ダメンズデトックス
炭 酸 水
その純喫茶
ある土曜日の午後、私は話に聞いた喫茶店にいた。
ダークブラウンのドア枠は渋く、奥に長いいわゆる純喫茶。
まだ舌が肥えず焙煎珈琲の味が分からなくても、店に合わせて知った銘柄の珈琲をオーダーする。
バッグから茶色いカバーの手帳を出して、取り留めもなくスケジュールを確認する。若い女一人、場に馴染むぐらいには都会で育っている。
オープンカフェや流行のスイーツが楽しめるわけではなく地元の趣味の良い喫茶店。聞いた店名も合致している。
「すげぇ、いい感じの喫茶店でさ……」
JAZZのBGM、ダンディーな内装もまあまぁ。……悪いけど彼の下品さには似合わない。彼のナルシストにはうんざりする。馴染みの店になったかの様に話してるが、彼の上滑りにしか思えない。強いて言えばタバコを吸うには良い場所だ。
彼のアパートがある駅周辺。この喫茶店に行った話を彼がしたのは、ほんの数日前。
バイト先で友達になったという女の子と寄ったという話。バイト先はこの駅ではない。
この純喫茶のオーナーと和気藹々になったとかそういうエピソードは全くなく、その話で終わっている。要するに中身がない。
落ち着いた雰囲気の純喫茶は、夜はBARにでもなるのかも知れない。しかし、奥の方にカクテルカウンターがあるわけでもない。生ビールとロングカクテルぐらいはメニューにありそうだが。
仲間と飲んでは酔っ払い金を払わず済ませてるらしい。仲間から悪評を聞いては私はゲンナリしている。
バイト先の女の子と入ったとわざわざ私に話してしまうあたり、友達少ないんだな思ってしまう。
バカすぎて話にならない……それは私もかと自嘲する。
次の日、彼にその喫茶店に行った話をした。
マヌケな話だが、案の定彼はキレた。
彼女が彼の行きつけの喫茶店に入ったらキレるとか、あり得ない。だったら店の名前まで語らなきゃいい話だ。
いよいよ確信めいてきたが、彼は自分のテリトリーを侵された気持ちを建前にしている。
どっちにしても了見の狭い男である事には変わらない。
バイト先で親しくなった女の子と行けるのに、彼女がその喫茶店に行くのは許されないなんてあり得ない。
半年ほど付き合っている。何度もアパートに泊まっている。彼の俳優目指してる仲間の内で私は公認彼女だ。
「私は、客として行って誰とも接触せず珈琲を飲んで店を出ただけ。あなたに責められる様なやましいことは何もない。あなたが楽しかったと語った喫茶店に彼女である私が行って、何か問題でも?やましいのはあなたでしょう?」
「なんで行ったんだよ!」
アリ塚をほじられたアリの方が建設的だ。彼のキレ方に計画性はない。
「バイト先の女の子に気があるのがバレバレだし、私別れたいんだけど」
こいつの私への侮辱に耐えるプライドは無いな……と冷静になる一方で、クソはクソな思考回路しか持ち合わせていない。
「俺は別れない」
マジでこいつはクソだ。
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