第70話高名な錬金術士

「うん? これは?」


 スタミナポーションを受け取ったアレス国王は戸惑いを浮かべている。


「とある高名な錬金術士が作ったスタミナポーションです」


「そうか、だが俺も妻も国家錬金術士が作った最高のスタミナポーションを使っているのだ。エリク君の気持ちはありがたいが効果はあるまい」


 この手のポーションは効果が高いものが優先されるのだ。現状で2人ともスタミナポーションを飲んでいるのでこれを飲んでも無駄になると思っているのだろう。


「王妃様の病気についてはアンジェリカ王女よりお聞きしています」


 なので僕は事情を知っていることを告げる。


「話したのか?」


 驚きの表情を浮かべるアレス国王がアンジェリカに視線を向ける。


「ええ、エリク様にはわたくしがアカデミーに入学した理由についても話しております」


 母の命を救うためにエリクシールを作るために必要な材料を集める。

 その為にアンジェリカはアカデミーに入学したのだ。


「その話を知ったうえでこれを俺達に差し出したのか?」


 アレス国王の眉が寄ったのがわかる。高名な錬金術士と言ってはみたが、効果を疑っているのだろう。


「エリクさん、あなたの気持ちは嬉しいのですが、これまでも様々な錬金術士がスタミナポーションを作ってきました、ですが現在の私の病を改善できる程のポーションは作れなかったのですよ」


 王妃もそれに合わせると僕を説得するかのように話し掛けてきた。


「聞いてます。現在のポーションの回復量が足りないため、王妃様は身体を悪くされているのですよね?」


 そのせいで日に日に身体を弱らせている。

 先程は言わなかったが国王の一番の心労は間違いなく王妃の病気だろう。


「ですがそれを知っている上で言います。騙されたと思って飲んでみていただけませんか?」


 僕の態度に2人は顔を合わせる。現実を知らない若者の我儘に困惑しているのだろう。


「ふむ……。そこまで言うのなら」


 アレス国王はそういうと僕が作ったスタミナポーションをある魔導装置へと持っていく。


「娘の学友が毒を盛ると疑っているわけでは無いが気を悪くしないでくれ」


 それはアイテムを鑑定する魔導装置だ。アカデミーにも置いてある装置で、アイテムの効果説明から効力の数値化まで可視化して見ることができるのだ。


 毒物が混入していた場合、当然そこに説明が加わるので王族が口にする物は事前に鑑定がなされる。


「気にしていませんよ」


「ちなみに、現在妻が飲んでいる最高のスタミナポーションは回復値が1184と出ている。一般的な錬金術士の作るスタミナポーションの平均値が300なので約4倍の効果を発揮しているのだ」


 流石は王族御用達のポーション。通常ではありえない回復量だ。僕が持ってきたポーションを無用と思うのは当然だろう。


「では鑑定をお願いします」


 僕に恥をかかせないために言ったのだろうが、引かなかったことで国王は苦笑いを浮かべた。


 そして魔導装置を動かすこと数分。装置に結果が表示される。


「……確かに毒物は入っていないスタミナポーションだな」


 若干表情が和らぐ。僕の押しの強さに毒入りを若干疑っていたのかもしれない。


「お父様それで回復値はどうなのですか?」


 アンジェリカは期待をはらんだ声で国王に質問をする。


「おっと、そうだったな……………………な……に……?」


「どうしたのです。あなた?」


 数値を見るなり固まってしまった国王を不審に思ったのか、王妃は立ち上がると自らも結果を見に行く。


「わ、わたくしにも確認をさせてください」


 見に行ったまま結果を知らせてこない2人にアンジェリカが近寄り数値をみると……。


「か、回復値9999!!!」


 その結果に驚愕の表情を浮かべた。




 3人はテーブルの上に置かれたスタミナポーションを凝視している。

 冷や汗を浮かべて目の前のこれをどう扱ってよいのか思案しているようだ。


「飲まないのですか?」


 僕がそう言うと。


「いや、折角もらったのだから頂きたいのだが、これを妻に譲ってもよいだろうか?」


「ええ、構いませんよ」


 僕が頷くとアレス国王はそのポーションを王妃に差し出した。


「…………いただきます」


 その場の全員が見守る中、王妃はスタミナポーションを口に含む。そして……。


「ど、どうなのだ?」


 アレス国王は喉を鳴らすと王妃に調子を確認する。王妃の頬を涙が伝う。


「身体が生まれ変わったみたいに軽いです!」


 王妃はスッキリした顔で目元の涙をぬぐうと言った。


「そ、そんな……お母様。病気が治られたのですか?」


 アンジェリカは声を震わせると王妃に近づく。そしてその胸に飛び込むと声をあげて泣き始めた。


「ごめんなさいねアン、アレス。2人にも心配をかけました」


 アンジェリカの頭を撫でながら王妃は優しい瞳を娘に向ける。


「何をそのようなことを……」


 アレス国王も声を震わせると2人に寄り添う。


「一番辛かったのはお母様ではないですか」


 家族3人が抱き合って涙を浮かべているのを見ると僕までつられそうになった。


 やがて3人は落ち着いたのか僕を見ると。


「エリク君。素晴らしいポーションだったよ」


 心労の1つが取り除かれたのかアレス国王は嬉しそうに笑っていた。


「本当に。これまでのポーションとは完全に別物でした。飲んだその場から身体中が活力で溢れるような……まるで生き返るような体験でした」


「うっうっ……エリク様に感謝してもしきれませんわ」


 泣きながら感謝の言葉を口にするアンジェリカ。

 つかみは十分だろう。今ならば会話を主導できる。そう考えた僕はいよいよ真実を話すことにした。


「皆さんに話しておかなければならないことが2つあります」


 そう言うと指を2本立てる。


「1つはスタミナポーションのおかげで回復していますが、それは一時的なものです。病気が治っているわけではありませんので定期的にポーションを摂取しなければならないこと」


「そ、そうなのか……?」


 僕の言葉に表情を歪ませるアレス国王。どうやら自身の疲労がよみがえったらしく辛そうな顔をしている。


「まあ、これを飲んで落ち着いてください」


 今度は効果を疑っていないのか、僕が握らせたスタミナポーションを口に含むアレス国王。


「確かに素晴らしい効果だ。仕事の疲れが吹き飛ぶ。流石は高名な錬金術士のポーションだ。エリク君、申し訳ないがこれを作った錬金術士を紹介してくれないだろうか?」


 スッキリしたところで自分がすべきことを見据えたのか僕に頭を下げた。

 普通、一国の王ともなれば簡単に頭を下げることなど許されない。だが、アレス国王は自身のプライドよりも家族の健康を第一に考えているのだ。

 僕の心に暖かいものが流れ、この人物ならばと考えた。


「もう1つの話がまだでしたね」


 全ての状況は僕に有利になるように組み立てている。なので僕はなんら気負うことなく真実を口にすることができた。


「先程『高名な錬金術士が作った』と言いましたがあれは嘘です」


「なん……だ……と……?」


「申し訳ありません、そうでも言わないと話すら聞いてもらえないと思ったので」


「で、ではあのポーションを作ったのは?」


 そう問いかける王妃。

 僕は覚悟を決めると3人に告げた。


「あのポーションは僕が作ったものです」

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