第174話 宝玉の効果

「……っきて、リヒト目を覚まして!」

「ッ!? ここは」


 先程の真っ白な空間から一転、薄暗い洞窟のような場所で目を覚ました。寝ていた身体を起こして、周りを確認する。そういえば俺はダンジョンの最下層に来たのか。記憶はハッキリとしている。


「リヒト?」

「ネコ?」


 どうやら俺は、折りたたみ式簡易ベッドの上で寝ていたようだ。ダンジョンの攻略途中で仮眠を取ったり休憩する時に使ったりしているモノだ。


「良かった!」

「うわっ!?」


 俺は意識を失っていたようで、彼女が側にいて声をかけてくれたみたい。あれから一体、何が起こったのか問いかけようとした瞬間に抱きつかれた。


「よかったぁ……目を覚まして……ッ」

「ごめん。心配させてしまったね」

「いいよ……。ちゃんと目を覚ましたから、許す」


 痛いくらいの強さで俺の身体に抱きついて、胸の中で泣きながら喜んでいるネコ。これは、かなり心配させてしまったようだ。彼女の涙声を聞いて、とても申し訳なく思った。抱きつく彼女の頭を優しく撫でて、なんとか落ち着かせようとする。


「あっ! ちゃんと起きてる。良かったぁ」

「ようやく目を覚ましたか。心配したぞ」

「すまない。2人とも、心配かけたね」


 遠くの方から、近づいてくる声が聞こえてくる。大内さんと田中くんの2人だな。彼らは、俺が意識を失っている間に周囲の警戒をしてくれていたらしい。安全を確認した場所だけれど、ダンジョン内では何が起きるかわからないから。


「状況は? あの後、俺はどうなった?」


 抱きついて泣き続けているネコには聞けなかった、状況についてを2人に尋ねる。その後、何が起こったのかを教えてくれた。


「いきなり気を失ったと思ったら、君が地面に倒れてね。先に拠点に用意しておいた簡易ベッドの上に運んで安静にしてたんだよ。それから、ずっと猫ちゃんが目を覚ますまで呼びかけ続けてた」

「しばらく起きる気配はなかったけれど、少し前に反応があってな。それから彼女が必死に、目を覚ますよう声かけてたぞ」

「そうだったのか。助かった。ありがとうネコ」

「ううん」


 やはり俺は、宝玉を使用したあとに意識を失っていたようだ。そして思った以上に心配をかけてしまっていたみたい。未知のアイテムを使って、その後に意識を失ったから心配するのも無理はないだろう。


「本当に、大丈夫なの?」

「あぁ。今のところ、問題はないかな」


 ネコは、うずめていた顔を上げると心配そうな顔で無事かどうか問いかけてきた。一度確認してみてから、大丈夫そうだと俺は答える。意識は失っていたようだけど、いまのところ身体に問題は起きていない。痛みや苦しさを感じる箇所もない。ただ、意識を失っただけ。


 今後どんな影響があるのかわからないから、しばらく様子を見たほうが良いかもしれないが。


「周囲にモンスターは?」

「居ない。上からモンスターは降りてこないようだし、ここは危険じゃなさそうだ。もうしばらく寝ていても、大丈夫そうだぞ」

「そうか。じゃあ、お言葉に甘えてしばらく休ませてもらうよ」

「うん。ちゃんと休んでね。それと猫ちゃんに心配かけてたし、気にしてあげて」

「わかった」


 ダンジョン最下層は安全そうだが、やっぱり何が起こるか分からない。警戒は必要だろう。田中くんと大内さんの2人に後を任せよう。彼らは、頼りがいのある仲間として成長していた。


 意識を失っていた俺に代わって、不安定になっているネコも守ってくれたようだし。この後も、安心して休めるだろう。




 しばらく休みながら食事をしたりして様子を見たが、特に問題は無さそうだった。むしろ俺よりも、ネコの精神状態が少し不安だった。あれから黙ったままベッタリと俺の身体に引っ付いて、離れようとしない。可愛らしいけれど精神的に不安定そうで心配だった。早く地上に戻って、安全な場所で彼女を落ち着かせたほうが良さそう。


