第4話 お嬢様、見たい夢がある

「イルワーク、私やってみたいことがあるの」

「承りましょう」



「見たい夢があるのよ」

「ということは、寝ている時に見る方の『夢』でございますね」

「その通りよ。他にどんな『夢』があるというのかしら」

「将来なりたい方の、と言いますか、希望や願望の方の『夢』もあるかと」

「まさかあるとは思わなかったわ。それはさておき」

「はい」

「私、見たい夢があるのよ」

「先ほどもそのようにおっしゃられておりましたが、一体どんな夢をご覧になりたいのですか」

「それはそれは素晴らしい夢よ」

「さすがお嬢様でございます。して、内容の方は」

「もう、急かさないで頂戴」

「申し訳ございません」


「――こほん、まず、私は大きな鳥の背中に乗っているの」

「何と素晴らしい。ちなみにその鳥の具体的な品種は――」

「鷹よ」

「嫌な予感が致します」

「そして、鷹に乗った私は、遠い異国『日本』にある『霊峰富士』を目指すの」

「嫌な予感が致します」

「そして頂上に降り立った私は、そこで『ズッキーニ』を食べるのよ」

「セーフ! セーフでした。危なかったですね、お嬢様」

「何のことかしら」

「いえ、お気になさらず」

「それから、食べ方にも作法があってね、『恵方』と呼ばれる縁起の良い方角を見て、無言で長いままのズッキーニを丸かじりに……」

「色々めちゃくちゃでございます、お嬢様」

「さっきから何なの、嫌な予感とかセーフとか。それに色々めちゃくちゃってどういうことなのかしら」

「いえ、それは良いのですが……。時にお嬢様、なぜそのような夢を見たいのですか?」

「なぜって?」

「いえ、どうせ見るのであれば、もふもふの動物に囲まれる夢ですとか、電動ドライバーでひたすらねじ締めをする夢ですとか、もっと楽しい夢の方がよろしいのではと」

「動物の方は良いとしても、私、あなたの闇を垣間見た気がするわ」

「えっ、なぜです。楽しいですよ、ねじ締め」

「ねじ締めはもうどうでも良いわ」

「そうでした。それで、お嬢様、なぜその『鷹』に乗って『霊峰富士』に行き、『恵方に向かって無言で』『ズッキーニ』を食べる夢をご覧になりたいのでしょう。それによってはもちろんこのイルワーク、全身全霊でサポートさせていただきますが」

「全身全霊でサポートする気はあるのね」

「もちろんでございます」

「具体的には何をどうしてくれるのかしら」

「古来より伝わるやりかたと致しましては、見たい夢を絵に描き、それを枕の下に敷く、という方法がございます」

「成る程ね」

「ですので、不肖ながらこのイルワークめが腕を振るわせて――」

「不肖なのであれば、画家を呼ぶわ」

「確かに。そちらの方が確実でした。全身全霊という言葉に引っ張られ過ぎました」

「それでも駄目な場合はどうしたら良いのかしら」

「その場合は、私が全身全霊で鷹を演じ切り、お嬢様を背に乗せて霊峰富士に登ります。お嬢様は良きタイミングでズッキーニをお召し上がりいただければ」

「良いわね、これは確実に全身全霊だわ」

「最終的には霊にもなる覚悟でございます」

「それを聞いて安心したわ」


「それで結局のところ、お嬢様」

「何かしら」

「そもそもなぜこのような夢をご覧になりたいのです?」

「ああ、そうだったわね。だって私、小耳に挟んだのよ」

「そのお可愛らしい小耳に何を挟んだのです。羽ペンでしょうか」

「羽ペンじゃないことだけは確かだわ」

「申し訳ございません」


「初夢に『鷹』と『霊峰富士』と『ズッキーニ』が出る夢を見ると、その年は一年良いことがあるんですって」

「……お嬢様、さすがの私でも、過ぎてしまった時間を戻すことは出来ません」

「何ですって」

「初夢は年が明けて初めて見る夢のことですから、さすがに手遅れかと」

「そうだったのね……」

「ですが、お嬢様の為ならばこのイルワーク、鷹にもなりましょう!」

「イルワーク……?」

「参りましょう、お嬢様、霊峰富士へ! さぁこのズッキーニをお持ちください!」

「いつの間にズッキーニまで……。イルワーク、あなた……!」

「最終的には霊にもなる覚悟でございます!」

「それはもう良いわ。気に入ったのね、そのフレーズが」

「気に入ったのでございます」


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