第六話 労働って素晴らしいんですけど!?
前回のあらすじ
身元不明の女子中学生がやりすぎちゃった上に生理発言する回でした。
レモの街なる、この世界ではあまり発展していない方だという都市に辿り着いてしばらく、結弦の生活は一変した。
かつては遅刻ギリギリの時間まで惰眠をむさぼったかと思えば、時間になるや魔法で眠気を殺し、身だしなみを整えて朝食もそこそこに家を走り出て、学校の席に滑り込むや即座に眠ったふりならぬガチ寝でマイクロ睡眠時間を確保。
以降はダークソーン出現の報さえなければ休み時間ごとのマイクロ睡眠を徹底し、何なら授業中であっても気配の薄さと存在感のなさを駆使して居眠りを敢行し、板書は眠る必要のないノマラに任せていた。
授業が終われば部活動の時間で、思う様体を動かすことのできるアルティメット・テイザー・ボールは結弦のストレス解消に実に役立ってくれたが、それもダークソーン出現の報がない限りという条件付き。
最近では出現の報があって飛び出すけどお呼びじゃなかったです案件が二割ほどあってかなりクるものがあった。
楽しい部活動を終えれば一旦帰宅し、祖父の介護と祖母の夕飯づくりを手伝い、手早く夕飯を済ませて夜の街に繰り出す。
就寝の速い祖父母は結弦の夜間徘徊を疑ってもいないようだったが、他の健全なる一般家庭の魔法少女たちがどうしているのかは結弦の常々の疑問だった。
ノマラにそれとなく聞いたところ、『催眠って知ってる?』とあまり深入りしなさそうがいい感じの話題を提供されたのでそれ以来聞かなかったことにしている。実の家族に催眠かけてまで夜間徘徊するって間違いなくアウトだろ、と。倫理観どこ行ったんだよ、と。
そして夜の街に飛び出れば指定の場所で組合の用意してくれた飲料とお菓子と一緒に怪我人を待ちぼうける。怪我人が出るかどうかは日によってまちまちで、ハッスルするのかハッスルしそびれた鬱憤を晴らすのか週末は何となく怪我人が多い気がするが、気の抜けかけた水曜日も多かったり、かと思えばやる気の出ない月曜日に怪我をしたり、まあそれぞれに多少の傾向はあるようだが、ほとんど時の運と言っていい。怪我するときはするし、しないときはしない。
一応、三交代制でローテーションを組んでもらってはいるが、じゃあ非番の時は何をしているかと言えば、結局働かないことに罪悪感を覚えてダークソーン狩りに出張って出張ヒーリングしたり、ヒーラー仲間のお仕事を横でヒールして慰めてあげたりしていた。三人のヒーラーは割とそう言う、罪悪感とネガティブシンキングで生きているような面子だったので、ちょくちょく顔を合わせることもあった。それが仲良しだということにはならないのが魔法少女業界の辛いところだが。
そして夜が本当に更けて、ダークソーンの宿主である人間たちがすっかり寝入った頃に、魔法少女たちも解散する。ダークソーンは人の悪意を種に増殖する。だから昼間は程々で、夜間に盛り上がり、そして寝ている時は穏やかだ。時間決めてやってくれ、というのがすべての魔法少女の等しく尊い祈りであったように思う。人を人とも思わぬ業界ですら時間決めてピックアップやらイベントやらやってんだぞ、と。
そして罪悪感や明日への不安を無理やりに魔法で殺した不自然な眠りの後に、全ての魔法少女に等しく朝は訪れ、一コマ目に戻る、だ。
そんな生活はしかし、このレモの街で一変した。
朝。
朝は、朝日とともに目覚めた。窓から差し込む朝日に照らされ、目覚めは自然とやってきた。魔法で不自然に眠気を殺さずとも、快適な目覚めが訪れた。時にはそれよりも早く目覚めて、朝焼けを小鳥のさえずりとともに楽しむことさえあった。
朝食は質素なものだった。パン粥にチーズ、それに時に果実が一つつけばいい方だった。これはこの街では貧富の差に関係なく一般的なものだった。
レモの街は朝が最も忙しい。その忙しい時間帯に食事を摂る時間を悠長には取れず、またたっぷりと腹を膨らませては、仕事のしようもない。
掃除は朝のうちから行われ、少なくとも昼食前には持ち分を終わらせなければならなかった。何しろ屋敷は広く、磨いても磨いてもきりはなかった。
とはいえ屋敷の女中の中でも、彼女らは特別忙しいわけではなかった。
特別忙しいのは厨房だっただろう。
何しろ厨房に休む時などない。郷士とその家族の朝食が供されれば、今度は下男や女中、侍従や侍女の朝食がふるまわれた。これは何しろ質素なものだから簡単な仕事だったが、問題は昼だった。
朝たっぷりと働いたこの街の人々は、昼によく食べた。一日のうちでもっとも豪勢なのが昼食だった。だから厨房の人間は朝食を出し終えたらもう昼食の仕込みの為にてんやわんやだった。料理長は献立に頭を悩ましながらも腕を振るい、パン焼き職人はせっせとパンを焼いた。厨房女中たちはみんな手元とにらめっこして野菜の皮むきや掃除だ。
