第21話晴耕雨読
「さて、そこそこ育ったみたいだな」
ザ・ワールドの隅に新たに拡張された部屋の入口を潜り抜けると暖かな光が天井から照らす家庭菜園程度の畑が見える。
本日、僕が必死に腐葉土を集めて拡張させた結果がこうして見られるのは感慨深いものだ。
『これならお野菜を一杯育てられそうですよ』
イブもどこか満足げな声をさせる。だが……。
『…………でも、せっかく畑ができたのに何も植えられないのは残念ですよね』
少しだけ声のトーンが落ちてしまうのは仕方ないだろう。
意気揚々と腐葉土を集めていたのだが、森の天気は変わりやすかった。
突然の雨に作業を中断させられたのだ。
『まだ結構降ってますよ』
イブが少しだけ入り口をあけて外の様子を見せてくれる。
大粒の雨が降り注ぐのが見え、水が地面を打つ激しい音が中まで聞こえてくる。
これでは他の受験生達はたまったものではなかろう。
サバイバル初日からの大雨。テントを設置したり、火を起こしたり。
食料を探し回ったりと夜に備えていたはずが、予定を切り上げざるを得なかっただろう。
中にはパーティーを組むのに手間取って雨の中に投げ出された受験生もいるだろうな。
『マスターはどうしますか?』
そんな風に同情をしているとイブが今後の予定を聞いてきた。
「クリーンも使ったし、今日はもう部屋の中で読書でもしてようかな」
身も心もさっぱりするクリーンを使ってしまったあとは暖かな家で寝間着姿で寛いでいるような感覚に陥る。
ベッドに横になると気持ちが良くなってしまいこれ以上働く気が起きないのだ。
僕が寛ぎ始める様子を見せると、
『暖房を少し上げますね』
その様子を見てイブが室温を調整してくれる。
部屋の管理からスキルの管理までを一手に引き受けてくれる何とも頼もしい管理者だ。
もうすぐ夜になるのだから早めの店じまいという事で良いだろう。それに……。
「この教本も読んでおきたかったからな」
開始前に受験生には本が配られたのだ。内容は探索者として身に着けるべき知識が書かれているらしい。
田舎から来た僕にとっては知らないことの方が多い。試験で動き回る前に一通り目を通しておくのが良いだろう。
僕はベッドに横になると教本を広げるのだった。
「なるほど……恩恵とスキルってそういう違いがあったのか」
本の内容に感心させられてついつい声が漏れてしまう。言葉にすることで記憶が定着しやすくなるという話を聞いたことがあったので以前より癖になっているのだ。
僕は改めて今得た知識を頭の中で整理する。
教本の内容によると、この世界では15歳になるとまず恩恵を授かることになる。そして、モンスターを討伐することでレベルが上がり成長の証としてスキルを覚える事が出来る。
例えば【火の魔法】を使える恩恵を持つ人間が後天的に【土の魔法】のスキルが使えるようになったりとかだ。
どちらの魔法にも恩恵とスキルで存在する。そうなるとその差は何処にあるのか?
答えは習熟できるレベルだった。
恩恵で得られる熟練度を最大100とすると、スキルで得られる熟練度は最大80までしか習得することが出来ないらしい。
なので、仕事を選ぶ際にスキルより恩恵を基準に考えられるのだ。
いきなり使える恩恵と違い、スキルは熟練度0からスタートするため、使いこなせるようになるまで、結構な修練が必要になる。
それがこの教本から学んだ話。
僕は台座にてツルツル輝く透明な球体――イブを見る。
信じるなら、彼女はザ、ワールドという恩恵らしい。
コアを取り込み、そのスキルを使えるようになる。これまで聞いた事がないような凄まじい恩恵だ。
使えるスキルはその全てが規格外で、実用的。世に出ていれば目立たない訳が無い。
【クリーン】はそれ一つで商売可能だし【畑】も説明を聞くだけでも有用だとわかる。
【神殿】に関しては試してないが、他の人間にも祝福を得られるのなら宗教を起こすことも可能ではなかろうか?
コアを取り込めるイブがいてこそだが、この恩恵は絶大すぎる。
『どうされたんですか。マスター?』
じっと見ていた事が気になったのか、イブが話しかけてきた。
「いや、ザ・ワールドみたいなスキルって存在するのかと思ってね」
基本的にこの世界で恩恵として存在しているものはスキルとしても存在している。
恩恵から派生するのがスキルと言われており、魔法職は魔法を、戦士職は武器のスキルをそれぞれ伸ばしていくことになる。
ザ・ワールドは僕の恩恵だが、他人のスキルとして発生する事もありえるんじゃないだろうか?
『どうなんでしょうね。私にはよくわからないですよ』
多分だけど、イブのように意志を疎通できるスキルは存在しないと思う。もし過去に例があればこれ程の能力だ、伝説に残らないわけがない。
「他はどうでもいいか。大事なのは僕の恩恵がイブで良かったという事だし」
こちらの意図を汲んでくれて能力も申し分が無く、さらに話し相手にまでなってくれるのだ。これ以上の恩恵はないだろう。
『…………………………………………』
何やら沈黙をする気配を感じる。もしかするとイブも疲れたのかもしれないな。
「取り敢えず、今日はここまでにしよう」
明日も朝から試したい事があるのだ。初日から疲れを残すのは得策ではない。
僕が布団を被ると部屋が薄暗くなる。そんな行き届いたサービスに頬が緩むと徐々に意識を手放していくのだった。
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