第169話スターファイア
「遠路はるばるお越しくださりありがとうございます。当ホテルはお客様に満足いただけるよう努めておりますので、何かございましたらお近くのスタッフまでお声掛けをお願いします」
支配人の記章を腕につけたイブが挨拶をしている。
プレオープンから3日が経ち、島外から新たな観光客が訪れたのだ。
スタッフたちが淀みない動きで接客をしていく。僕がその様子を観察していると……。
「……どうやら問題ないみたい?」
いつの間にかルナが隣に立っていた。
「お蔭様でね。やっぱり本職の人達を採用できたのはでかかったね」
今働いているのは元々この島で宿泊施設やレストランを経営している店のスタッフ達だ。
プレオープンの時は僕の授業に出ていた生徒達を中心に回していたのだが、副議長が「島外から観光客が押し寄せるなら人手が足りないだろう?」と便宜を図ってくれたのだ。
各お店から人を出してもらう代わりに、こちらも野菜やらなんやらを提供することでサービスの向上をはかる。
店側としてもコストが抑えられるので宿泊費が下がり、未熟な探索者などが喜ぶ。
僕のホテルが中心になり島がどんどん活性化し、島の内外からSPと資金を吸い上げている。
「もしスタッフが集まらなかったらどうしてたの?」
「そりゃ勿論、ルナやタックにずっと働いてもらってたけど?」
ルナの質問に答えると彼女は眉をひそめた。
実際は、プレオープンの成功を機に募集を掛ける準備をしていたのだが……。
「エリク。私達が王族だって知ってる?」
「勿論知ってるよ」
各国から宝石姫と呼ばれるその美貌はたいそう不満そうに僕を見ていた。
「でもね、僕にとって皆は大切な友達だと思ってるから。壁を作りたくないんだよ」
アンジェリカやロベルトが最初に仲良くしてくれてからというもの、僕の周りには大切な人達が増えてきた。
「む、むぅ。それと私達に仕事をさせるのは繋がりが無い」
ルナは頬を赤くしつつも睨みつけてくる。その瞳は「誤魔化しても無駄」と語っているようだ。
「繋がりはあるさ」
「どういう繋がり?」
「僕はこの数週間楽しかった。なぜかわかる?」
ルナは首を傾げる。そんな仕草が可愛らしく映る。
「ルナやマリナにタック。ロベルトやアンジェリカ……それにソフィアも。友達と一緒に企画したからだよ」
食料の調達や接客の練習などを皆で一生懸命した。
イベントは準備が一番楽しい。僕は皆と盛り上がりながらこの事業を形にしていくのが楽しくて仕方なかった。
ルナにもそれが伝わったのか……。
「……私も楽しかった……よ」
目を逸らす。どうやら照れているようだ。
僕はそんなルナの様子を優し気な瞳で見ていると……。
「そ、それとは別にちゃんと報酬は貰うからね!」
僕が見ているのに気付いたのか、ルナは顔を逸らすと慌てて何処かへと行ってしまった。
「エリク様、祖国の貴族達に挨拶してきましたわ」
「俺の家の人間も来たから宣伝しておいたぞ」
次に現れたのはアンジェリカとロベルト。
「二人ともありがとう。特にアンジェリカ。今度アレスさんに御礼を言いに行きたいから都合の良い日を聞いておいてもらえるかな?」
「も、勿論ですわ」
今回の集客でモカ王国から多くの貴族を招くことができた。それができたのもこの二人のお蔭だ。
「それにしても最初は無謀な計画だったのに、良くやったよな」
ロベルトが感慨深げに呟いていた。
「まあ、ソフィアの実家からの支援があったからね」
僕はイブの方を見ると誤魔化して見せる。
「え、エリク様はその……ソフィアさんとは……」
アンジェリカが距離を詰め真剣な表情で何か聞きたそうにしている。
だが、瞳を潤ませるとそれ以上言葉が出てこないようだ。
僕はそんなアンジェリカの変化に首を傾げるのだが……。
「そういえばエリク。お前ソフィアとどういう関係なんだ?」
唐突にロベルトが質問をぶつけてきた。
「えっ? 単なる後輩だけど?」
実際は僕の恩恵なのだが、それを説明するには時間やらなにやら色々と足りていない。
僕が何気ない返答をすると……。
「だそうですよ、アンジェリカ様」
ロベルトはアンジェリカへと視線を向ける。
僕がつられてそちらを見ると胸を撫でおろすアンジェリカがいた。
「アンジェリカ? もしかして疲れてる? 休んだ方がいいよ?」
モカ王国の王女として挨拶をしてもらったが、後のことはスタッフがうまくやってくれるはず。容態が良くないのなら休んでもらった方が良い。僕はそう考えたのだが……。
「いいえっ! 凄く元気になりましたわっ! 何でもおっしゃってください」
胸のつかえが取れたかのように満面の笑みを浮かべたアンジェリカ。周囲の観光客達も思わず見惚れる程だ。
何がきっかけかよくわからないが機嫌を良くしているアンジェリカにロベルトが背後から近寄ると。
「エリクの奴、この島にきてから何度か告白されてますからね?」
「それは君もだろ……。ロベルト」
なぜここでその話題を出したのか解らないが、僕は言い返しておく。
南の島のひと夏の想い出ということなのか、授業で教えた女生徒から告白をされた。
中には僕とロベルトの絡みを見るのが好きとか、僕とタックの絡みが好きとかよくわからない告白もあった。
いずれにせよリゾート地での解放感はそう言った方向に向きやすいらしく、事実。スタッフの中からカップルも生まれている。
いずれ彼らが結婚するころには式を挙げられる施設も用意しておくべきだろう。……【神殿】を使えば問題ないだろうか?
