第56話 族長の継承

 草原に存在していた部族を全てまとめ終えるまでには、なんだかんだで十数年近くもの歳月を要した。


 まず最初に、三大勢力を1つにまとめた。だが、草原には中勢力の部族、小勢力の部族も多く存在している。そんな彼らを説得して、時には武力も行使してナジュラ族に吸収していった。


 新たに迎え入れた他部族の戦士や女性、子供たちはナジュラ族の新たな仲間として手厚く迎え入れた。ナジュラ族の古株の不満が溜まらないよう、慎重に進めながら。それが完了するまでに、長い時間が掛かってしまったというワケだ。


 ナジュラ族の皆が苦労なく生活できるように部族内の体制なども改善をしながら、皆と協力して整えていく。


 新しくナジュラ族に加わる者たちを受け入れる準備をしていると、あっという間に時間が過ぎていった。当然、部族のどんどん規模が大きくなっていく。


 しかし、時間を掛けた分だけ、強力な集団が出来上がっていった。




 ある日、とある国の兵士が草原の部族である我々に戦いを仕掛けてきた。


 草原の隣に、帝国と呼ばれている国があった。その国は大国であり、周辺諸国への侵略を繰り返して力を蓄えていた。今まで帝国は、草原以外の国々へ目を向けていたから争いが起きていなかった。


 実は、この草原は帝国領内という扱いらしい。俺たちは勝手に帝国領内で生活していたというのに、放置されてきた。土地を占領していたが、脅威を感じていなかったようだ。それよりも、周辺諸国との戦いが優先されていた。


 隣国から土地を奪おうと戦争をしている間に、草原の部族であるナジュラ族という強大な力を誇る集団が生まれたことに、帝国はようやく危機感を持ち始めたらしい。早く対処しないと、帝国内で騒乱が起きるかもしれない。そう考えて。


 ということで、我々を草原から追い出すために帝国が戦いを仕掛けてきた。


 敵は、帝国という大きな国に所属している正規兵。ちゃんとした訓練を積んでいる兵士だ。数も多い。


 だが、残念ながらナジュラ族の戦士たちの練度も非常に高い。部族統一を果たした後も、戦士たちの訓練は止めなかったから。むしろ、色々な熟練者たちが各部族から集まってきて、腕を磨きあって実力を高めていった。お互いに影響しあって、立派な戦士が育っている。




 草原に侵攻してきた帝国兵との戦いは、ナジュラ族である我々が圧勝。その後も、第二第三の部隊が草原に攻めてきたが、全て撃退。全く相手にならなかった。帝国は目的を果たせずに、撤退することになった。


 その後は、事実上の停戦状態となる。


 帝国は、実力差があって草原の部族を倒せない。草原の部族であるナジュラ族は、帝国を倒して国土を奪い取ったとしても国を統治する能力を持っていない。メリットがないので、戦って奪い取るほどの必要もない。


 今までずっと、帝国領内の草原で自由気ままに生活してきた。そのまま変わらず、ナジュラ族は自由に過ごしていた。


 結局、戦いを無くそうと思って草原の部族統一を果たしてみたけれど、帝国という新たな敵が現れてしまった。なので、全ての戦いを無くすことは諦めて、今度は人を育てることに注力していく。


 頑張ったら、帝国の問題は解決させることが可能だろう。しかし、この問題は次の族長に任せることにした。戦って国を奪うか、協力して平穏な生活を手に入れるか。その判断を次の世代に託す。




 帝国との戦いを経て、かなり歳を重ねた俺は今、自分の息子たちに戦い方を教える訓練をしていた。


「父様、いきます!」

「おう。来い」


 ラナとの間に生まれた息子であるタリヒルは、子供たちの中でも実力がずば抜けて高かった。素直だし、教えたことを貪欲に吸収していき、学ぶ意欲も高い。


 そんな彼の目標というのが、俺から族長の座を受け継ぐこと。力比べで族長の座を勝ち取るために、日々の訓練を受けているという。


 彼の目標は、もう間もなく達成されそうだった。


 まだまだ、息子と戦って負けるつもりはない。けれども、ナジュラ族の中では俺を除けば断トツで実力があったタリヒル。今の時点で、族長を務めるのに充分な実力があった。


 今という時に、族長を受け継がせるのがよさそう。これからの事は息子に任せて、経験を積ませたほうが良さそうだな。そう判断した。だから後は、どのタイミングで彼に族長の座を受け継がせるべきか。




