよ。

 ペニシリンにはそう言う性質が有るんだ。


 ここまでで、雑に言うと「ペニシリンがべったりくっついた活性炭」が出来た訳だ。


 次に、この「ペニシリンべったりの活性炭」を1%の酢酸水溶液さくさんすいようえきで洗浄するよ。

 酢酸って言うのは、ごく普通に食卓にのぼる、あの「お酢」の事だよ。

 アレを薄めた物なんだ。


 何でこんな事をするかと言うと「ペニシリン」はそもそも酸性の物質なんだ。

 だから、同じ酸性の「酢酸水溶液」で洗うことで「アルカリ性の異物」を活性炭から取り除く事ができるからなんだね。


 洗浄後、今度は「ペニシリンべったりの活性炭」を器に入れて、そこに2%の炭酸水素ナトリウム水溶液を加えるよ。


 「炭酸水素ナトリウム」は別名「重曹じゅうそう」とか「重炭酸ナトリウム」と呼ばれる物だよ。


 「重曹」はお菓子作りやお掃除にも活躍する物質だから、台所に常備されているお家も有るんじゃないかな?


 自然に有る物で考えると重曹を含む岩石の層が存在してるけど……日本だと、炭酸ナトリウム温泉が有名かな。

 「無色透明・美肌の湯」といえば、これが多いね。ある意味、とても身近な物質だよね。


 そして、この「炭酸ナトリウム水溶液」はアルカリ性なんだ。

 さっき、「ペニシリン」自体は酸性の物質だと説明したよね?


 活性炭にべったりとくっついていた「ペニシリン」が「炭酸ナトリウム水溶液」で

洗われると、その中に溶け出してくる、と言う訳なんだ。


 これで、ようやく「純度の高いペニシリン溶液」が出来あがったんだ!

 テッテレー。


 さぁ、ココまでくれば、あと一息。


 次はフリーズドライだよ。これは、聞いた事があるよね?


 そう、フリーズドライとは、水分を含んだ食品等をマイナス30℃程度で急速に凍結し、さらに減圧して真空状態しんくうじょうたいで水分を昇華しょうかさせて乾燥かんそうさせることだね!


 「水」は圧力が低い状態だと低い温度でも沸騰しちゃう、って話したよね?


 逆に、圧力がゼロの状態だと、温度にかかわらず気体となる性質があるんだよ。

 だから、食品が凍っている状態で十分に圧力を下げると、食品中の水分が固体の「氷」から、直接気体である「水蒸気」に変化!

 そして、食品の表面から外部へ逃げていくんだ。発見した人、スゴイ!


 こうして、「純度の高いペニシリン溶液」から「水分」を除去することで「ペニシリンの結晶」が手に入るんだよ!


 やったね!!


 さぁ! これで仕上げ!

 やったよ、リーリスさん、薬が出来るよ!


 最後の行程は「ペニシリンがきちんと取り出せているか、薬効の確認」作業だよ。


 一番最初に作った固定培地と同じものを作ってね。

 でも、今度そこに塗布するのはペニシリンを作るアオカビの株じゃないよ。


 別の細菌……ブドウ球菌を使うのが一般的だね。

 梅毒トレポネーマは増やす方法がちょっと厄介なので、確認には使えないのが残念。


 ウサギさんの睾丸内に梅毒トレポネーマを感染させて、その睾丸を切り取り、磨り潰して確認するのが、梅毒トレポネーマを培養する一番簡単なやり方なんだけど、ちょっとそれは遠慮したいよね~。


 さぁ、これで、ブドウ球菌の成長が阻害されている事が確認できたら、「ペニシリン」の完成だね!






「……って、全然、簡単につくれないデスッッ!!!」


 だんっ!!

 思わず、机を叩きつけてしまった。


「うわっ!? どうしたっスか!? レイニー!」

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