レメディオス・ヴァロの風景
紀ノ川 つかさ
第1話 時計職人
修理を終えた七つの柱時計をふと見ると、合わせたはずもないのに同じ時刻を差して動いていた。自動的に現在時刻に合ったのかと思ったが、そうではなかった。俺の時計とはずいぶん違う。どうやら時計どもは、お互い他と違う状態になるのが嫌なようだ。確かに本体も文字盤も振り子も全く同じものが八つ運ばれてきたのだ。
それより残る一つに苦労している。機械部に歯車を装着しようとはするのだが、すぐに勝手に飛び出し、床に転がって遊び始める。それも一つや二つではない。
「おい!」
俺は、好き勝手に転がり回る歯車どもに向かって怒鳴った。
「そんな勝手な真似したら、いつまで経っても修理が終わらんじゃないか! 時計の中に戻りたくないのか!」
それを聞いて、絨毯の上の猫があくびをしつつ答えた。
「歯車に人間の言葉が通じるわけもねえ」
「じゃあどうすればいいんだ?」
俺はいらだって猫に訊く。猫は落ちついている。
「今に『啓示』が来る。問題ないよ」
「『啓示』? 何だそれは? そんなものどこから来るんだ?」
猫は顔を上げて、窓の方を見た。
「そこ、開けとけよ」
「窓から来るってのか?」
「そう、あいつはこの近くにいるからな」
「なんで分かる?」
「俺は人間より敏感なんだよ」
俺は椅子から立ち上がり、窓際まで行くと、両開きの窓を開けた。冷たい夜の風が入ってくる。
「寒いな……『啓示』ってのは、その辺にいるものなのか?」
「そう。あいつは退屈なんだよ。誰かに啓示をもたらしたとしても、受け取る方が愚かなら、ただそいつが混乱するばかりだ。しかも愚か者は実に世の中に多いときた。あいつの望む整った美しい世界など当分できん」
「ずいぶん知ったようなこと言うな」
「退屈仲間なんだよ、俺達」
その時、窓から大きなガラス玉のようなものが漂いながら入ってきた。ガラス玉の中にはさらにガラス玉。何重にもなっているらしい。俺は驚いた。
「こ……これか?」
「そうだ」
「どうすればいい?」
「何か思いついたか?」
「ぜんぜん」
猫は目を見開き、首を伸ばして見る。
「おかしいな。こいつが『啓示』に違いないんだが。お前に何か与えているはずだ」
「何も思いつかん」
その時、遊んでいた歯車どもが机の上に這い上がり、勝手に時計の中に収まった。見ると、ちゃんとしかるべき位置に歯車が納まっている。
「おい、時計がひとりでに直ったぞ」
猫は机の上を見ようとするが、机が高いのですぐにあきらめた。
「ふふん、歯車に啓示を与えたか」
「なんだと?」
「歯車は歯車として生きることがふさわしいという啓示を与えたのだ」
ガラス玉のようなものは、漂ったまま、窓から出て行ってしまった。
「俺には何も無かったぞ」
「いいじゃないか時計が直ったんだから」
「まあ、そうだな」
猫は首を縮め、半分眠ったような目になる。
俺は時計を持ち上げると。柱の本体に組み付けた。ゼンマイを巻き、振り子と連動させると見事に動き始めた。
「よし、直った! これで終了」
その時、他の七つの柱時計が砂のようになって、その場で崩れてしまった。俺はあっけにとられる。
「何だ? どうなってんだ!」
猫はまた目を見開いていたが、まもなく普通の目に戻った。
「ほほう……時計にも啓示を与えていったか」
「何だと?」
「同じ時刻の同じ時計は八つもいらないという啓示を与えたのだ」
「何が啓示だよ! あの時計は同じ場所に置くわけじゃないんだぞ!」
「さっき言ったろ。愚か者に啓示を与えても……まあ、こういうこともあるわけさ」
猫はそう、平然と応えた。
(参考)
http://www.meijigakuin.ac.jp/~inaba/varo/rv16.jpg
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます