第226話 出版に向けて

 何度も打ち合わせを繰り返して、本の完成を目指す。かなり熱を持って取り組んでくれているマティルダさんとダレルさん。画面の向こう側から、メールの内容からも熱気が伝わってくるほどの本気を感じた。


 2人だけではなく、リイン・フォーティブ社で働いている多くのスタッフたちにも協力してもらって、出版に向けて順調に動いていた。とてもありがたいことだ。


 原稿は、サイトに公開していたものを使う。印刷する前に細かくチェックをして、誤字や脱字のようなミスが無いかを改めて見直してもらった。それから、内容などに矛盾がないか、差別表現や不快表現などの不適切な表現を用いていないかについて、確認してもらう。


 指摘された部分を簡単に手直しをしただけなので、内容に大きな変化は無かった。適切ではない単語の修正、ちょっとした言い回しを正しく書き換える程度。


 作業を始めてから1ヶ月ほどで、校正と校閲が全て完了した。


 内容に大きな矛盾がないことに、かなり驚かれた。今までに無いような独自の世界を書いているから、内容に多少の誤りが出てくるはず。そう思ってチェックしたら、矛盾のようなものが出てこなかった、と校閲してくれた人は語ったらしい。プロならまだしも、まだ素人の作品でここまで一貫しているのは珍しいそうだ。


 それも当然。俺にとっては、過去の記憶を思い返して記録をしているだけ。実際に生きてきた世界についてを書いているだけなので、世界観などに矛盾が生じるはずはなかった。だけど、この世界で生きている人たちにとってはファンタジーのお話だ。空想の世界なのだろう。




 とにかく、物語は完成した。ここで俺の仕事は、ほぼ終わったような感じだった。ここから先の作業で大変なのは、マティルダさんとダレルさん。協力してくれている多くのスタッフたちも、仕事が増えていく。


 それでも、ほんの少しでも本の品質を向上させるために色々とこだわってくれた。


 表紙はもちろん、文字の大きさやフォント、見出しや目次等など。本のデザインを決めていく。前に俺が受け取ったサンプルのデザインから、どんどん改善を繰り返し行った。俺は意見を求められたら、どれが良いのか答えるくらいで楽なものだった。


 印刷所は、どこが良さそうか。用紙サイズと紙質について、選定作業を行う。細部まで気を配って。


 表紙絵や挿絵については、ほぼ全ておまかせした。絵のセンスに自信がないので、提案してもらったのを俺が決定していく。サンプルで送られてくる物が全て良いので選ぶのに苦労した。最終的には、全体のバランスを見て細かく調整を行っていく。


 販売してくれる書店を探して営業をかけるなど、プロモーションの方法も考えて、本を売り出すまでのスケジュール計画を立ててくれた。日本に居る俺は、遠い地から彼女たちの仕事が成功するように応援しながら眺めるぐらいしか出来ることはない。


 作業内容や結果は、小まめに報告してくれる。ものすごいスピード感で仕事をしてくれて、本の完成が一気に近づいていった。


 もう少しで、本当に出来上がる。あまり実感が湧かないけれど、もう間もなく本が完成すると思ったら、とても嬉しかった。




「サンプル品が完成したので、国際郵便で送ります。ご確認下さい」


 マティルダさんの言葉通り、3日後にサンプルで作ったという本を受け取ることが出来た。わざわざスピード便で送ってくれた。すぐにダンボールを開き、取り出す。


 内容を確認してみると、とても良い感じだ。日本で売っているような本と比べてみると、デザインはシンプルな印象かな。青色の表紙に白色のタイトル文字、ちょっとした風景の絵。


 おそらく、本の中で描写したロールシトルト領地の風景をイメージした絵だろう。俺が、最初に生まれた家が統治していた領地の名前だ。なんとなく、俺の記憶の中にあるような風景を思い出させてくれる表紙絵だった。もう、ほとんど忘れかけていたけれど思い出した。


 昔、こんな場所で暮らしていたな。懐かしい。そんな気持ちで、本を開く。


 中の紙は、ちょっと薄くてペラペラしている。だけど、ページを捲る感じが気持ち良い。読みやすく高級感もある。この紙も、かなりこだわって選んだと聞いている。これを見ると、その努力に頭が下がる。


 文字もしっかりと印字されている。原稿に出した内容のままで、ちゃんと印刷してあった。申し分ない品質で完成されていた。


 早速、両親に報告する。


「おぉ。ようやく、完成したのか!」

「すごい。麗羅ちゃんは、作家になったのね」


 その後すぐ、ゆき乃さんと米村さんにも報告した。


「お嬢様、本当に凄いです!」

「えぇ、本当ですね! しかし、あの時私が作るのを少し手伝ったサイトが、まさかこんなことになるとは信じられません……!」

”ありがとう、みんな”


 完成した本を披露すると全員、驚いた表情を浮かべながら、次々と褒めてくれた。とっても、いい気分だ。


 みんなで本の中身をチェックして、問題が無いことを確認した。


 このサンプル品の本を、完成品だと決定してよさそうだ。これでお願いしますと、マティルダさんに連絡して印刷をスタートしてもらう。


 そんな連絡を送った後すぐ、俺の書いた本が予定通りイギリスで売り出された。

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