13周目(現代風あべこべ:野球監督)

第262話 生まれてすぐの出来事

 その世界に新しく生まれてきてすぐ、違和感があった。


 今度の人生は、現代っぽい感じ。病院の様子を見てみると、周りには機械があり、白衣を着た数名の女医が処置してくれている。


 いつものように、赤ん坊の頃は意識を解放して、体の感覚に身を任せておく。そうすれば、赤ん坊の時期を乗り越えることが出来る。無理やり意識を保とうとすると、上手くいかない。赤ん坊の自由が少ないこの時期は、感覚に抵抗しないとこが大事。そして、体が成長するのを静かに待つ。


 外から入ってくる情報を半自動的に処理する。その時に、違和感が強まる。産後の検査が多すぎじゃないかな。1週間ぐらい続いているような気がするけど。こんなに続けて検査するものなのか。今まで無かった、と思うけど。この世界はそうなのか。世界の違いによって、色々と常識が変わったりするから。


 いや。もしかして、重い病気でも発覚したのか。ちょっと不安になってきた。


理人りひとくん。大変だけど、もう少しの辛抱だから頑張ってね」


 女医の気遣う声が聞こえてくる。深刻そうな雰囲気はない。この感じなら、大丈夫そうだけど。不安は少し減る。


 自分で体の感覚をチェックしてみても、悪い部分は感じない。この体は健康のような気がする。それなら、一体何を検査しているのだろうか。赤ん坊の体では、状況を把握することは出来ない。周りの会話を聞いて、把握するしかない。


 でも今は、ひたすら検査が続いている。そこで得られる情報は少ない。終わるのを待つしかない。


 検査の日々がようやく終わり、退院の日が来たみたい。退院の手続きを終わらせた母親の腕に抱かれて、病院の外に出る。これから、新しい人生が始まる。


「この子が、私の子。理人りひと。……男の子」


 シャツとズボンのカジュアルな服装に、短髪でボーイッシュな美人が俺の母親のようだ。その女性が、俺の顔をじっと見つめて呟く。愛情を感じられる優しい表情だ。この人は大丈夫そう。


 父親は居ないみたい。今日は来ていないだけなのか、本当に居ないのか。どっちか分からないな。でも、きっと後者だろう。生まれてから今まで、それらしい男の顔を見ていないから。ということは、シングルマザーかな。


 だとしたら、早く成長して母親を助けられるようになりたいな。赤ん坊の体では、何も出来ないから。生まれたばかりの時期は、本当にもどかしい。




 母親が運転する車に乗って、家に帰ってきた。


 自宅は、それなりに大きなマンション。部屋には誰も居なかった。彼女はここで、一人暮らしをしていたのかな。そして今日から、俺も住ませてもらうことになるのか。


 親類は居ないのかな。産後なのに大変そうだけど、誰か助けに来てくれたりとか。だけど母親は、とても元気そうだ。


 1週間ぐらい前に出産したばかりのはず。それなのに、今はテキパキ動いている。ちょっと心配だ。休まなくて大丈夫なのか。無理をしていないか。まだ俺は話せないから、見ているだけしか出来ない。やはり今の時期は、歯がゆい。


 しばらく家で暮らしていくのかと思ったら、母親が旅の準備を始めた。どこに行くつもりなのか。どうして、このタイミングで。


「さあ、出発よ」


 翌日、俺も一緒に連れられて出かけることに。行き先は分からない。目的地に到着するのを待つしかない。


 走る車の窓から、外の景色を見る。日本のようだけど、東京ではないと思う。関西っぽいかな。今は、何年ぐらいだろう。季節は春っぽいけど。次々と疑問が増えていく。


 高速道路に入ったみたいで、緑の看板が見えてきた。しかし、文字が読めないな。生まれたばかりの目は、ボヤケて見える。もう少し時間が経たないと、ダメっぽい。諦めて、体の感覚に身を委ねる。それで一気に時間が飛ぶ。


 どれぐらい走ったのだろう。車が止まり、母親に抱えられて降りる。目的地に到着したのかと思った。だが、違うようだ。ここから船に乗って移動するつもりらしい。どこに行くつもりなのか、本当に予想がつかない。


 波に揺れながら船が前に進んで、しばらくすると島が見えてきた。母親が、それを指さして教えてくれる。


「理人、あそこに私の母さん、貴方のおばあちゃんが住んでいるのよ」


 なるほど、納得した。家族と会うために、ここまで来たわけだ。しかし、こんなに急がなくても。退院したばかりなんだから、もう少し家でゆっくりとしてから来てもよかったと思うのだが。


 島に上陸して、祖母の家に向かう。片腕には俺を抱えて、もう片腕には旅の荷物を持って歩いている。ずっと元気だし、力もある。とてもパワフルな母親だった。


「ただいまー」


 一軒家に辿り着くと、足を引っ掛けて玄関の扉を開ける。両手が塞がっているから仕方ないが、豪快な人でもあったのか。そして、帰ってきたことを知らせるように、家の中へ向かって声を出す。


「母さん、帰ってきたよー」

「待っていたわよ、あかね


 そう言って出てきたのは、高身長の女性だった。彼女もズボンとシャツ姿だった。男っぽい雰囲気があって、かわいいよりも先にカッコいいという印象が先に来る人。とても若々しく見える。まるで、母親とは姉妹のようにも見える。彼女が、俺の祖母なのか。実際の年齢は、どれくらいなのか。


 高身長の女性は、俺の顔を覗き込んだ。目と目が合う。こんなに間近で顔を見てもキレイな人。


「この子が、茜の産んだ男の子か。とても健康そうね」

「うん。まさか、1人目が男の子になるなんて予想してなかったけど」

「男の子を授かるなんて、とても運が良いことだけど……。まぁ、大変よね」


 母親の腕の中で聞く、2人の会話に違和感があった。どういうことなのか。大変、とは。その後も会話が続いて、衝撃的な言葉が飛び出る。


「それじゃあ、申し訳ないんだけど。この子の面倒は、母さんに任せるね」

「えぇ、任せてちょうだい」


 生まれてすぐ、俺は祖母に預けられることになったみたい。

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