第281話 ゴ・ウモン伯爵家
屋敷の庭にはよくわからない彫像やら、奇形のオブジェクトが展示されていた。
彫像は幻燈石と呼ばれる、茶道具などに使われる最高級の石を削りだして作られており、オブジェクトはミスリルやオリハルコンなどの希少金属をもちいているようだ。
中に入り僕らは応接室まで通されたのだが、途中に飾られている絵画や壺などの装飾品も、僕には理解できない物ばかりで、ここの主とは一生わかりあえることはないのではないかと判断をしていた。
そんなわけで、現在ぼくとルナとイブの三人は、マリナの紹介状を持ってゴ・ウモン伯爵の下を訪れていた。
「一体、どうしてワシの家の魔導具が狙われなければならないんだ」
現れるなり、鼻息を荒くして僕らに愚痴るのはこの屋敷の主でもあるゴ・ウモン伯爵本人だ。
色々と不摂生をしているのか、お腹に贅肉が付いており、動きが鈍そうに見える。
「当家はアナスタシア王家を建国した時から裏で支えてきた名門だぞ。ヒルダなんぞに狙われたせいでおかしな噂が広がって迷惑しておるのだ」
大盗賊ヒルダは義賊らしく、悪い貴族からしか物を盗まないと言われている。
ちなみに、こっそりとマリナから聞いた話だが、ゴ・ウモン伯爵の素行は非常に悪いようで、屋敷で働く女性に手を出したり、悪徳商人と取引をしたりと、聞いているだけで殴り飛ばしたくなるような悪人ぶりを見せている。
「だが、これは良い機会だ。ここであの悪名高きヒルダを捕えることができれば、当家の名声が上がるだろう。もし捕えたら王家に引き渡す前に、ウヒヒヒヒヒ……」
『マスター、この人気持ち悪いです』
『エリク、これ典型的なクズ貴族だよ』
何を考えているのか一目でわかるゴ・ウモンの様子に、二人は念話を送ってくる。
『取り敢えず二人とも、そんな顔で見るのやめて!』
汚物を見るような視線をゴ・ウモンに向ける二人に僕は注意すると、
「その狙われている物というのは、どんなものなんでしょうか?」
あまりにも聞くに堪えない言葉ばかりだったので、さっさと本題に入ることにした。
「よくぞ聞いてくれた。今回ヒルダが狙っているのは『宣告のネックレス』と呼ぶ、はるか昔に存在した文明が作り出した魔導具なのだ」
そう言って懐から七色の宝石が付いたネックレスを取り出した。
『マスター、これ全部高純度のダンジョンコアです。しかも、一つ一つに別な魔法が付与されていて、すべて揃って壮大な効果をもたらす強力な魔導具ですよ』
『古代文明の魔法、興味深い……』
イブとルナが先程までとは別な意味でネックレスに注目した。
「このネックレスは、身に着けたものに対してそれぞれ七つの課題を与えるのですが、途中で失敗するとペナルティを与えることになります。そして、与えられるペナルティは課題を攻略していくほどに強くなり、最後の課題で失敗すると命を失うとされているのですよ」
「それは、怖い魔導具ですね。ちなみにこちらを使ったことは?」
僕はゴ・ウモンに使用状況を質問した。
「ええ、しょっちゅうですな。当家で雇う者は一応教育されたメイドが多いのですが、主人の意を汲めぬ者が多く、そう言った手合いにはこのネックレスを身に着けさせ、ペナルティを与えるようにしているのです」
とても下卑た笑みを浮かべるゴ・ウモン。その口ぶりから、どのようなペナルティがあるのかゴ・ウモンが把握しているのだと察する。
「ち、ちなみに……どのようなペナルティがあるんですか?」
「ふふふふふ、ワシもこれまで三つ目の課題で失敗した人間しか知らないのですがね、一つ目のペナルティは【催淫】。つまり、誰かに抱かれない限り収まらない呪いが掛けられてしまうのですよ」
そうやって、メイドたちを手籠めにしてきたことの想像がつく。
『マスター、この人狙われて当然なのでは?』
『禁呪つかっていい?』
両側から殺意交じりの念話が飛んでくる。目の前の女の敵を処するべく提案をしてきた。
「それで、僕らが警護をするという点についてなのですが……」
彼の処分については僕らが手を下すまでもなく、マリナが現在手続きを進めている最中だ。
ここでぶちのめしてしまっても、大盗賊ヒルダを待ち伏せすることができなくなるので我慢するしかない。
「ええ、その件ですが必要はありませんな」
「どういうことですか?」
ふん、と鼻息を飛ばすゴ・ウモンは冷ややかな目で僕らを見る。
「マリナ王女の紹介状をお持ちしたので、ひとまず話をさせていただきましたが、アカデミーを卒業したばかりの魔道士が二人と学生が一人。噂ではアルカナダンジョンを攻略したメンバーとお聞きしましたが、実力が確かなのかどうか……」
その顔は「王家の権力に下駄をはかされて肩書きを貰っただけだろう」と告げている。
実際、アルカナダンジョンを攻略しても、直接コアをみた各国の王族はともかく、当事者ですらない貴族の中にはこうして疑う者も多い。
モカ王国など、日頃から僕やルナの行動を知っている者ならば別なのだが、伝説のダンジョンというネームバリューはそれをよく知らない者にとって意味をなさない。
「マリナに……王家の要請に歯向かうの?」
ルナがじっとゴ・ウモンを睨みつける。
「いえいえ、勿論配慮はさせていただきますよ。ただ、ワシが雇った選りすぐりの警備員の邪魔をされてしまうと困るのですよ」
大盗賊ヒルダの予告状が来て以来、ゴ・ウモンは外部より強力な冒険者や騎士などを雇い入れたと聞く。
「そんな寄せ集め、マスターに比べたら――」
「落ち着くんだイブ!」
声を荒げるイブを止める。
「すると、当日は僕らはこの屋敷に滞在することができず、自分たちだけで解決に当たるということですか?」
「いえいえ、流石に当家も王家の要請を無視するわけにはいきませんからな」
「ではどうするのですか?」
僕はゴ・ウモンと視線をかわす。
「あなた方には、ヒルダが現れるであろう通路の一番外を守ってもらいたいと考えています」
「えっ? それって、むしろ信頼しているのでは?」
イブが目を丸くする。だが、おそらくそうではない。先に僕らを当てて、少しでもヒルダの力を削げれば儲けものと考えているのだろう。
「あなた方が、本当に噂通りの強さをもつというのなら、問題ないはずですよね?」
「わかりました、それで構わないです」
いやらしく笑うゴ・ウモンに、僕は警備を了承する返事をした。
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