「それで。あのアイテムの効果は? 意識を失った、ってことは失敗だったのか」「願いを叶えてくれる、というのは嘘の情報だったの?」


 田中くんと大内さんの2人から、宝玉について質問される。俺は、どう答えるか迷った末に事実を隠さず説明することにした。


「いや、おそらくアイテムは正常に作動した、と思う」

「それじゃあ、なぜお前は意識を失ったんだ?」


 田中くんの疑問はもっともだと思う。意識を失ってからその後、どうなったのかを2人に語った。その時、俺が転生者であるということも含めて彼らに説明する。それを説明しないと、俺が何を目的に宝玉を使用したのか語ることが出来ないから。


「転生を繰り返してる……?」

「転生する理由を、知りたくて……? それで、宝玉で謎を解明しようとした?」


 2人とも最初は不思議な顔をして俺の話を聞いていたが、徐々に理解してくれた。俺が長い年月、子供から大人になる人生を何度も繰り返している、ということを。


 家族にも語ったことがない秘密を、仲間である彼らに初めて打ち明けた。


「私も、リヒトと同じような転生者。まだ、人生は二度目だけど」

「そうだったの」

「ごめんね、久美ちゃん。今まで秘密にしてて」

「いいんだよ、猫ちゃん。人には誰にも話せないことって、1つや2つはあるもんだから。話してくれてありがとう」


 俺に合わせて、ネコも転生者であるということを告白した。今まで秘密にしていたことをネコが謝ると、大内さんは大丈夫だと気遣ってくれる。


「それで、この宝玉で見覚えのない俺の過去にあった光景を見せられたんだ」

「見覚えのない? どういうことだ」


 アイテムは、ちゃんと作動していたと俺は思う。さっき見た光景は、転生に関する謎を解き明かすための情報だったように思える。確証はないが、そう感じた。


「転生を繰り返すことになったキッカケの記憶を、誰かの力によって封じ込められていた、のかもしれない。あの謎の人物の手によって俺の記憶を封じられていたのか。だけど宝玉を使って、無理やり覗き込んで一端だけを掴んだ、ような気がする」

「うーん。よくわからんな」

「伝説のアイテムである宝玉を使っても、そんな情報しか得られないなんてね」

「すまない。俺も、よくわかっていないから、どう説明したらいいのか」


 鮮やかだった緑色の光を失って、保有していた魔力も全て失われてしまった宝玉。そんな、ただの珠になって効力が無くなったソレを手元で転がしながら、俺は自分の考えを述べる。


 あの光景は、おそらく俺の不可解な転生の繰り返しがスタートした時の出来事だ。俺は、転生の繰り返しが始まる前に誰かに出会っていた。未知な存在の手によって、転生を繰り返している。何らかの目的を達成するために。


 謎の人物は、この願いを叶えてくれるアイテムでも干渉できないほど強大な存在。


 だけどなぜ、俺に記憶が残っていないのか。その記憶を隠す必要があったのかな。どうして、自分では思い出すことすら出来なかったのか。それが疑問だった。


 そもそも、俺の考えが正しいのかどうかわからない。あの光景を見て考えてみた、予想でしかない。全て俺の勘違い、という可能性もある。正しいかどうかを確かめるすべはない。


 宝玉というアイテムを使えば解き明かせるのではないか、と思ったが無理だった。


 転生の謎については結局、わからないという結論で納得するしかないのだろうか。その他に、調べる方法も思いつかないし。これ以上、ここで考えても仕方ないか。


「今回は、ダンジョン最下層へ無事にたどり着いたということで成果は十分。目的も果たしたし、地上へ戻ろう」

「そうだな」

「帰ろう」

「うん。早く家に帰りたい」



 ということで俺達は拠点を撤収した後、地上を目指してダンジョン内を引き返す。帰り道も十分に注意して、4人で連携をとりながら焦らずゆっくりと地上へ戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る