第215話 誕生日プレゼント

「麗羅、ちょっと来てくれる?」

「レイラさん、あなたのお母様がお呼びのようです。いってらっしゃい」

「……!」


 庭園会で子どもたちの集団の中に混じって楽しく会話している最中に、呼び出しを受けた。母親が呼びに来て、沙良ちゃんに送り出される。俺は子どもたちの輪から離れて、母親と一緒に洋館に向かうことになった。どうしたのだろうか。


「トイレには行かなくて大丈夫? お祖父様が、話したいことがあるんだって」

「……!」


 母親と手を繋いで、2人で廊下を歩く。トイレには行かなくても大丈夫と頷いて、目で伝えた。伝わったのか、そのまま廊下を進む。目的地まで向かうようだ。


 お祖父様というのは、あの人のことだろう。話したい内容に関しては、わからないかな。とりあえず、行ってみよう。




「会の途中で呼び出して、すまんのう麗羅ちゃん、望未ちゃん」

「いえ、大丈夫ですよ」


 母親に連れられて、部屋の中に入ってみる。すると、目の前のソファーに和服姿の元気な老人が座っていた。俺を呼び出したのは、やはり良造さんだった。


 彼は、席から立ち上がって俺たちを出迎えてくれた。


 いつものように、メモ帳とペンを取り出して”私も大丈夫です”とサッと書いてから見せる。文字を早く書くのに慣れているので、待たせることなく出せた。


 呼び出されたのは、俺と母親の2人だけなのか。その部屋に、父親は居なかった。一体どんな話をするつもりなのだろうか。聞きたいことも色々あるが、それは向こうから話し出すのを待とう。


「うむ。来てくれてありがとう。どうぞ、座ってくれ」

「失礼します」


 ソファーに座った母親の横に、私も並んで座る。テーブルを挟んで向かいの席に、良造さんが座った。


「薫さんは、お仕事の話があるから来れないと」

「あぁ、聞いているよ。大丈夫じゃ。だが、アイツは仕事が好きだなぁ。庭園会でも仕事の話か」

「申し訳ありません」

「いやいや、責めているわけじゃぁないよ。仕事熱心なのは、いいことだ。横大路の一族が集まる機会も少ないから、話しておきたいことが山ほどあるんじゃろう」


 父親は大変そうだ。俺は気楽に、庭園会に参加していた。子どもだから。




 そんな会話を交わすと、次に良造さんは俺の顔を見ながら話題を振ってきた。


「ところで、沙良とはどうじゃ?」


 どうだ、というのはどういう意味だろう。質問の意図がつかめない。とりあえず、沙良ちゃんは”優しいお姉さん”とメモ帳に書いて良造さんに見せる。


 沙良ちゃんは、良造さんのお孫さんだから褒めたほうが良いだろう。実際、とても面倒見が良くて優しいお姉さんだから。わざわざ指摘するような、悪い部分も無い。


「そうかそうか。それは良かった!」


 俺の答えを見て、良造さんは嬉しそうに喜んでいた。呼び出したのは、それを聞くためなのかな。と思っていたら、今の話は本題に入る前の雑談だったようだ。




「これを君にプレゼントするよ」


 良造さんが取り出したのは、リボンの髪飾りとチョーカーのアクセサリーだった。リボンは良いけれど、このチョーカーは大人向けすぎないだろうか。まだ、小学校に入学する前の俺が身につけるのは、ちょっと難しそうだと感じた。


 だけど、良いものをプレゼントしてもらった。感謝を伝えるために頭を下げようとしたのだが、まだ何か渡される。


「それから、これも」

「……?」


 薄い、ハガキぐらいのサイズのモニター? を受け取った。軽い。画面は真っ黒のまま。しかし突然、これは何のプレゼントだろうか。


「つい最近、誕生日だったじゃろ。ということで、誕生日を迎えた記念にコレを君にプレゼントしよう」


 俺の誕生日というのは、母親に拾われた日のことである。その日を誕生日にした。そして確かに、つい2週間前が俺の誕生日だった。


 お祝いのプレゼントなんだと、良造さんは言う。


「実はこれ、思考を表示するデバイスなんじゃよ。例えば、こうやって……」


 良造さんは何かを取り出した。四角くて、手のひらサイズぐらい。それをシールを貼るように、額と喉の部分にペタリと貼り付けた。そして、小型で持ち運びができるハガキぐらいのサイズのディスプレイを手に持つ。俺が受け取ったのと同じもの。


 どうなるのか見ていると、良造さんが声を発さず口をパクパクさせた。そうすると手に持っていたディスプレイが光る。真っ黒の画面に、白色の文字が表示された。


”こうやって、声に出さなくても思考と喉の動きを読み取って、文字が自動で入力されるんだよ”


 表示されている文字は、良造さんが口から発さなかった言葉、ということなのか。声を出さずに、それを伝えることが出来るなんて。


”ちょっとやってみて”


 今度は口を動かしていないのに、画面に文字が表示された。それは、良造さんが思考した言葉なのかな。思い浮かべるだけで、伝えたい言葉が表示されるのか。


 なるほど。良造さんが頭と喉に貼り付けたシールのようなものが、プレゼントしてくれたリボンとチョーカーということなのか。


 俺は、誕生日プレゼントとして受け取ったリボンを頭につけて、首にチョーカーを装着した。良造さんから渡されたディスプレイを両手で抱えて、画面を見てみる。


”どうかな”

”お”

”すごい!”

”文字が”

”つぎつぎと”

”いっぱい”

”あれ”

”早い”


 そんな文字が短時間で、バババッと連続して表示されていく。すぐに、次の文字が表示されてしまった。操作するためのコツを覚える必要があるのかも。


「それは、ブレイン・マシン・インターフェースというモノじゃ。脳波と喉の動きを読み取って、文章を入力できる装置なんじゃよ。ウチで開発中の商品じゃ」


”凄いです”


「そうじゃ。そんな感じで使ってくれると、ありがたい」


 ディスプレイに表示された文字を読んで、満足そうに頷く良造さん。とても便利なモノだと思う。声を出せない俺でも、普通に喋るようにして意思疎通が出来る。


 メモ帳とペンがあれば、同じことが出来るだろう。今までに俺がやってきた方法。だけどスピードが違う。一瞬で伝えられるのは、本当に喋っているようだ。


”これを使えば、今までメモ帳に書いていた手間も省ける!”


 おっと。チラッと考えたことが、画面に表示されてしまった。ちゃんと操作できるように練習しないと、思考がダダ漏れになってしまうかも。


「そいつはまだプロトタイプじゃから、色々と不具合があるかもしれない。君には、それを実際に使ってみた感想を教えてほしいのじゃ」


 なるほどね。このブレイン・マシン・インターフェースの試験を任されたのかな。使ってみて、実際の感想を伝えるだけでいいのだろうか。


 声を出すことが出来ないという俺にとって、うってつけの装置だった。この装置の開発には、出来る限りお手伝いしたいと思う。


”わかりました。やってみます”

「うむ、任せたぞ」


 良造さんが、満足気に頷く。


「話は以上じゃ。では、庭園会に戻って楽しんでくれ。望未ちゃんも」

「本当にありがとうございました、良造さん。では、失礼しますね」

”失礼します”


 今まで静かに見守ってくれていた母親がお祖父様に、何度も感謝を伝えて挨拶した後、部屋を出る。ディスプレイに表示された文字を良造さんに見せてから、俺も一緒に部屋から出た。

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