第74話フルーツタルト(ドーピング)
「さて、さっそく届けに行くかな」
調理室を出た僕はロベルト達がいるであろうと思われる運動場に向かって歩き出した。
『この学校広すぎですよね。結構距離ありますよ』
アカデミーは学生たちが生活するために様々な施設があるので相当な広さだ。
僕がさっきまでいた調理室は寮の隣にあるのだが、運動場はそこから相当離れた場所にあるので、下手すると10分以上歩かなければたどりつかないのだ。
「ちょっと走るか……」
折角なのでできたてのタルトを食べて欲しい。そう考えた僕は運動場へと走って向かうのだった。
「おおー、やってるやってる」
運動場には様々なスポーツのための道具が用意されている。
網でできたゴールやらベースやら。すべてこの世界のスポーツで使うものだ。
そんな一角に見覚えのある男子生徒達を発見する。ロベルトを含むクラスメイト達だ。
「エリクー。こっちこっちー」
ロベルトもこちらに気づいたのか手を振ってくる。
僕は笑みを浮かべると急いでそちらへと合流する。
「今休憩中?」
僕はロベルトに近づくと質問をした。
「ああ、ちょうどゲームが終わったところでな。反省会してたところだよ」
ロベルト達がやっているスポーツは6人一組でやるものらしくこの場には12人の男子生徒がいる。
中には見たことがない男子もいるので半分は他のクラスの生徒だろう。
「エリクこそ、今日は何してたんだ?」
休日はアンジェリカと城に行ったり、トーマスさん達と出掛けたりしているので僕が顔を出したことが気になるようだ。
「午前中は市場で買い出しをしてさっきまでお菓子作りをしてたんだよ」
「お前は本当に何でもできるんだな」
ロベルトには僕の能力をわりと見せている。そのせいか妙な技能を持っていると思われている節があるのだ。
「なんでもは流石にできないけどね」
そういってアイテムボックスにみせかけた収納空間からフルーツタルトを取り出して見せると。
「「「「「おおおおーーー!!」」」」」
クラスメイト達が一斉に声を上げる。
周囲でゲームをしていた生徒達(男女含む)もその声に驚き一斉にこちらを見る。
「凄いなエリク。これ店で出せるぞ」
皆の心を代表したのかロベルトが興奮気味にフルーツタルトへの感想を述べる。
「あははは。ちょっと店では出せないかな……色々あって」
僕は含みを持たせた言葉に特に反応することはなく……。
「これ本当に食ってもいいのか?」
ロベルトの視線が先程の女子生徒達同様にフルーツタルトに向いている。
「とりあえず切り分けるからさそっちのチームの人はこっちを。ロベルト達はこっち食べてみてよ」
「えっ? 俺達も良いの?」
そう声を掛けてきたのは他のクラスの男子生徒達。
「勿論だよ。折角作ったんだからたくさんの人に食べて欲しいからね」
「ありがとう。ありがたく頂くよ」
感謝の言葉を聞きながらフルーツタルトを1皿差し出す。
「うめえっ! エリク。うちの専属執事になってくれよ」
ロベルトの大げさな声に周囲でゲームをしていた生徒達の視線が残されたタルトへと注がれる。
もし余るようなら分けてあげてもいいかなと考えるのだが、食べ盛りの男子が他人に譲ることはなかった。
食べ終えた人間が即座に残されたタルトを取るとその視線は呪いへと変わり、タルトを食べている生徒の嬉しそうな表情とは対称的に悲しみへと変わっていく。
「そうだロベルト。食べた感想をくれないか?」
「それなら今言っただろ? 店に出せるぐらい美味かったって」
「いや、そうじゃなくてだね。なんていうか……体力が回復してるような、気力が充実してるような、疲労が取れたとかそんな感じはしない?」
僕のピンポイントな質問にロベルトは考え込むと…………。
「そういえばさっきまで疲れてたのにこれならまだまだ全然動けそうだわ」
「それは良かった。じゃあ僕はしばらく見学してから帰るからさ、ロベルトの活躍見せてくれよな」
そういってそそくさとその場を離れる。
その際に、ゲームを止めてしまった男女のグループから妙な視線を送られるのだが、特に何か言ってこなかったので普通にスルーしておく。
『マスター何かしましたよね?』
クラスメイト達と他のクラスの人間がゲームをしているのを見ているとイブが確信にもにた質問をしてくる。
(あっ、気づいた?)
『ロベルトさん達の動きが全然違います。他のクラスの人達は疲労が見えるのに、ロベルトさん達は今から運動を始めたかのように機敏な動きをしてます』
その問いに僕はネタ晴らしをしてやる。
(実はロベルト達が食べたフルーツタルトには混ぜ物がしてあったんだよ)
『……マスターまさか!?』
(僕が混ぜたのはスタミナパウダーとライフパウダーだよ。タルトの土台に振りかけて上からフルーツを盛り付けたんだ。効果は見ての通りだね)
体力が回復したロベルト達と普通にタルトを食べた他クラスの生徒達。動きを見れば明らかに前者が圧倒している。
『よくそんな発想をしますよね。マスターは異常です』
イブから畏怖の感情が流れてくる。
(失敬だな。昔回復アイテムに料理やお菓子が使われていたのを思い出したからやってみただけだし)
一時期はまっていたネットゲームで回復アイテムがタルトだったのを思い出したのだ。
それで「どうせ回復するのなら美味しく食べられた方がいいかも」と考えた僕は今回の実験を行ったのだ。
『それにしてもあれってドーピングじゃないですか。他のクラスの人達可哀想』
(まあ、普通のタルト食べても少しぐらいは体力回復してるでしょ。これはクラスメイト特権ということで)
効果を見るためには比較したかったから仕方ない。
(とにかく有意義な実験だったからね。あとは部屋に引っ込んで読書でもして過ごすとしよう)
『結局休んでないじゃないですかぁ。マスターそのうち罰が当たりますからね』
(その時はその時だよ。今度、アレスさんとエクレアさんにも作って持っていくとしようか)
僕はイブの言葉を聞き流しながら上機嫌で部屋へと戻っていく。
だが、後日になってイブの予言が的中した。
週末を気分よく過ごして登校した僕が教室に入るとアンジェリカを含む女子生徒達から怨めしそうな視線を向けられた。
さらには他のクラスの男子達や運動場でフルーツタルトを見ていた生徒達が噂をしていたらしく、かなりの数の生徒が教室に押し寄せ最後には土下座まで始めたのだ。
結局、それなりの金額を貰うことと1回限りという約束で次の週末に僕はフルーツタルトを作り続ける羽目になるのだった。
『だから普通に休日を過ごして欲しいって言ったんです』
ひたすらフルーツタルトを作りながら、僕はイブの助言は素直に聞いておこうと心に刻むのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます