第152話スターの恩恵

「キュルルルルルルルルゥ」


「クエエエエエエエエェェェェン」


「わっ! 急に飛びついてくるなって!」


 衝撃を受けると足が地面をこすり少しばかり押し戻される。


「ふふふ、二匹ともマスターに会えたのが嬉しいんですよ」


 僕に抱き着いてくるキャロルとカイザーの頭をイブがここぞとばかりに撫でる。実体化する前は羨ましそうに見ていたからな。嬉しそうな表情だ。


「ったく。危険だから飛びつくのは禁止だぞ?」


「キュルン」


「クエッ」


 二匹は返事をすると頭を丸めて僕の胸へと押し付けてきた。


「少し大きくなったな。ちょっと重いし」


 キャロルとカイザーの成長に一年の時を感じる。僕が感慨深く見つめると。


「二匹ともマスターがいない間とてもおりこうさんにしていましたよ」


「ふーん、どんなことしてたんだ?」


 一年という時間は長い。僕はふとこいつらが何をしていたのかが気になった。


「キャロルは大量の食糧を食べ続けて各種類のレアメタルをたくさん生産してくれましたし、カイザーは卵を産んだりゴールデンシープの世話ですね」


「なるほど……」


 色々と気になる点はあるがひとまずスルーしていく。


「それでも時間が余ったものだからゴールデンシープにもトルチェを教えたりしてましたね」


「なんだって?」


 ここの獣たちは知能が高すぎないか?

 カイザーやキャロルにしてもイブからトルチェを教わっていたらしいし……。


 僕がそんな事を考えているとイブが衝撃の言葉を放ってきた。


「牧場では今やトルチェがブームになっていて、皆トルチェに興じていますからね。恐らくマスターはこの世界において最弱かと思いますよ?」










「マスター、そろそろ機嫌を直してくださいよぉ」


 スタスタと歩く僕にイブは走り寄るとなだめるような声をだした。


「いや、あんなに強いってありえないだろっ!」


 あれから流石に冗談だと思った僕は牧場に赴くとそこにいたゴールデンシープにトルチェで勝負を挑んだのだ。


「カイザーやキャロルに定石を教え込んでましたからね。正しい指導を受けてしまえば我流で打つ人間を超えるのなんてそんなに難しくないんですよ」


 結果は僕の全敗だった。


 最後にはなりふり構わずに一番幼いゴールデンシープとまで戦ったというのに。


「イブ。僕にもトルチェを教えてくれ」


 このままやられっぱなしは我慢ならない。僕は振り返るとイブにお願いをした。


「構わないですけど、こういうのは日ごろの研鑽が大事なんですよね。マスターにその時間あるのですか?」


「うっ」


 イブの指摘はもっともだ。これから先、アルカナダンジョンを攻略するにあたってやらなければならない事がたくさんある。

 打ってみた感触からしてやつらに追い付くには人生をかけるぐらいの覚悟を持ってトルチェをしなければダメな気がする。


「まあ、夜の空いた時間にでもよければイブがつきっきりで指導して差し上げますけど」


 それでも少しはあがきたいと思ったのか僕は。


「よ、宜しく頼んだ」


 イブに返事をするのだった。








「にしても随分と変わってたな……」


 駆け足で色々な設備を見て回ったのだが、どこも敷地面積が広がっていた。

 牧場は家畜を数万単位で飼える程広く、畑も広がっていた。


 その他に地面が舗装され、整理されている場所があったりと全体的な敷地面積を考えると国を興せるのではないかと思う。

 これこそが【スター】のコアによる恩恵だというのか?


「お待たせしました。マスターのために心を込めて作りました」


 イブがトレイを手に戻ってきた。そこには湯気を立てて美味しそうな匂いを漂わせているイブの手料理があった。


 ここは一年ぶりになる我が家だった。

 コアが置かれている部屋の一方向から廊下につながっており、いくつかの曲がり角をへてたどり着いた。


「夢にまで見た憧れの飯がとうとう食べられる!」


 僕は慌てて手を合わせると急いでフォークを持つと目の前の料理にとりかかった。


「美味い!」


 イブの腕前もさることながら、食材のレベルが違う。

 話によると【スター】のコアはゴッド・ワールド自体に影響を及ぼすものらしく、すべての恩恵の効果が大体一割程底上げされているらしい。


 これまで食べてきた【畑】の食材も素晴らしかったが、さらに輪をかけてレベルが上がっていたのだ。


「ふふふ、おかわりは一杯ありますからね」


 イブはトレイを胸元で抱くと満足そうに笑って見せる。


「イブは食べないのか?」


「イブはマスターへの奉仕がありますから」


 あくまで僕を優先させるイブの発言。


「一緒に食べてくれないか?」


「よ、宜しいのですか?」


 イブが食事に並々ならぬ興味を持っていたのは知っている。そんなイブだからこそ表に出さずに我慢をしているのが解るのだ。


「イブと一緒の方が食事が美味しいに違いない。これは僕のわがままだからな」


 イブは目を丸くすると「ありがとうございます」と言うと自分の分の料理をとりにいくのだった。








「ふぅ……美味しかったですねぇ」


 料理を食べ終えお茶を片手に落ち着くとイブが惚けながら呟いた。

 まだ実体化して1週間にも満たない。それでこれ程の料理を味わってしまったのだから当然か。


「結局。【スター】の恩恵は土地面積拡張って事なのか?」


 国を賄える程の土地に食料。間違いなく驚異的な力だろう。だがイブは首を横に振ると。


「今まで見せたものは【スター】というアルカナコアを得てザ・ワールドの能力が解放されたものです」


「じゃあ、恩恵は結局なんなんだ?」


 僕が疑問を口にするとイブはさらりと呟いた。


「スターの恩恵は【メテオ】の魔法です。天から隕石を引き寄せて地面に落とす。すさまじい威力を持っているので気軽に使わないでくださいね」


「なっ!」


 その説明に僕は思わずコップを落としそうになる。

 その話が本当だとすると一発で国を亡ぼすことすら可能になるのだから。


 これまでの能力でもやりようによっては国を傾けることは可能だったが、物理的に壊滅となると話が違ってくる。


「まあ、今更秘密の一つや二つ増えても気にするだけ無駄か」


 僕は落ち着きを取り戻すとイブにお茶のお替りを要求した。


「そうですね、どのみち使いどころが難しい魔法ですし。そのうち出番が来るまでは秘匿しておいた方がよいかと」


「まるで僕がその魔法を使う時がくるような言い方だな」


 イブの予知めいた言葉は気になるので勘弁してほしい。僕は投げやりに言い返すと……。


「マスターなら必要な場面があるかなと思ったんですよね」


 見惚れるような笑みを浮かべるのだった。

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