第55話 草原の部族統一
子供が生まれてから俺は、前と比べて更に力強く精力的に働くようになっていた。我が子の将来のため、ナジュラ族の未来のために。
子供がいるから親は頑張れる、という話を聞いたことがあるが本当のことだった。実際に子供が生まれて、実感するようになった。この子のためにも頑張ろう、という気持ちになる。
仕事や訓練を終えて家に帰ってくると、笑顔で妻子が出迎えてくれる。それを見て、ホッと安心する。
自分たちの居場所を守るために、必死になって仕事を頑張れる。これが親となった者の気持ちなのだろう。今まで俺が知ることのなかった感情。
今までも、ナジュラ族の皆のためにも族長として色々な仕事を務めてきた。それがより一層、頑張ろうという気持ちを強く感じるようになった。
この場所を守りたいと。他の部族から奪われたりしないように。
そして、思いついたこと。これから目指すは、草原の部族を統一。子供たちが育つ前には、俺たちが生活する草原から戦いを無くしておきたいと思った。そうすれば、彼らの将来も安泰だろう。
大勢力の部族同士について、今のところは膠着状態だった。大勢力同士での大きな戦いが起きてはいない。ただ、小規模の戦闘は幾度も起きていた。
ここ数年間ずっと、ナジュラ族の拠点の襲撃を繰り返して、反撃すると逃げていく好戦的なバディジャ族。
もう一つの大勢力部族であるワフア族とも、関係に変化はなく友好的だった。
ワフア族の族長アーキルとは、年に一度ぐらいは顔を合わせて話をする。ずっと、アーキルのフレンドリーな態度は変わっていない。
ナジュラ族とワフア族は、協力協定を結んでいる。この協定については、まだ破棄されていなかった。戦いを仕掛けないという約束は、今なお残っている。この約束が破られることは今までに一度もなかった。
しかし、安心はできない。最近ワフア族が、裏で何やら色々と計画しているという噂を耳にしていた。ワフア族の族長であるアーキルとは別の人物による、不穏な気配があったのだ。だからこそ、ワフア族に対する警戒を強めていた。
今はまだ、草原では何も起きていない。だけど、この先に何か大きな事件が起きるかもしれない。そんな漠然とした不安を感じていた。
それなら先に、仕掛けるべきだ。
まず先に、バディジャ族と決着をつけようと考えた。
数年ぶりとなるだろう、他部族との戦いの準備を密かに進める。商人たちからは、戦いに必要なものを買い求めていく。敵であるバディジャ族の情報なども、労を惜しまずに収集していった。
おそらくこれで、敵にもナジュラ族が戦いの準備を進めているという情報が漏れてしまう可能性もあった。それで、バディジャ族がどう動くのか。仕掛けてくるのか、身構えて守りを固めるのか。それによって、こちらも対応を変えなければならない。
戦いの準備が終わると、バディジャ族に仕掛けるタイミングを待った。その機会はすぐにやって来る。
相変わらず、定期的に拠点を攻めてくるバディジャ族。今回は、拠点襲撃してきた彼らを逃さずに、追いかけて敵を全滅させる。
定期的に行われていた、バディジャ族によるナジュラ族の拠点の襲撃。
数年間に何度も続けてきた襲撃だったので、今回も慣れた様子で適当に攻撃して、適当に逃げるだけだった。油断していたようだ。
「なっ!? あ、あいつら、追いかけてくるぞ!?」
「どういう事だ? 今まで、そんな事なかったのに!」
「に、逃げないと!」
今までずっと追い返すだけ、逃げたら追わなかったナジュラ族の戦士が、まさか、いきなりバディジャ族を本気で追いかけるとは、予想していなかったみたい。
「逃がすな! 捕まえろッ!」
「「「うぉぉぉぉ!!」」」
適当に逃げて今回の襲撃を終わらせようとしていたバディジャ族の戦士は、本気で追いかける俺たちナジュラ族に驚いた顔を見せた。残念ながら、逃さない。
