第149話エリクVSソフィア

「ソフィアと戦う?」


 あの三人と戦った後と思えない程に元気な様子でソフィアは言った。


「ええ、ソフィアの元々の目的は先輩と戦う事でしたから。今のはウォーミングアップです」


 あの三人を相手に対した自信だ。


「悪いけど断るよ。やる意味がないし」


 あれほどの戦闘だったのだ、彼女の異常性は十分に際立った。

 普通に考えれば負けても仕方ないと誰もが思っただろう。


「そうですか、やる意味ですか……」


 僕の返事などどうでもよかったのかソフィアは口元に手をやって考え込むと。


「だったら、勝った方が負けた方に一つ何でも言う事を聞かせられるというのはどうでしょうか。先輩?」


「一つ何でも?」


 僕はソフィアを見る。マリナやタックの剣を受け止められるとは思えない程細い腕。世の女性が嫉妬しても余りあるほどのプロポーション。一見すると簡単に力でねじ伏せられそうなその身体を僕は見る。


 周囲で聞いていた男達は何故か一斉に「ゴクリ」と喉を鳴らした。


「エリクさん? 変な事考えてませんよね?」


 隣にいるセレーヌさんが疑わしい視線を送ってくる。


「変な事? どんなことですかね?」


 僕は首を傾げる。

 僕が考えたのはこの勝負に勝てばソフィアを仲間に誘えるのではないかという事だ。あの三人を圧倒できる実力は今後是非とも味方に欲しい。


「へ、変な事っていうのはですね――」


 セレーヌさんが顔を赤らめて何かを言おうとするとソフィアが遮った。


「もちろん、エッチな事でも構いませんよ」


「――そうそうエッチな事を……って貴女何を言ってるのです!」


 セレーヌさんが顔を真っ赤にするとソフィアを糾弾した。


「先輩がソフィアと戦ってくれない方が嫌ですし。それに――」


 何とも軽い様子だ。ソフィアはそのまま不敵な笑みを浮かべると言った。


「――負けなければ命令権はソフィアにあるんですから問題ないでしょう?」








「ふふふ、これでやっとやれますね」


 リングの上で向き合うとソフィアは嬉しそうにしている。


「その前にルールを少し変えたいんだけど良いかな?」


「なんですか? いうこと聞かせる回数増やします?」


「いや、そっちのルールじゃなくてさ。場外負けなし、10カウント無しにしないか?」


 先程の動きを見る限り、リング上で戦うのは狭すぎる。


「いいですね。それじゃあそうしましょう。流石先輩です」


 ソフィアもそっちの方が良いと判断したのかうずうずした様子で身体を震わせている。


「というわけで審判は不要なので、巻き添えを食わないように観戦席の、出来れば奥でみていてください」


 僕は審判にそう言うと、観戦している全員にも下がるように指示をした。

 全員が退避をしていく中、一人の人間がリングに上がってくると僕の前にきた。


「む、もう復活したんですか? 駄目ですよ。ここからはソフィアと先輩の楽しい時間なんですから」


「エリクちょっと話がある」


「ルナどうした?」


 そう言うとルナはソフィアを警戒するように僕に抱き着いて耳元に唇を持っていくと……。


「――……だよ」


「本気で言ってる?」


「うん、間違いない」


 少し離れたが依然距離が近い。ルナの瞳を見ると嘘を言っていないと解る。

 彼女は役割を果たすと僕から離れた。


「頑張ってね」


 そう言って観戦席へと戻って行く。


「むー、折角ソフィアと先輩の楽しい時間なのに……。ルナさんは空気が読めてませんよね」


 頬を膨らませてプリプリと怒って見せる。そんな彼女の様子に僕は。


「それじゃあ、始めるとしようか」


 戦闘開始の合図を送るのだった。







「まずはこれから行くか……【バルフレア】」


 火の上級魔法を僕は放った。ソフィアが先程、水の上級魔法【アブソリュートゼロ】を放ったので力比べをするために。


「【アブソリュートゼロ】」


 お互いの魔法がぶつかり相殺しあう。

 僕は暫くの間魔法を維持してみるが、威力を高めるとそれに合わせてソフィアも魔法の威力を上げてくる。


 どうやら、お互いに相手の力量を見極めようと余力をのこしたまま魔法を撃っていたらしい。


「先輩もう限界ですか?」


 ソフィアが挑発をしながら威力を上げてくる。


「この程度なわけ無いだろっ!」


 僕は魔法の威力を上げつつも次の手を打つ。

 お互いの魔法が拮抗し、ある程度の魔力を消耗したタイミングで魔法を消す。


 それと同時に二本の剣を抜くと僕はソフィアへと斬りかかった。


「そう来ると思ってましたよっ!」


 するとソフィアもいつの間にか二本の剣を手にして迎え撃ってくる。

 それぞれの斬撃が交差し、相手の攻撃を受けては隙を見つけて斬り返す。


