第123話伝説の巨人VSクラン連合

「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオーーーーー」


 巨人の雄たけびが響き渡る。

 その声の大きさにその場の全員は思わず耳を塞いだ。


「で、伝説の巨人【ダイダブラ】だと?」


 ロレンスの呟きで認識が共有される。

 神殺しの巨人ダイダブラ。神話に登場する巨人で、黄金の鎧を身に纏い、あらゆる攻撃を跳ね返し、ついには神の首を刎ねたと言われている。

 今、彼らの目の前に立つのはその言い伝え通りの姿をした巨人だった。


 魔法陣の中央に召喚されたダイダブラは襲い掛かるわけでもなく周囲を見渡す。


「ひっ!」


 その眼光に何人かの探索者は悲鳴を上げるのだが…………。


「はっはっは! まさか伝説の巨人がお出ましとはな。そのぐらいじゃなきゃやりがいがねえってもんだ!」


 ――キンッ――


 タックが剣を抜く。その音で前衛の何名かは冷静さを取り戻すと構えをとった。


「相手が何者でも手はず通りにやるのだ! まずは一発先制攻撃を仕掛けるぞっ!」


 その言葉でロレンスとルナを筆頭に魔道士が魔法を唱え始めた。


「カースブレイク」


「クリムゾンフレア」


「アブソリュートゼロ」


「アースクエイク」


 それぞれが恩恵を得ている属性の最上級魔法を放つ。

 選りすぐりの魔道士による、二人の聖女から最大級の支援魔法を受けた上での一撃だ。

 地面が盛り上がり岩の杭が巨人の身体を押し上げる。

 黒い波動が襲い掛かり巨人の鎧にぶち当たる。

 灼熱の業火と極寒の氷塊が左右から巨人に襲い掛かる。


「おおおおーーーー!」


 その激しい光景にアーク達前衛は目を見開く。

 これほどすさまじい魔法攻撃を受けたのだ。いくら伝説の巨人とはいえ無事で済むわけが無い。

 必ずダメージを受けて動きが鈍るはず。そしてその隙を見逃すことなく最強の攻撃を叩きこむ。それが彼らが立てていた作戦だった。


「マリナ様、タイミングを見逃さないように。お前たちもだぞ」


「ええ、わかっています」


 炎と吹雪に遮られ巨人の姿が見えない。今のうちに精神を集中すると剣に力をこめる。

 王家に伝わりし宝剣でマリナの剣技スキルを使っても壊れない伝説級の一振りだ。


「……やった?」


 魔法が終わり、次第に姿がはっきりしてくる。ルナは最高の魔法を放った感触があったので巨人が倒されていることを確信していた。だが…………。


「ウオオオオオオオオオオオオオオーーーー」


「くっ!」


 巨人は動きが鈍るどころか無事な姿を見せている。そして魔法が止むと共に動き出そうとして…………。


「不味いですっ! 仕掛けましょう」


 咄嗟に動作が遅れたアークに対してマリナは大声で叫ぶと。


「ホーリースラッシュ」


「くっ……おまえたち。力を私に送るのだっ。……これぞ集団スキル【グランドクロス】」


「はっはぁー! 俺もやってやる! 【キルソード】」


 マリナからは光の刃が飛び、アーク達からはクラン名を代表する集団スキルによる十字架の形をした波動が放たれる。

 そして、タックからは黒い波動が打ち出され巨人の鎧へと向かった。


「これならひとたまりもねえだろう!」


 タックの言う通りだ。目の前の光景は例えSランクのモンスターでもただでは済まない程に激しかった。

 この時代最強の聖騎士と剣聖の力を支援魔法で増幅しているのだ。


 誰しもが勝利を確信するなか…………。


「嘘……でしょ?」


 攻撃が終わるとそこには傷一つ負っていない巨人の姿があるのだった。






「はぁはぁ……いったいどうしろってんだよ……」


 あれから数時間。タックたちは巨人と戦闘を続けていた。


「も、もう体力がなくてスキルが出せません……」


 マリナも地面に剣を差しては身体を支えている。


「あ、諦めるなっ! ここで諦めたら死を受け入れることになるんだぞっ!」


「とはいっても攻略しようが無いじゃないですかっ!」


 マリナが叫ぶ。

 アークがいかに鼓舞しようにもあらゆる攻撃が跳ね返されてしまうのだ。


「おいじじいっ! 何か考えはねえのかよっ!」


 タックがロレンスに怒鳴りつける。


「あやつの身に着けてる鎧はオリハルコン。全ての魔法を跳ね返し、この世界でも最高峰の硬度を誇る金属だ。今のままでは打ち破れまい」


 魔石があるので魔法は撃てる。だが、何度魔力を回復させたところで通じない物は通じない。


「でしたらもう全滅するしかないのですか?」


 フローラが絶望的な声を上げると。


「理屈の上では手が無いわけではない」


「それはどんなっ?」


 そんなフローラをセレーヌが支える。


「見ての通り奴には魔法は効かぬ。だが、鎧の端々には傷があるだろう?」


 擦った程の傷が巨人の鎧についている。これらはマリナやアーク、タックが付けたもので、彼らの必死の抵抗の証だ。


「見ての通りあの鎧も万能ではない。物理攻撃ならばダメージを与えることができるのだ。そして、鎧の中身はからっぽというわけではない。鎧を破壊することさえできれば魔法も通用するようになるだろう」


