第267話 日常生活への復帰②

「はぁ……」


 溜息が聞こえてくる。


 物憂げな表情を浮かべたマリナがお茶をしている。


 ここはゴッド・ワールド内に作ったカフェで、穏やかな気候と自然豊かな景色を演出していて、僕ものんびりしたいときなどに本を持ち込んだりすることがある。


「私はどうすればよいのでしょうかね?」


『クエッ?』


 テーブルの上に載って餌を突いているカイザーを撫でている。


 自分に問いかけられたと思ったのか、カイザーは顔を上げ、つぶらな瞳でマリナを見た。


『キャルキャルキャル』


 彼女の肩にはキャロルが載っており何やら金属の塊を食べている。金属も含めると相当重たいはずなのだが、キャロルが落ち着けるように左右のバランスをちゃんと取っているらしい。流石はマリナ……。


 二匹に囲まれながら微笑む姿は流石は宝石姫と呼ばれるだけある。思わず見惚れてしまった。


『クエッ! クエッ!』


『キャルッ! キャルッ!』


「えっ、突然どうしたのです?」


 二匹が僕に気付いたのか飛びついてきた。


「エ、エリク!?」


 振り向いたマリナが大きく目を見開いて僕を見る。


 気まずそうな雰囲気を漂わせ、咄嗟に視線を逸らされてしまい、僕は首を傾げた。


「やあ、マリナ。同席してもいいかな?」


 僕は手に持っている本を持ち上げて、読書をしに来たことを告げるとマリナに確認する。


「ど、どうぞ」


 何やら気まずい雰囲気を感じる。


 向かいの席に座って待っていると、イブが管理している自動人形がティーセットを運んできた。


 しばらくの間、紅茶を飲みクッキーを摘まみながら読書をしていると、マリナがたびたびこちらを見てくるのが気になった。


「ん、何か僕に言いたいことでもあるの、マリナ?」


 何か違和感でも覚えてしまったのだろうか?


 これまでもこうして二人でお茶を飲みながら過ごしたこともあるのだが、このような視線を向けられたことはなかった。


 タックのこともあるし、ドッペルゲンガーを使ってサクラが何かやらかした可能性がある。


「その……、エリクは……私のことをどう思っているのですか?」


「えっ? 何を突然?」


 僕がマリナをどう思っているか? 改めて問われて考えた。


 そんなのは決まっている。意志が強く努力家で負けず嫌い。やや視野が狭いところがあるけど、目的を決めて達成させるためなら、どのような困難にも立ち向かう。


 僕はマリナを好ましく思っている。


「言っておきますけど、ここでの問いかけは『友人として』ではありませんからね?」


 答えを口にしようとしたところで、マリナが鋭い視線を送りながらそう言ってきた。


「えっと、なんで……そんな質問をするのかな?」


 いよいよマリナの様子がおかしいと察した僕は、背筋に汗が伝う彼女の表情を真剣に観察する。


「それはこっちが言いたいです! どうして、突然あのようなことをされたのですか? お蔭で、あなたを意識してしまうんですよっ!」


 突然の大声に、


「……あのようなっ?」


 僕はオウム返しに聞き返した。


「突然、抱きしめてきた件です!」


「へあっ!?」


 顔を真っ赤にしてどなるマリナに僕は変な言葉を発した。


(サクラっ! ちょっと聞きたいんだけど!)


『なーにー? パパ?』


 これはまずいと感じたので、僕は慌ててサクラに確認する。


(僕の留守中に妙なことしなかった?)


『んー、おかしなこと? 誰のことか教えてもらえないと、サクラわからないよ?』


 まさか心当たりが複数人いる?


 そのことに戦慄を覚えながら事実確認をする。


(マリナについてだ。抱きしめたってどういうこと?)


『ああ、それならドッペルゲンガーちゃんが勝手な動きをしてね、マリナお姉ちゃんに怪しまれちゃったの』


 なるほど、サクラは別に悪くないのか。ドッペルゲンガーには僕の人格が宿っているからね。完璧に制御できなかったとしても仕方ない。


『それを誤魔化すために『とりあえず抱きしめて誤魔化しちゃえ』って命じたんだよ』


「何てことするんだっ!」


「ひっ、突然叫ぶなんてどうし…………いつものエリクみたいで安心しますね」


 マリナがドン引きしながら何やら不穏な言葉を口走る。


 そのせいか心なし表情も砕けていた。


 ひとまず彼女の認識は僕が突然抱き着いてきたということで間違いないだろう。


 これまで師弟関係にあった人間がいきなりそんな行動をとったのなら警戒するのも理解できる。


 先程の質問もドッペルゲンガーの取った行動を聞いた後は当然の疑問だと感じる。


「エリク?」


 おずおずと瞳を覗きこまれる。改めて向き直ってみると普段よりもマリナの表情が気になった。


 僕はコホンと咳をして間をとると告げる。


「実はあの時抱きしめたのは、マリナの背中に虫がついていたからなんだ」


 苦しい嘘だ。虫がついていたからと言って抱きしめる理由には弱いし、ゴッド・ワールド内では外から入ってこない限り自然生物は発生しない。


「見た目からして結構気持ち悪そうな虫だったからさ、マリナがショックを受けないように捕まえて払ってあげただけなんだよ」


 それでも、今はこれで押し通すしかない。


 僕は語り終え、マリナを見る。心臓がどきどきと鳴っている。もしこれで納得してもらえなければルナやミーニャ、イブなんかにも伝わって白い目で見られかねない。


 マリナは落ち着きを取り戻すと胸を撫でおろす。


「そうだったのですか……。エリクの行動は紛らわしいですよ。私はてっきり……」


 その先は言わずともわかる。マリナは顔を赤らめると……。


「お蔭でモヤモヤが晴れました。せっかくなので少し打ち合いませんか?」


 彼女は腰の剣をポンと叩いて見せる。


 すっきりしたところで身体を動かしたいとは実にマリナらしい発想だ。


「うん、付き合うよ」


 どうにか誤魔化すことができ、安心した僕も立ち上がる。


 お互いに離れて立ち、合図とともに剣を重ねると、


「へぇ、随分と強くなったね。流石はマリナ」


「ふふふ、いずれはあなたに追いつきますよ。エリク」


 高速で剣が重なり、金属がぶつかる音が連続する。


 次第に思考が加速されていき、僕とマリナは久しぶりの対戦を楽しむのだった。


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