 その手数は秒間で100を超え、周囲で見ている人間には何をやっているのか解らないだろう。暫くの間斬りあうと僕らはお互いに後ろへと飛びのいた。


 どうやら速さと力は互角らしい。



「やりますねっ! ではこれはどうですか?」


 ソフィアの動きから規則性が失われる。距離をとって剣を投げる。更に僕の頭上を越えるように飛び上がり上からも攻撃を仕掛けてきた。


 前方から飛来する剣を撃ち落し、上から振られる剣を受け止める。


「流石先輩」


 ソフィアは回転しながら飛んでいたのでお互いの顔が近かったのか言葉が漏れる。


「そっちこそねっ!」


 攻撃を凌いだ僕は追い打ちをかけようと剣を振るが、その動きを予想していたのか当たらない場所まで退避されてしまった。







「これは長引きそうだな」


 これまで苦戦をしたことが無かったので、同レベルの相手に真剣勝負を出来るのが楽しい。


「今ギブアップしてくれたら優しいお願いにしてあげますよせーんぱい」


 からかうような口調で笑いかけてくるソフィア。どうやら余裕があるらしい。


「冗談は寝てから言えっ! 【インビジブル】」


「えっ? きえ…………」


 余程予想外だったのか、ソフィアは困惑するとキョロキョロを周囲を見渡す。


「嘘っ……そんな魔法使えるはずが……」


 彼女は僕を完全に見失っている。恐らく今彼女は僕が透明化していると思っている事だろう。


「どっ、どこにいったんですかっ! 先輩っ!」


 実際のところ僕には透明化の魔法など使えない。だが【幻惑】で相手にそう見せかけているだけだ。


 この手の特殊系の恩恵は力押しするタイプと相性が良い。観客たちも戸惑っている。

 何故なら彼らの目にはソフィアが対戦相手を前にいきなり隙を晒しているように映るからだ。


「さて」


 僕は円を描くように彼女の側面から裏に回り込むと。


「これで終わりかな?」


 勝利を確信して剣を振り下ろすのだが……。


「なーんて。お見通しですよっ!」


「くっ!」


 振り向きざまに剣を弾きに来た。

 僕はそれを受け止めると後退させられる。


「どうしてわかった? 初見で見破れるはずないんだけどな」


 僕が【幻惑】を使えると想定しなければ成り立たない上に例え気付いてもおいそれと防げるものではない。


「ヒントは観客の視線と臭いです」


 ソフィアは自分が見破った方法を嬉しそうに披露した。


「ソフィアが動揺している間も観客の視線は二つに分かれたままでした。一つはソフィアを見る視線。もう一つは何もない場所を見る視線。そこからは簡単です。先輩は姿を消していない。何らかの方法でソフィアにだけ違う姿を見せているのではないかと」


「……正解。本当に厄介な後輩だな」


 今ので倒せなかったのは痛い。魔力も体力も減り始めている。

 地力では勝っている自信があるのでこのまま戦えばいずれは勝てるが、かなり消耗させられるのは間違いない。


「まあ、仕方ない。長期戦に付き合うか」


 覚悟を決めて剣を握りなおした僕にソフィアはふふんと笑うと。


「その状態で良くここまでソフィアを追い詰めたと思いますけど、ここまでです。切り札を使いますね」


「まだ隠し持ってる力があるって?」


 流石に嘘だろう。一つの恩恵でここまで強いなんてあり得ない。

 だが、ソフィアは胸元で手を組み目を瞑り何かをしたかと思うと……。


「なっ!」


 目の前でソフィアの力が何倍にも膨れ上がった。

 魔力も力も敏捷度も。今の僕では到底太刀打ちできない領域まで上がったのが解る。


「さて、どうしますか先輩? そろそろ降参してくれますかね?」


「生憎、生まれてから一度も言った事がない言葉だから使いどころがわからないんだよ…………ねっ!」


「なっ!」


 次の瞬間ソフィアの驚き声が漏れる。僕は転移魔法で彼女の後ろに移動するとすかさずに足払いをする。


「きゃっ!」


 そして馬乗りになり、持っている剣を喉元に突き付ける。


「ふぅ。これで僕の勝ちだな」


 最後はあっけない幕切れとなった。







「むぅ。これからだったのに……」


 むくれるソフィアの手を掴んで起き上がらせる。


「流石先輩です、まさかソフィアに勝つなんて。仕方ないのでどんな命令でも聞きますよ?」


 そう言うと誰もが魅了されてしまいそうな笑顔を向けてきた。


「そう? でもその前に一言だけ言っておきたいんだけど」


「なんでしょうか?」


 首を傾げるソフィア。僕は誰にも聞こえないように彼女の耳元に口を寄せると言った。


「おまえ、イブだろ?」

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