第202話地獄の特訓②
「はぁはぁ……もう打つ手がない。くっ!」
マリナを連れて家に戻るとそこではタックが青ざめた顔をして悔しそうにうなだれていた。
「イブ。順調かな?」
「あっ、マスターお疲れ様です。マリナさんは予想よりは元気そうですね」
イブは僕を労うと後ろで僕におんぶされているマリナを見た。
「これでましな方なんですか? 私って本当に何をやらされてるのでしょうかね?」
背後から戦慄を覚えたような声がする。僕はマリナを背中から降ろす。
「どうやらタックも大変な目にあっている……あっているんですか?」
マリナは首を傾げるとタックに問いかけた。
「見りゃわかんだろうがよ!」
「いえ、私には羊を相手にトルチェをしているようにしか見えませんけど?」
そう、タックは畳に正座をしながらトルチェをしている。盤の前にはゴールデンシープのハナコがいた。
「ほら、タックさん。ここでそういう安易な手を打つからあなたは駄目なんです。ちなみに今回の対局の敗着は最初から数えて12手目ですね」
敗着というのは負けを決定付ける1手のことだ。イブはその凄まじい頭脳を駆使してタックとハナコの対局を1手ずつ解説していく。
「あの……私は死にかけていたのに、タック王子への特訓はぬるすぎでは?」
隣から肘をつつかれるとマリナが僕の耳に唇を寄せて不満を口にした。
「安心するといいよマリナ。ちゃんとタックも地獄をみるからさ」
「そこに安心するのは人として間違っているような気もしますけど……」
言っておくがイブの容赦なさは僕の比ではない。彼女は色々とぶっとんでいるからね。
「あーっわかったよ! 取り敢えずいったん休憩すっか。足もそろそろ限界だからよ」
自分の注意点を指摘されたタックが「もううんざりだ」とばかりに足を崩そうとすると……。
「誰が足を崩してよいと言いましたか?」
「「えっ?」」
タックとマリナの表情が固まる。
「イブ言いましたよね? 『ハナコに勝てるまでトルチェをやってもらう』と」
「いや、確かにそうは言ったけどよ。今も散々負かされて頭も足も限界に来てるんだぞ? そんな状態で挑んでもこの羊に勝てるわけねえ。というか羊のくせに強すぎるぞ」
「そこがあなたの駄目なところですタックさん。あなたは戦場で敵がトルチェを仕掛けてきた時に『頭が疲れているからまた今度な』などというのですか?」
「いやっ! 普通言うよな!?」
「言い訳は聞きたくありません。そもそもあなたには学ぶ姿勢が足りていません。そんなのだから、この前のアークデーモン戦でも効きもしない攻撃を繰り出して周りの邪魔をしていたのです。いいですか? タックさんが強くなるにはもっと戦いの駆け引きと周りを気遣うことが不可欠です。このままではいざアルカナダンジョン潜ったとしても勝手な行動をとり、周りの足を引っ張るだけですよ?」
言い返してきたタックに不満があるのか、イブの口から次から次へとタックへの駄目出しが飛ぶ。
「わかった! わかりました! 続ければいいんだろうがよっ!」
自棄になって怒鳴り返すタック。だがイブは眉をピクリと動かすと……。
「……いいんだろうが?」
冷めた目でタックを見下した。僕はあんなイブを初めてみた。
「いいんですよねっ!」
まるでドラゴンに睨まれたリザードマンのようだ。
「ねっ。地獄でしょ?」
「あのタック王子がここまでおとなしく従うなんて……。でも、これだけじゃあ地獄というほどでは……」
「あっ、ちなみに勝てるまで睡眠も一切受け付けてませんからね」
「いや、流石に睡眠ぐらいは――」
「タックさん。あなたは戦場で敵と対した時に……」
「いや、わかったから!」
これ以上言いあっても勝ち目がないと悟ったのか、タックはイブの言葉を遮った。
「人間、1週間ぐらいなら寝なくても平気ですよ。マスターなんて魔法具を作るために1週間で7時間しか寝なかったこともあるんですから」
「あー……あったなぁ」
あれは、ほんっとうに辛かった。イブに言われるままに起こされてひたすら魔法具を作る作業をする。魔法具が早く入手できるかどうかで先までのスケジュールが大きく違ってくると言われて反対もできなかったのだ。
「マスターなら10日寝なくても平気なんですから。タックさんも少しはマスターを見習ってください!」
いや、流石に僕もそんなに起きてたくないからね? いろいろな魔法を駆使すればできなくはないけど……。
「なるほど、確かに地獄のようですね」
マリナが畏怖の表情を浮かべている。
「ところでルナの姿が見えませんね?」
きょろきょろと周囲を見渡すマリナ。
「ああ、彼女の相手はカイザーとキャロルがしていますから」
「カイザー? キャロル?」
首を傾げるマリナ。
「それじゃあ僕らはちょっとルナの様子を見てくるからタックも頑張ってね」
「えっ? 俺を置いていくのか……」
絶望を浮かべるタックを無視すると、僕とマリナはルナの元へと向かうのだった。
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