第243話責任転嫁
「魔法陣にはなんの形跡もないだと?」
場所は事件があった金庫。アルガスは調査を命じた宮廷魔道士に報告を聞いていた。
「はい。撃退の魔法陣が作動した様子も破壊した形跡もありませんでした」
「馬鹿なことを! そんな訳あるかっ!」
帝国の結界魔法は世界随一だ。
特に金庫に使っているそれは莫大な魔力で維持している。それこそ宮廷魔道士が十人体制で魔力を注いでいるのだから。
「結界を作動させずに金庫に入る方法はこの【マスターキー】を使うしかないのだぞ」
アルガスは懐から豪華な装飾が施されたオリハルコン製の鍵を取り出す。
この鍵は【開錠】のスキルが付与されている魔法具だ。
この世界のありとあらゆる扉を開くことができるので、皇帝が所持していた。
アルガスは皇帝が病に倒れていることを理由に奪い取っていたのだ。
「まさか宰相が?」
「たわけっ! もし私が盗むとして誰かが目撃しているはずだろう! この場は騎士団と宮廷魔道士が交代で守っている。その全てに息が掛かっていなければ盗むことは不可能に決まっている」
疑いを向けてくる宮廷魔道士をアルガスは一喝した。
「で、ですが。そうなるとそもそも盗むという行為自体が不可能なのではないでしょうか?」
外には見張りが立っていて、中にはいるには結界をどうにかしなければならない。見張りさえなんとかしてしまえば【マスターキー】で結界そのものを作動させずに済むのだから疑わない方がおかしい。
皇帝がもつべきマスターキーを所持しているが為に最有力容疑者になってしまう。それでなくとも財宝を紛失した責任を取らなければならない。
各国もアルカナダンジョンの財宝ということで利権が絡んでいるので引き下がることはない。そして、現在帝国を率いているのはアルガスだった。
「このままでは私が責任を取らされてしまうのか……?」
財宝が見つからなかった時に自分の身に降りかかる末路に背筋が冷たくなる。
せめて結界を壊したり、見張りを殺してくれていれば外部の犯行であると疑われずにすんだのに、この犯人は証拠一つ残すことなく財宝を盗み出したため、犯人が帝国内部であると疑うしかない状況を作り出した。
「と、とにかく私は一度ここを離れる。貴様は誰にも余計なことは言わず調査を続けるのだぞ」
アルガスはそう言うと金庫をあとにした。
「とりあえず、マスターキーに関しては皇帝の懐に戻しておいたが……」
アルガスは執務室で机に肘をつきながら考えていた。
あれから数日が経つが調査は難航していた。
幽閉している皇帝にマスターキーを押し付け犯行可能な人物を皇帝へと誘導した。
皇帝はアルガスの毒に蝕まれて動ける状況でないというのも好都合。
調査が空振りに終わったとして、責任を皇帝にとらせてしまえば丁度良いとアルガスは考えた。
「ふふふ、自分の頭脳が恐ろしい。この窮地を利用して皇帝を排除できるのだからな」
ただの盗難であれば、もしくは皇帝がしゃべれる状況ならなしえなかっただろう。だが、各国の圧力によって皇帝が退くというシナリオは使える。
あとは約束の調査完了日をもって皇帝の退位を宣言すればよい。継承権を持つ王子は既に抱き込んでいるので傀儡として腕を振るうことができる。
「あとはミーニャが仕事をするのを待つだけなのだが……」
アルカナコアの所有に関しては盗まれてしまったので不可能だが、エリクだけはここでなんとしても倒しておかなければならない。
自分が帝国を牛耳ったあとで確実に邪魔になるからだ。
「皇帝を退かせたあとは内密に処分する必要があるな」
アルガスにとって皇帝はミーニャを意のままに操る駒だった。退位により逆上して襲い掛かってくる可能性があると考えると。
「親子揃って始末してしまった方がよいだろうな」
エリクを暗殺してくれればよし。仮に失敗してもこちらから処刑する口実になるのでどう転んでも問題ない。
「ふぅ、一時はどうなるかと思ったがこれですべて丸く収まるわい」
栄光への道筋を読み切ったアルガス。ポットを用意してお茶でも飲もうとしたところ……。
――コンコンコン――
「失礼いたします」
「何か成果があったのか?」
入ってきた兵士から目を離しながらカップにお茶を注ぐ。そしてカップを持ち上げお茶を飲もうとした瞬間――。
「皇帝陛下がお亡くなりになりました」
「へっ……?」
カップが指からすり抜けてテーブルへと飛び散った。
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