 その機会が、とうとうやってきた。


 その日は、次の族長となる者を決めるために三大勢力が1つにまとまった年から、毎年1度の頻度で行われている力比べの日。部族の戦士たち全員に、参加する資格が与えられている大会だ。


 勝ち残って、最後に現族長である俺と戦う権利を得る。それで勝つことが出来たら族長の座を受け継ぐことになる。


 強い者が上に立つ。そういう決まりが、部族統一をした後のナジュラ族の中にも、変わらずにあった。


 ラナが生んでくれた息子であるタリヒルが、今年の力比べにも勝ち残っていた。


 タリヒルは、12歳の時から力比べに参加するようになり、今年でもう三年連続の優勝者である。




「よろしくお願いします、父様」

「ああ。かかってこい」


 力比べに勝ち残った息子と、族長の座をかけた戦いが今年も始まった。


 15歳となったタリヒルの体は成長して大きくなっていた。だが、まだまだ若くて技術も拙い。けれど、戦いに勝つための気迫は充分にある。常に勝ちを狙って、戦い続ける意欲があった。


 どう仕掛けてくるつもりなのか気になって、息子との本気の戦いはワクワクする。もちろん、殺さないように手加減はしているけれど。


「これでっ!」

「お」


 俺の知らない技を、タリヒルが見せてくれた。素早い動きによって、俺の目の前に移動してくる。この距離まで、相手の接近を許すとはな。タリヒルの素早さに俺は、かなり驚いていた。


 足の裏に魔力を集中させる。それと同時に、魔力を体の外に放出した。魔力を体に集中させながら、同時に外に放出するという器用なことをして、見せてくれた。


 考えたこともなかった技法を目にして、俺の動きは止まった。なるほど、そういう使い方もできるのかと感心する。彼が、独自で編み出した技術なのかな。


 すごく興味があった。後で、俺もやってみよう。


「これでっ!」

「おっ」


 その一瞬を狙っていたのか見逃さずに、攻撃してくる。俺はタリヒルの拳を防御。腕に一打を受けていた。


 ものすごいパワーだ。足だけでなく、拳でも同じように魔力の集中と放出を同時に発動させて、凄い力を発揮することが出来るようだな。なんて器用な。


「うわっ!? っと、まだまだッ!」

「おっ、と」


 まだタリヒルは諦めない。防御されたことに驚きながら、次の一手を続けて放つ。こちらの攻撃を許さない猛攻。


 その勢いで闘技場から吹き飛ばされて、俺は地面に足をついていた。


 うん。これだけの実力があれば、彼に後を任せても大丈夫そうだな。そう考えて、闘技場の上に戻ることを拒否した。


「勝者タリヒル!」


 審判が勝者の名を宣言する。俺ではなく、息子の名前を。


「「「「おおおおぉぉぉぉぉ!」」」」


 タリヒルの勝利に部族の皆が歓声を上げていた。部族の統一を果たしてから、次の族長を決めるために始まった力比べ。十数年という長い間、俺が務めてきた族長の座を次は、一体誰が受け継ぐのか注目されていた。


 結果は、俺とラナの息子であるタリヒルが、ナジュラ族の新しい族長となった。


「ん? 大丈夫か?」

「イテテ」


 勝敗が決まったので闘技場の上に戻ると、タリヒルが手を抑えていた。痛みがあるようだ。


 どうやら先ほどの一撃で、防御した俺ではなく、攻撃をしたタリヒルが拳を痛めてしまったみたい。ものすごいパワーだったからな。骨が折れているかもしれない。


 それほど、本気で実力をぶつけに来てくれたことを嬉しく思う。だが、やりすぎはダメだ。


「無茶しおって。医者、来てくれ」

「はい! すぐに行きます」


 待機していた部下たちに、息子の怪我の治療を頼む。その医者は、タリヒルの拳を見た。そして、折れてますね、と言って治療に取り掛かる。


「具合はどうだ、タリヒル?」

「大丈夫です。ちょっと痛みますが」


 治療を受けたタリヒルは、なんとかそう答える。しかし、怪我を負ってしまったらしばらく戦うのは無理そうだ。回復に専念しないと。ちょっと心配だな。


 だけど、勝者は息子である。次の族長は、彼に決まった。


「お前に族長の座を譲る。その前に、ちゃんと拳の怪我を治すんだぞ」

「わかった。ありがとう、父様」


 こうして、ちょっとしたトラブルが起きつつナジュラ族の新しい族長の座は、俺の息子であるタリヒルに受け継がれていった。


 ちなみに、あの後すぐタリヒルの拳は治った。族長の役目もちゃんと果たすことが出来ているみたいで、安心している。

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