第196話 ある日、森の中
何者にも急かされずに1人と1頭で、ゆったりとした生活を続けて数年が経った。
家を建てて、失敗したら解体をして。満足できる家が完成したら残して、また次の建築に取り組む。そんなことを繰り返しているうちに何十軒も建っていて、ちょっとした村のような景色が完成していた。今の住人は、俺とリヴだけなので村とは呼べないのかな。
家を建てる他に、ちょっとした家具の製作にも挑戦してみたり。土を作って種をまき、作物を育てたりして、有意義な時間を過ごしていた。そんなある日のこと。
「んー! 今日も、ゆったりとした1日を過ごせるかなぁ」
朝の目覚めは、とても良かった。身体の側面を伸ばし、肩まわりや背中、腰回りの筋肉の緊張を解しながら、ベッドから降りる。木製の窓を開けると、いつものように澄んだ空気に当たりながら深呼吸をした。その時、異変に気が付いた。
「ん?」
森の雰囲気が、いつもと違う。窓から見える先が、少し騒がしいような気がした。そこで、何かが起きている。いつもと違った気配を感じ取った俺は、剣と防具を装備すると家を出た。
あそこで何が起きているのか、念のため確かめに行こうかな。家を出た俺の側に、リヴが近寄ってきた。手を伸ばして頭を撫でてやる。
「ワウ」
「おはよう、リヴ。お前も感じたか?」
「ワウッ!」
「うん。森の先に何か居るみたいだな」
リヴに尋ねてみると、鳴いて肯定する。俺が感じたようにリヴも、森の奥に何かを察知しているようだ。
おそらく、人間が何人か森の中に入ってきている。
俺とリヴは訓練も兼ねて毎朝と毎晩、森の中の見回りをしていた。そして昨夜も、ちゃんと見回りをして異変がなかったことを確認している。森の中に俺以外の人間が入ってきたことは、今までに一度も無い。森の近くには人が住んでいる村も存在しないから、そこまで迷い込んでくることも無い。
なのに今日は、森の奥から普段と違う気配を察知した。それは久しぶりに感じた、人の気配。俺以外で、この森に足を踏み入れた人間は数年ぶりかもしれない。ただ、そこまで深くは入ってきていない。
俺とリヴ、どちらも気配をキャッチしているということは勘違いじゃないだろう。その気配から、脅威や危険などは感じない。だが、確認しておいたほうが良いかな。
何か目的があって、奴らは森の中に入ってきている。それが何なのか、わからない。俺の拠点の場所がバレることはないと思う、けれど。
「確認しに行ってみようか」
「ワウ」
「わかった。一緒に行こう」
聞いてみると、リヴは吠えて頷いた。俺と一緒に行くつもりだな。ということで、俺たちは気配の正体について確認するため、森の中に入った。
生い茂った木々の間を猛スピードで駆け抜ける。この辺りは、見回りのために歩き慣れた道だったので、スイスイと進んでいける。
最近は、俺たちの姿を見るとモンスターが近寄ってこない。たまに不意打ちを狙い襲いかかってくるようなモンスターも居るが、全て撃退してきた。森の中に生息しているモンスターの妨害もなく、すぐに目的の場所まで辿り着けそうだ。
普通の人間なら一時間は掛かるだろう道を数分で到達。人の気配がある場所まで、もうすぐという所まで来ていた。気配を消して、状況を確認する。
「ワウッ」
「うん、近いね」
小さな声でリヴが鳴いて示した方角に、人の気配を感じた。俺も、小声で答える。誰かいる。人間だな。やはり勘違いではなかったことを確認できた。しかも、そこに数人集まっているようだけど、まだ誰も俺たちの存在には気づいていないと思う。
彼らは、それどころではないようだ。人間たちは、戦闘真っ最中だったから。
男性2名、女性2名の計4名の人間に、森に生息している凶暴なモンスターたちが何十体も群がっている。
戦闘状況は、人間側が不利のようだった。負傷した人間が2名いる。負傷者を守りながらの防戦一方で、今は耐えているようだな。けれど、徐々に不利になっている。このまま時間が経てば、全滅する危険性もありそうだ。
さて、どうするかな。
「手助けするか、見捨てるか……」
ここ数年、森に隠れ住んで人間との交流をしてこなかった俺は少しだけ助けるのが面倒だと思ってしまった。それに、わざわざこんな危険な場所まで立ち入ったんだ。腕に自信があるのだろう。そんな戦士たちの戦いに乱入していいのかな。
でも、そのまま見捨てて戻るのもなぁ。見ている間に、どんどん状況が悪くなっていく。彼らを見捨てたら、助からないだろうな。それを俺は見つけてしまったから、そのまま放置するのも気分が悪い。
「仕方ない、助けるかぁ……」
「ワウ」
やる気はないけれど、自分の気分を悪くしないために。リヴを引き連れて木の陰に隠れて観察していた俺は、彼らの目の前に姿を表した。
「ッ! 背後から新手ッ!?」
足から血を流しながら、剣を支えにして膝をついた女戦士が俺たちの姿を見つけて声を上げる。
「くっ……! 逃げてください、姫様……」
4人の中で一番重症そうなローブの男が、地面に倒れたまま声を振り絞った。彼の側には、折れて真っ二つになった杖が転がっている。あれじゃあもう、戦力にはならない。
「え、ちょっと待って。……人間!?」
何故か、こんな森の中で華やかな白いドレスを身にまといながら戦っている少女がモンスターの鋭い攻撃を受け止めながら、こちらを振り返って言った。彼女は、俺の顔をジッと見つめてくる。高貴の出のような見た目の割には、ちゃんと戦えている。
「なッ!? 人間だと! こんな場所に!?」
一番先頭に立って戦っていた男が、モンスターの攻撃をかわして振り返り、驚きの声を上げた。その集団の中で、彼が一番の戦力みたい。というか、その男は見覚えのある人物だった。
「……えぇ。もしかして、勇者か?」
小さな声が、俺の口からボソッと漏れ出た。
数年前、俺が生まれ育った村から旅立つキッカケとなった人物がそこに居た。歳を重ねて、顔立ちが少し変わっている。だけど、見覚えのある顔だった。そんな彼は、モンスターからの攻撃を受け流して耐えている。
まさか、こんな場所で再会するとは予想していなかった。もう二度と、会うことはないだろうと思っていたのに。再び、出会ってしまうなんて。
それになぜ、こんな場所に居るのだろうか。旅の途中なのか。修行している最中、とか。まだ、仲間探しを続けているのか。でも、こんな人が居ない場所を訪れるなんて無駄そうだけど。そんなことを考えていると、ドレスを着た女性の1人が俺たちに向けて必死の形相で叫んだ。
「おねがい、きみっ! 助けてくれないかしらッ!」
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