第248話【デビル】の恩恵

 目の前には間の抜けた顔をしたアルガスさんが立っている。


「あのー、もしもーし。アルガスさん、大丈夫ですかぁ?」


 イブは近づくとアルガスさんの顔の前で手を振って見せた。


「はっ、あり得ない状況に意識が飛んでいたが……」


 冷や汗をだらだらと流したアルガスさんはどうにか動揺を押し殺すと僕に指を突き付けた。


「つまりっ! 最初から国家ぐるみの策略だったということだろう!」


 堂々と言い放つアルガスさん。


「いいえ、僕らは最初から策略なんて仕掛けていません。あの方はマーモ皇帝本人ですよ?」


「しらじらしい嘘を吐きおって。二人の国王が協力しているのだ、言い逃れはできんぞ」


 なるほど、アルガスさんはそこまで疑っているのか。


 無理もない。現状でマーモ皇帝本人を認めれば極刑になるわけだし、用意した偽物にあらかじめ話を通してアルガスさんを陥れることもできるだろうから。


 僕が頭を掻き、どうやって本人を納得させるか考えていると、マーモ皇帝が動いた。


「な、なんだ貴様っ!」


 皇帝はアルガスさんの耳に顔を寄せると何やら囁いた。


「ば、馬鹿な……そのことは私と皇帝しか知らないはず……」


「だから言ったじゃないですか、策略なんて仕掛けてないって」


 イブの呆れた声にアルガスさんが反応する。


「だったら、どうやって皇帝を回復させたっ! あの毒に対する特効薬はこちらでしか用意できない代物だぞ」


「それなら、僕が作ったエリクシールを飲ませたら一発でしたよ?」


「エリク……シール……だと?」


 口をパクパクさせるアルガスさん。よほど驚いたようだ。


「おまえ、エリクシールっていえば万能の霊薬だぞ。それをあっさりと……」


 タックが呆れた声をだし、僕を見ていた。


「物語の中では病気の御姫様に使ったことで御礼にお姫様と結婚したとある」


 ルナがぼそりと告げる。普段の無表情が少し崩れて見える。


「エリクがすることですから今更驚きませんけど、本当に何でもありですね」


 マリナもあり得ない者を見るような目で僕を見ていた。


「つまり俺の命を救うためにエリクシールを使ったのなら、俺も愛娘を差し出さねえといけねえな」


 マーモ皇帝はアゴを撫でながらミーニャさんを見て笑った。


「お、お父様!?」


 ミーニャさんが顔を赤らめる。マーモ皇帝が言った冗談を真に受けているようだ。


「だ、だとしたらそこの死体はどうなるっ! まさかこっちが偽物だとでもいうつもりか?」


「いえ、こちらはマーモ皇帝で間違いありません。死体の魔力を鑑定しましたので……」


 人間は一人一人魔力の質が違っている。皇族や王族など高名な人物は、あらかじめ自分の魔力を登録しているので、それを調べれば死体が本人かどうかはっきりさせることができるのだ。


「それにしても、自分の死体を見るのはいい気分じゃねえ。エリク、何とかしてくれないか?」


「わかりました」


 マーモ皇帝もミーニャさんも険しい表情で死体を見ていた。僕としても死体と同じ場所にいるのは気分が良くない。


「イブ頼んだ」


「はーい、それじゃあ消しちゃいますね」


 イブが指を鳴らすと、死体から煙が上がり始めた。


「な、なんだいきなりっ!」


 煙は死体全体から溢れだし、マーモ皇帝の身体が見えなくなる。


「き、貴様っ! 皇帝の身体に何をしたっ!」


 焦りを浮かべて食って掛かるアルガスさん。


「まあまあ、もう少し見ていてくださいよ」


 イブはいつも通り笑みを浮かべると彼を説得した。


 二人が言い合ってる間に煙が晴れると、


「し、死体が消えたっ!」


 検死官の声が聞こえた。


「ま、まさかあれが偽物だった?」


「そ、それはあり得ないです。これまでも死を偽装しようとする人間はいましたが、偽物を作り出すスキルでは魔力の偽装は不可能。間違いなくあれは本物です」


 二人のやり取りに僕は笑って見せる。


「き、貴様の仕業だろうっ! 一体何をしたのだ!」


 迫ってくるアルガスさん。


「確かに僕がやったことですけど、方法は秘密です」


 僕がそう言うと、アルガスさんは睨みつけてきた。


「それよりアルガスさん。良いのですか?」


「何がだっ!」


「マーモ皇帝は本物、盗難事件の解決もまだ。つまり、アルガスさんは責任を取らないといけないんですよね?」


 思わぬ人物の登場で忘れているようだが、元々今日の席は盗難事件の話し合いで設けられたのだ。


「安心しろ、直ぐに殺したりしねえ。お前に盛られた毒を使って情報を洗いざらい吐かせてからになるからな」


 よほど腹に据えかねたのかマーモ皇帝がそう言うと、


「あああああああああああああああああああああああああああああああああ」


 アルガスさんは頭を抱えるとその場でうずくまるのだった。


         ★


「それにしても可哀想でしたねぇ」


 アルガスさんが壊れてしまったので、その場は一旦解散となった。


「まあ、本人の自業自得だから仕方ないけどね」


 僕とイブはやることがあったので、皆と別れてゴッド・ワールドへと戻ってきた。


「それにしても、新しいアルカナコアの解析が間に合ってよかったよ」


 今回、アルガスを欺くために使ったのはアルカナコアの力だった。


「【ドッペルゲンガー】。本人とうり二つの記憶と肉体を再現する。とても有用な能力ですよね」


 死体を偽るだけなら幻覚でも良かった。だが、先程も言った通り偽ったところで魔力は誤魔化せないし、何より触れられたら気付かれてしまう。


 アルガスさんを完全にだますにはそれでは足りなかった。


「ひとまず、これで解決ですね」


「僕らは【ザ・デビル】のコアの恩恵を手に入れたし万事解決だね」


 誰も不幸にすることなく解決したことにほっと息を吐くと、僕はソファーに身体を預けるのだった。

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