ナジュラ族の戦士たちは今まで訓練して鍛えてきた成果が、今回の戦いでも存分に発揮される。拠点を襲撃して逃げ出そうとしていたバディジャ族は、容易に倒せた。
これは、いけそうだぞ。バディジャ族に対して、反撃の一戦の結果により、自信がついたナジュラ族の戦士たち。このままの勢いに乗って、予定通りにバディジャ族の拠点を攻める。
「ナジュラ族に降れ、バディジャ族の者たちよ!」
「断る! 我々は、草原で最強の部族! 我々に楯突いたことを後悔させてやる!」
攻め込む前にバディジャ族には降伏勧告をしたのだが、強く拒否されてしまった。勧告は失敗。彼らとは戦わずに、取り込めたら最高だったけれどダメだった。なら、戦うしか道はない。
拠点襲撃に反撃した勢いに乗って、バディジャ族の拠点に向かい戦いを仕掛ける。この1戦で、バディジャ族との関係を清算する。そんな考えで俺たちナジュラ族は、バディジャ族との戦いを始めた。
数年前まで中勢力でしかなかったナジュラ族は、ラビア族や他の小規模勢力だった部族をいくつか吸収して大きくなった。
元々は草原の三大勢力の一角だったラビア族が吸収されて無くなり、ナジュラ族が代わりとなり、新たな大勢力の1つとして認知されるようになった。
今では、大勢力のバディジャ族と戦士の数に差は無かった。わずかにナジュラ族の戦士の数が少ない、というぐらい。彼らは非常に好戦的な部族のようだが、俺たちの方が実力的には上だと考えていた。だから、この戦いに負けない自信があった。
草原で、2つの大きな部族がぶつかり合う。今までは膠着状態が続いていたので、数年ぶりの戦いになるだろうか。これから激しい戦いが繰り広げられる。そう思っていた矢先に、敵の族長を捕まえることに成功した。
敵の族長は、戦場の一番前に立って突撃してきたので簡単に捕らえることができたのだ。それによって、戦いが一瞬停止する。
「バディジャ族よ! お前達の族長を捕らえたぞッ! これで降参してナジュラ族に加わるか、それともここで抵抗して死ぬのか、選べ」
「こ、降参を」
俺は、バディジャ族の戦士たちに判断を迫った。どちらを選ぶか。そして彼らは、降伏することを選んだ。武器を手放して投降していく。
予想していた以上に、簡単にバディジャ族との戦いは終わってしまった。
「お、お前達ッ! 何をしている! 戦え! 戦うのを止めるな!」
「貴方が、あんなにも簡単に捕まってしまったから。我々では勝てないことが、よく分かった。降伏した方が、まだ生き残れる可能性があるでしょう」
「……くっ、くそぉ!」
バディジャ族の族長が捕らえられたことで、戦いは終わった。俺たちは勝利した。相手の戦士たちも冷静に判断して、戦いを止めてくれてよかった。そんな彼らを、悪いようにはしないと約束して、捕虜にする。
大勢力同士の戦いは、両者に損害が少ないまま終わることができた。
その後、ナジュラ族がバディジャ族を吸収して、新たな1つの部族となった。
バディジャ族との戦いが終わると、すぐにワフア族の族長アーキルが、俺に会談を申し込んできた。
「我々も、降参する」
ワフア族の族長アーキルは戦わずに、ナジュラ族に加わると表明した。その理由をアーキルは語る。
「バディジャ族を、あれほどあっさりと倒してしまった。もう我々ではナジュラ族に敵わないだろうからな」
「貴方から降伏を申し出てくれて、助かります」
そういうわけで、ワフア族もナジュラ族に加わることになった。
こうして草原の三大勢力と呼ばれいていたラビア族、ワフア族、バディジャ族が、ナジュラ族に吸収されて一つの大きな部族となった。
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