 これまでよりも威力の高い攻撃を繰り出して鎧を破壊する。

 それがロレンスが導き出した攻略方法だった。だが…………。


「それが出来れば今の状況になっていませんよっ!」


 フローラは他に何か方法が無いのか聞くのだが……。


「ぐわっ!」


 巨人が大剣を一振りするとアーク達グランドクロスのメンバーが吹き飛ばされ地に伏す。


「きゃあっ!」


 背後から襲い掛ろうとしたマリナも巨人の攻撃を受けて壁に激突する。


「嘘だろ……おい……」


 このタイミングでの前衛の全滅。流石のタックも……いや、タックだからこそこの状況が絶望的であると理解した。

 残されたのは自分と後衛の魔道士。しかも半数は魔力が尽きていて戦力にもならない。


「俺達、ここで全滅するのかよ」


 死への恐怖が襲い掛かる。これまで自分は何でもできるつもりでいた。アルカナダンジョンも攻略して近い将来は魔国を統一する魔王になる。そんな夢すらもこの場で失ってしまう。タックが俯こうとすると……。


「汝に癒しを……ヒール」


 気が付けば目の前にセレーヌが立っていてタックの頬に両手で触れ回復魔法を使っていた。


「まだ終わりじゃありません」


 セレーヌは瞳に強い輝きを宿すと周囲を見渡した。


「つってもよ、こっちの戦力は崩壊していて敵はピンピンしているんだ。これでどうにか出来るわけが――」


「できます」


 タックの言葉を遮るセレーヌ。彼女は震える手をタックから離すと言った。


「聖女のスキル【奇跡の光】を使います」


「セレーヌっ! それを使ってはなりませんっ!」


 フローラの悲痛な声が響く。


「なんなんだよそれ……?」


 だからこそタックは続きを聞かずにはいられない。


「このスキルは文字通り奇跡の光を放つことができます。そして、この光を浴びた者は味方であれば失われた力を回復させ、敵であれば消滅させることができるのです。もっとも相手は伝説の巨人です。倒すことは出来ないかもしれませんが弱らせるぐらいはできるはずです」


「その力を使ったらお前はどうなるんだ?」


 タックは既に答えを知っている。回復魔法を掛けられた時にセレーヌの指が冷たく震えていたからだ。


「奇跡の光を使った人間は……死にます」


 その場の全員が息を飲む。そして同時にそれを使ってもらうしか活路が無いことに気付く。全員が申し訳なさそうな表情をする中、タックだけは……。


「ふざっけんじゃねえ! 女一人を犠牲にしておいて笑顔で凱旋しろってのかよ! あんなクソ巨人は俺一人で倒してやるっ! てめえは余計な心配しねえで後ろに下がってろっ!」


 タックは重くなった身体を起こす。そんなタックをセレーヌは大きく目を開いてみる。そして微笑むと言った。


「まったく。印象は最悪だったのに、あなたと言う人は……」


 目から涙がこぼれ頬を伝う。


「違う出会い方をしていたら私達はもしかしたら…………」


 そう言ってタックを庇う様に巨人の前に立つセレーヌ。


「お、おいっ! やめろよっ……俺の前でそんな……」


 絶望が色濃く周囲を満たすなか、巨人がセレーヌに突進をしてくる。


「フローラ様、あとのことはお願いします。皆さん。最後まで気を抜かないで頑張ってくださいね」


 セレーヌの身体が輝きだし、目の前の巨人を睨みつける。


「神の名の元に滅びなさいっ! これが奇跡のひか――」


 ――ドガアアアアアアアアアアアアアアアア――


「グギャアアアアアアアアアアアアア」


 目の前で巨人が吹き飛んでいき壁へとめり込み鳴き声を上げる。


「は?」


 セレーヌの間抜けな声が聞こえる。


「ふぅ……危ない危ない。ったく、ギリギリだったじゃないか。あの老人め……」


「マス……ブイが断らないからじゃないですか。でも間に合って良かったですね」


「お、お前らは一体?」


 突如現れたのは仮面を身に着けた二人の男女だった。彼らはまるでピクニックでもしているかのような気楽さで会話をすると。


「取り敢えずさっさとあいつを倒すとしますか」


 黄金色の柱を担ぐとそう言ってのけるのだった。

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