今は亡き夫の願い


 ベルタ・ドンは先がないと確信した夫から、亡くなるすこし前に遺言らしきものを聞いていた。


 ……私はもう長くない……幸いにも子孫も授かった……

 私は思い違いをしていたようだ。


 ゲオルグの結婚……この星に住む二つの種族は、まじりあうことなど不可……別々に生きていく方が幸せ……

 だが……我が息子は……新しい可能性を示してくれた……


 共に住めば、そのようなことが起こる……それを阻止するのは、正しいとはいえないのだ……


 孫は二つの種族の架け橋となれる……なにも無理して交じり合うことは無いし、孫のような者はこの先も少数だろう……されど仲立ちとして、生まれるべきして生まれた……


 ヴァンパイアは、本当に明日を迎える事が可能になった……同じ家に住むもの、それを見つけたのだ……

 しかしベルタ……私は今少し不安がある……この世界の未来、迎える明日の事だ……


 ヴァンパイアもモンスターも、まだまだ気が荒い……特にヴァンパイアは気位が高い……


 もしこの授かりし世界を、我が物と心得違いするものがでれば……


 『あの方』はどうされるのか……私が思うに……見捨てられる……すると……二つの種族は滅亡の道を歩むことになる……

 『あの方』の本質は『冷酷』……目的のためなら、『非情』が全面に出る……


 テラのマルス移住の件、『あの方』があそこまで尽力されたのは、献上品の為も少なからずある……

 公になれば、情け容赦ない方だが、私に訴えればお優しい……

 つまりは何としても公にせぬ事だ……


 事態を建前に触れさせてはならない……『あの方』は必ず方針を定められるはず、そしてそれを守られる……

 いま、『あの方』の世界には、犯してはならぬ掟がある……


 『人さらい』と『麻薬』と『強姦』だ……これに触れれば『非情』が出る……

 後は、その世界の法則に従うことを良しとされる……


 しかし……どこで風向きが変わるかわからぬ……

 ただ確実にいえることがある、『あの方』は『乗り逃げ』が出来ないのだ……

 それは今までの『あの方』の行動が証明している……


 献上品は必ず必要……そして、今一つ……『あの方』をつなぎとめる為に……

 妻と娘が側に侍れば、『あの方』は間違いなしに、ヴァンパイア族を意識される……


 公平の天秤はこれぐらいでは傾かぬが、五分と五分の判断の時、より好意を示していたほうに傾くだろう……

 済まぬが……お前とカミーラで、『あの方』の側にいてほしい……必ず、ヴァンパイアの女が側に……そして絆を切らぬように……


 そして、心得違いをする者が出ぬように……これ以上、ヴァンパイア支族が減らぬように……ベルタ……お前が目を光らせておいてくれ……

 モンスター族も頼むぞ……孫が辛い思いをせぬように……二つの種族は家族となれるのだから……

 ベルタ、ヴィーンゴールヴを頼むぞ……


 ベルタは約束した……夫の最後の頼み……そして、言葉の意味は痛いほどわかっている……

 ヴァンパイア族とモンスター族を守るためにも……


 次の日、ヴラド・ドンは家族に見守られながら亡くなった……

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