第189話 理不尽な反応
翌日、勇者一行は村から姿を消した。誰にも何も告げずに、夜中ひっそりと村から出ていったらしい。翌朝、居なくなった事に気付いた村長が村人たちと一緒に彼らを探したが発見できなかった。滞在中に彼らが利用していた建物はもぬけの殻。寝床は冷たくなっていたという。
俺も、勇者の捜索に駆り出された。もしかすると、森の中に入ったのではないかと村長は考えて、戦闘できる村人たちを捜索に行かせた。
森の中も、勇者たちの魔力を察知できない。もう村の近くには彼らが居ないことが俺の中で確定していた。これ以上、探し続けても見つからないだろうし無駄だろう。ということで、早々に戻って村長に報告する。
「勇者たちは、もう近くには居ないようですよ」
「そんな……、くぅッ……」
報告すると、膝をついて悔しそうにして落胆する村長。なんで、そんな反応をするのかよく分からなかった。勇者って、そんなに村に滞在して欲しい存在だったのか。一緒に勇者を捜索していた村人たちは、発見できずに気まずそうな表情を浮かべる。そのまま、勇者一行の捜索隊は解散となった。
勇者たちは、次の村や町へ従者候補を探しに旅へ出たのだろう。
さらに翌日。その日は、いつものように戦闘指導を行う予定だった。基礎的能力を鍛える必要がある者たちは、村の外を走ってもらうトレーニングを実施する。予定を村人たちには伝えていた。なのだが。
「ん? 今日は妙に人が少ないな。どうしたんだ?」
「いや、実は……」
集まっていた者たちの中に1人、ヘルミンが居た。彼は、いつものように訓練に参加している。そして、今回の訓練参加者が少ない理由を教えてくれた。どうやら、村を去った勇者が原因らしい。
「あの日の模擬戦で、リヒトくんが勇者をイジメたと村で噂になっているんだ」
「俺が? 彼をイジメた?」
「そう。勇者が勝手に村人を鍛えようとしたところを見つけて怒ったリヒトくんが、私怨を抱いてイジメたんじゃないかと」
「そんなワケ、ありませんよ」
「もちろん私は状況を見ていたし、わかっているよ。君が、そんな事をするはずないことも知っている。この目で勝負の行方を確認したけど、イジメなんてあり得ない。むしろ、勇者のほうが傍若無人で村人をいたぶっていた。悪いのは彼らだ」
ヘルミンは、ちゃんと理解してくれているようだった。噂話を聞いた村人たちは、そうじゃないらしい。
「アレだけ実力差があったのに、すぐ勝負を決めようとしなかったこと。痛めつけて恨みを晴らそうとした、と周りからは思われているらしい」
「そんな馬鹿な」
あの勝負では、相手に負けを認めさせないと勝敗は決まらなかった。どうにかして勇者を説得して、負けを認めさせようと努力した。残念ながら、最後まで彼は諦めず戦おうとしていた。なので最後は、気絶させて勝負を終わらせた。戦いを無理矢理に長引かせよう、なんて意図はなかった。
むしろ、早く終わらせたいと思っていたんだけど。
「人を痛めつけるようなヤツの指導を受けたくないと言って、今まで訓練に参加していた者たちの多くが、参加を拒否した」
「それで今日の訓練参加者は、こんなにも少ないのか」
「そういうことだ。すまない」
「いやいや、ヘルミンが謝ることじゃないよ」
小さな村だから、噂が広まりやすいのだろう。だけど当事者である俺の耳には噂や情報が入らないよう、注意して噂を流した。俺の知らない間に、周りの村人たちにはちゃんと広まってしまったようだ。
村人たちの戦闘指導を始めてから一瞬で、俺の評価が見直されたと思った。だが、悪い評価に変わるのも一瞬だった。
この村に住む人たちは、よく言えば順応性が高い。悪く言えば、周りの意見などに流されやすい、ということか。
しかし、そんな噂なんかで訓練に参加するのを拒否されるなんて。
まぁでも今日は、集まってくれた者たちに集中して彼らをしっかりと指導しよう。戦闘指導を始めた頃の9人だけしか参加していない時期を思い出しつつ、俺は訓練を開始した。
俺が勇者のことを嫌ったから、一方的に虐めた。噂話がどんどん捻じ曲げられて、悪い方向で村中に伝わってしまっているようだった。ヘルミンが必死に、俺の信頼を回復させようと動いてくれたが、残念ながら好転する様子はない。
俺はただ、何も言い訳せずに状況を見守るだけ。何か言ったところで、村人たちが聞いてくれるとは思わなかった。少し前の状況に戻っただけだ。裏で誰かが暗躍しているようだし、こうなることを望んでいる奴らが居る。それを掴んだ後も、俺は何もせずに見ているだけ。
やる気が出ないので、流れのままに身を任せる。やろうと思えば、この問題も解決する方法はある。でも、それをやらない。面倒だから。そういうところが、今までに人間関係で失敗してきた理由なんだろうな。そしてまた、失敗が増えてしまいそう。
村人たちの戦闘指導を行う日。とうとう集合場所に、ヘルミン1人だけしか来なくなってしまった。
「本当に申し訳ない。何とか今の状況を変えたいんだが、村人たちは……」
「大丈夫ですよ」
面倒だけど、なるようになるさ。そう思って、今日も彼に戦い方を指導する。
いつまで、彼と訓練できるだろうか。この戦闘指導も、終わりの時が近付いてきたかな。
「ハァ……。彼ら、ここまでするのか」
勇者が村を去った日から、一週間が経過した。今日は農作業をしようと畑に来てみると、ぐちゃぐちゃに荒らされていた。誰の仕業か、見てすぐにわかった。
「クゥゥゥンッッ」
「お、リヴ?」
森の奥から、弱々しく鳴いてリヴが出てきた。なんだか、申し訳無さそうな表情をしている。頭を撫でてやりながら、事情を聞いてみた。
「ワウッワウッ」
「大丈夫だ。お前のせいじゃないさ」
畑の見張りはリヴに任せていた。モンスターや野生動物が畑を荒らそうと近付くと追い払ったり、狩ってくれていた。しかし今回、畑を荒らそうとやって来たのは人間だった。俺に敵意を持っている村人たちである。なぜ、そんなに敵視されているのかわからない。けれど、とうとう俺の育てていた作物にまで手を出されてしまった。
リヴが手を出さないでくれて良かった。過去、村の中をリヴを連れて歩いていると村人を怖がらせてしまったことがあった。今回、リヴが先に手を出したら面倒なことになっていただろう。いやもう既に、手遅れかもしれないが。
「お前の判断は正しかった。ありがとう」
「グルルルッ!」
こちらから手を出さなかったのは、とても賢明な判断だった。手を出してしまえばコチラまで悪くなってしまう。わざわざ、奴らの居る底辺まで降りる必要はない。
「まぁ、ここまでやられたんだ。もう、いいかな」
「ワウッ?」
「ようやく、お前と一緒に暮らせそうだ」
「ワウッッッ!」
決心がついた。俺は今夜、村から出ていくことにした。リヴと別の場所で、一緒に新しい生活を始めることに決めた。一緒に暮らすと聞いて喜んでくれるリヴを、俺も嬉しい気持ちで撫でてあげた。
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