第188話 勝負の結末

「くッ……、うわっ!?」

「ん」


 勇者の攻撃を俺は避ける。剣を振った勢いが止まらず転んで、彼は地面の上に倒れ込んでいた。色々と考えている間に、攻撃を避けたり、いなしたり、軽くあしらっているうちに彼の体力が尽きたようだ。


「そろそろ、負けを認めたらどうだ?」

「ハァハァッハァ、ッ! まだ、俺は負けてないッ!」


 降参を促してみるが、全く聞く耳を持たない勇者。やはり、負けを認めないつもりのようだ。


 勝負は長引いて、周りにどんどん村人たちが集まってきていた。周囲を囲まれて、逃げ場のないような状況。多くの観戦者がいる中で、俺と勇者の力比べは続く。


「剣を振るのにも体力は必要だし、攻撃を躱すのにも体力が必要だ。さらに、複数の敵と戦う場合にも戦い続けるために体力が必要なんだ」

「ハァハァッ、ハァハァ……」

「戦いに勝つためには、まず基礎的な能力を鍛えることが絶対に必要だということを理解したほうがいい」

「ハァ……フゥ……、クッ、俺は、負けない」


 ぜいぜいと荒く呼吸を繰り返す勇者の目の前で、俺は講釈を垂れる。本当は上から目線で説教するようなことはしたくない。だが、少しでも俺の言葉を頭に入れて理解してもらえたらいいと思って、俺は話を続ける。


 勇者は息を整えながら、反抗的な目を向けてくる。あの目は、ダメそうだよなぁ。とても残念だけど、こちらの言葉を少しも聞いていないようだし無駄かな。本当に、残念だ。


 彼の素質には、光るものを感じた。その才能を正しく発揮すれば、勇者として活躍できると思う。しかし、その性格が邪魔をしている。


「レオナルト様ッ! 頑張って!」

「ただの村人なんかに、負けるなよォ!」

「立ち上がって、勇者様ッ!」


 観戦者集団の中から、男女の声が飛んできていた。レオナルトと呼ばれているが、勇者の名前らしい。初めて知った。


 男性が1人と、女性が2人の声。どうやら勇者の仲間らしい。今まで彼らの存在に気付かなかったが、仲間が居たのかと驚く。彼らは、従者として相応しい戦士であると見出された者たちなのかな。


「あぁ、……俺は、負けないぞ」

「まだ、やる気なのか」

「あぁ。もちろん!」


 回復力と根性は十分にあるようだ。仲間たちの声援に、背中を押されるようにして勇者は立ち上がった。今は、無理に立ち上がらず倒れたままで降参してほしかった。面倒なことに、勇者が負けを認めそうにない。この勝負は、まだ続くのか。


「俺は、絶対に勝つッ!」


 戦いで勝利に貪欲というのは、戦う者としては褒められるべき点だろう。だけど、逆を言えば諦めが悪い。仲間を危険に晒すかもしれない。早く降参して、潔く勝負を決めるべきだろう。それを理解してくれない勇者レオナルト 。勇者が負けを認めて降参してくれる、なんて期待しちゃダメなのかな。


「ハッ! クッ、そこっ!」

「甘い」


 どんどん勇者の動きが良くなっている。どうやら彼は、実戦で強くなれるらしい。その成功体験があるから、痛みを感じて実戦の中で強くなれると思っていたのかも。疲れも忘れて、どんどん動きが鋭くなっていく。剣を振るスピードが上がっていく。


 だが、それは勇者としての才能があったから出来ることなのだろう。ただの村人に同じようなことを望んでも、無理だろうに。それを彼は、理解していなかった。


「勿体ないな」

「うぉぉぉぉ!」


 1分前に戦っていた勇者とは別人だと思うぐらいに、動き方が良くなっていった。この短時間で俺の戦い方を感覚で吸収し、即実戦して自分のモノにしているようだ。


 彼を正しく指導してくれる、ちゃんとした師匠が居たなら今よりも強くなっていただろうに。先程までの動きを見ていると、おそらく独学なのだろう。彼に師匠が居たとして、その師匠が良い人間に育ててくれていたなら完璧だっただろう。惜しいな。


 惜しいとは思うけれど、俺が師匠の立場になろうという気持ちはない。やはり面倒だから。やる気も出ない。彼との出会い方が違えば、その可能性もあったのかな。


「ハァ、ハァッ……あっ、クッ!?」


 再び体力が尽きて、勇者は地面に膝をつく。模造剣を支えにして、何とか倒れずにいるけれど限界のようだ。足が激しく痙攣している。限界を超えて動き続けたから、彼の体が悲鳴を上げていた。あれでは、もう立ち上がれないだろうな。戦いの最中、身動きもできなくなった。スキだらけで、どこからでも仕留められる。


「レオナルト様ッ!」

「うっ……」


 泣きそうな女性の声で、勇者の名が呼ばれた。次の瞬間、勇者は気を失っていた。気絶する直前に声を漏らして、うつ伏せで倒れている。結局、こんな結末か。


「ウォォォォッ!」


 その直後、雄叫びを上げながら接近してくる男。人を簡単に殺してしまえそうな、大きな斧を振りかぶって走り寄ってくる。


「ウォリヤァッ!」

「真剣勝負に割り込んでくるとは……」


 俺と勇者の1対1だったのに、割り込んできた男が斧をブンブン振り回している。当たれば身体がバラバラにされそうで、近づくだけでも脅威だ。


 だけど斧の男は、動きが大きい。勇者よりも実力は低いようだ。つまり弱いということ。斧を振り回すスピードも遅くて、見て避けるのは余裕だった。相手の武器は、刃が付いている本物を使っているというのに、少しも危険を感じない。


「よっと」

「な……!? ガハッ!」


 一瞬のスキを突いて後ろに回り込むと、俺の姿を見失って混乱している奴の首に、強烈な一撃。ソレで、斧の男は気絶して地面に倒れ込んだ。背中から、魔力を察知。


「君も、やるかい?」

「……」


 斧の男と対峙している時に、俺の後ろに回り込んで機会を伺っていた勇者の仲間の1人。気配を消しているけれど、魔力を感じ取れる俺には無意味だった。攻撃をする機会を伺う狙いや、気配を消して動く戦闘技術は良いのに、宝の持ち腐れだな。声をかけると、諦めたのだろう。彼女は俺のそばから離れると、勇者の近くに移動した。


「とりあえず、これで勇者との勝負は終わりかな?」

「……」


 気絶している勇者の頭を膝の上に乗せて、こちらを睨んでくる女性。彼女も勇者の仲間の1人かな。嫌われているな。


 勇者の仲間も、なかなか酷い。


 結局、俺が勇者を一方的に叩き潰すだけで終わってしまった。無駄な勝負だった。睨まれて、嫌われてしまうだけ。この後も、いろいろと言われるのだろうか。それは勘弁して欲しいな。


 後始末をどうしようか。気絶してしまった勇者と男戦士は、仲間である彼女たちに任せたほうが良さそうだ。俺は、その場から立ち去るほうが良いのだろう。


「はぁ……。終わったから、帰るよ」

「あ、あぁ。この後始末は、私の方でなんとかしておく。任せてくれ」

「うん、任せた」


 怒りでも悲しみでもない。微妙な気持ちになった俺は、戦いを見守ってくれていたヘルミンと少しだけ話をする。彼に後を任せると、自宅に帰った。

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