勿論、厨房の人間が忙しい中、他の者たちが暇であるわけでもなかった。厩では馬丁たちが種々様々な馬たちの面倒を見、庭では庭師が鋏を入れ、また水をやり、魔木の面倒を見た。
掃除女中は床という床を、窓という窓を神経質に磨き上げたし、洗濯女中は山ほどのシーツや、それぞれに洗い方にコツのある屋敷の住人の衣類、また使用人たちの衣類を積み上げては崩していくことに余念がなかった。
そして昼食にたっぷりのパンと、時に麺類、そして肉料理や魚料理を楽しんだ後は、少しの弛緩が来る。
厨房だけは別で、やはり夕食の仕込みが始まっているが、それだって昼と比べたらつつましやかなものだから、ほとんどのものは遊びに出かけているか、午睡にいそしむ。
日が暮れてくれば夕食の時間で、一品か二品の軽食と、濃いめに煮出された甘い茶が供された。
屋敷の住人の食事が済めば、使用人たちもまたそれぞれに軽食をとりわけて、そして、そう、後は寝るだけだ。
東部は何もかもが程々である代わり、何事にも不自由はなかったが、それだって不夜城を気取るには油というものは有限だった。揚げ物料理を市民が手軽に食べる程度には油はあり触れていたが、歓楽街を除けばこの街の夜は早かった。
夜が早いから朝は早い。そのようにして一日は回る。
結弦は最初のうちこそこの生活リズムに慣れなかったが、しかし、慣れてしまえばこれほど健康的な生活もない。少なくとも、魔法少女として、ダークソーンと戦っていたころに比べれば、格段に健康的と言えただろう。
誰もが仕事を持つ屋敷での生活で、結弦もまた自分の居場所を見つけた。それは屋敷のすぐ目の前に建てられた小屋だった。即席の小ぢんまりしたものとはいえ、なにしろ
「……『ユヅル施療所』」
『って書いてあるらしいね。不思議と読めるけど』
「うん、わたしも不思議と読める」
屋敷についてすぐ、結弦たちがこの世界において文盲だということは知れた。というのも、何しろこの帝国とやらでは、そこらの下働きどころか、ちょっとした丁稚小僧でさえ文字が読めるかなりの識字率なのである。誤魔化す方が難しかった。
しかしそこはそこ、ファンタジー世界の妙というところか。
試験勉強の時にこの神がいてくれたらどれだけ楽だっただろうかとは思ったが、普通の記憶と一緒で使わなければ忘れていくとのことで、結局は日々の努力であるらしい。
さてもさて、そのように読めるようになった看板の掲げられた施療所というのが、いまの結弦の居場所だった。結弦にもわかりやすい言葉で言えば、要するにヒーラー受付所だった。つまりいつもの仕事場だった。
「はい、おじいさん、どこが痛むんですか」
「わしゃ、腰が、腰が痛くてのう」
だとか、
「いてえ、いてえよぉ!」
「あらま、折れちゃってますね。骨継ぎからしますねー」
だとか、
「膝を矢で射られてしまってな」
「古傷はちょっと難しいんですけど、まあこのくらいでしたら」
だとか、最初のうちは冷やかし程度だった客も、代官公認の施療所ということもあり、またその腕が確かなこともあり、徐々に人気を博して、今では行列ができる始末だった。
一応、慣例として営業は昼までとなったが、それでも客は随分、入った。
「うへ、うへへ、ノマラ、見てみなよ」
『ああ、ゲスい顔して』
結弦は壷にたっぷりとため込んだ硬貨をジャラジャラともてあそんだ。一番安い銅貨の
結弦はまだこの世界の金銭の価値をあまり知らない。毎食代官屋敷にお世話になっているし、遊びに出かけてもこれと言って買うものが思いつかず冷やかすばかりなので、金は溜まる一方で、使う機会がないからだ。
それでも十
「うへ、うへへ……」
それを考えれば、壷一杯の銅貨は、たかが銅貨と言えど相当な金額になることは間違いない。恩返しが主目的ということもあって代官に頼んで割安で営業しているが、それでもこの調子なら相当額がたまることだろう。
「こん、こんなに……」
『ユヅル、ハンカチ』
「う、ん。うん」
結弦はハンカチで目元を覆った。
「こんなに、人から感謝されるなんて、わたし、ほんとに、ほんとに……!」
喜びがそこにはあった。
用語解説
・アルティメット・テイザー・ボール
いままでなぜか突込みが来なかった部活。
詳しくは調べてみよう。
・催眠
ある程度魔力の扱いに慣れた魔法少女はみんなこれで家族の認識を誤魔化しているという。
悪い子の魔法少女は学校の認識も誤魔化してサボったりしてるとか。
・言葉の神エスペラント
かつて隣人たちがみな言葉も通じず相争っていた時代に現れ、
・通貨
銅貨の
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