僕がそんな新しいアイデアを思いついていると……。
「ですから他に取られるぐらいなら勇気を出してください」
「……わ、わかりましたわ」
考え込んでいて聞いていなかったが、何やら話が進んでいたようでアンジェリカが真剣な顔でロベルトに頷いていた。
「それじゃあ僕はそろそろ他の場所を見てくるから」
アンジェリカがとても真剣な顔をしているので、邪魔しては悪いと思った僕はその場を離れるのだった。
中央では薪を放射線状に並べて火が炊かれている。これはアメリカのインディアンが好んで炊く『星形の火』――【スターファイア】だ。
そこでは笑顔を浮かべた男女が仲睦まじく手を取り合い踊っている。
そんな男女から目をそらして周囲を見れば壁一面が弧を描くように一周しており、その壁際には様々な出店がところせましと並んでいる。
人々はその匂いにつられて出店で食べ物や飲み物を買っては嬉しそうにしている。
空を見上げれば瞬くばかりの星空が流れ落ち幻想的な光景で皆を魅了している。
ここはアミューズメントフロアの運動場だ。
ダンジョン内なのに空が見える事については、元々潜るダンジョンも洞窟のような場所が延々に続くわけではなく階層を跨ぐ、と森林フロアだったり水フロアだったりが存在するので不思議ではない。
今回用意したのは【ザ・スター】のダンジョンフロアだ。
僕の恩恵の【ダンジョン作成】はこれまで手に入れたコアの記憶からダンジョンの設備を再現するもの。
こうした広間のような空間でロマンティックな星空を演出するのに【ザ・スター】は最適だった。
なぜこうしてこのフロアを再現しているのかと言うと、招待旅行の終わりが近いからだ。
例年であれば街中がパレードに包まれるのだが、今年はその準備が間に合わなかった。
観光客の集客にしても僕が呼んだ人達しかいないので、集客見込みが出るのは今回の観光客が噂で広めてくれた後になる。
そんなわけで、パレードに代わる催しを自分のダンジョン内で開くことにしたのだ。
出店は島内のお店の人間がこぞって参加してくれたので今回僕はあまり干渉をしていない。
彼らはここが稼ぎ時とばかりに目の色を変え、道行く観光客達に食べ物や飲み物を売りつけていた。
『マスター凄いですよ。一日で入手できるSPの最高記録が一気に3倍です!』
もう一人目の色を変えているのがいた。
イブは嬉しそうに僕に報告をすると……。
『エヘヘヘヘヘ。毎日がお祭りならあっという間に目標達成できそうですよね』
(まあ流石にそれは都合がよすぎるけどな)
だが、徐々に観光客が戻るようになれば、このぐらいの人数が常時ダンジョン内にいる事になる。
そうなれば今後の自分の恩恵の強化が捗るので、イブの喜びもわかるきがした。
『それと、流していた噂の通り何組かのカップルがプロポーズして成功してますよ』
(そりゃよかった、これも観光名所としての役割を果たしてもらいたいからそのカップルには後で式場の案内と割引券を渡しておいてくれ)
『はーい。これで結婚式も引き受ければますます人が集まりますね。マスター』
そう言い残して気配が消える。
僕が流した噂は「【スターファイア】の前で【星屑のペンダント】を渡してプロポーズして結ばれたカップルは幸せになれる」というものだ。
前世ではよく聞くおまじないなのだが、こちらの世界ではそのような手法があまりとられていないので有効なようだ。
これをきっかけにここで挙式をするカップルがでればと思い仕掛けてみたのだが、どうやらこちらも成功しているらしい。
ちなみに星屑だが、このフロアで収集することができる。
人目のつかない場所に一定時間ごとにポップアップされるのでそれを即座にイブが回収しているのだ。
収集できる場所を設置できると気付いた僕は例の実験ダンジョンの何カ所かにこれを設置した。お蔭で島で再び星屑が採れるようになり、名産が一つ復活していた。
僕は手に入れた星屑を職人に渡すとアクセサリーにしてもらってここの出店で売っていた。
そのお蔭もあってかプロポーズに成功するカップルが幸せそうに星屑ペンダントを身に着けていた。
僕は人々の幸せそうな笑顔を見ながら少し寂しさを覚える。
今日までこのホテルを興して盛り上げるまでに尽力してきたので彼らのように甘酸っぱい体験が出来なかった。
まもなく招待旅行の終わりが近づいてきたのを意識させられるからだ。
せめて青春の1ページぐらい体験したかったな……。
そんな風に思っていると……。
「ん?」
誰かが背後に立つ気配を感じる。
もしかすると僕に好意を寄せる女の子から告白されるのではないか?
そんな甘酸っぱい期待をすると振り返った。
「「エリク君。ちょっといいかな?」」
だが、僕のそんな想像を打ち砕く声がした。
振り返った先にいたのは……。
「……ええ、大丈夫ですよ」
満面の笑みを浮かべている議長と、疲労の色が濃く見える副議長だった。
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