第164話 地上へ帰還

「田中くん、白砂さん。この先にモンスターの気配はありません」

「そうみたいだな」

「うん。近くに敵は居ない」


 一番前を進んでいる高木が、率先して周囲を警戒する。そして、田中くんとネコに状況について報告している声が聞こえる。彼らは協力しながら前方に意識を集中し、状況把握に努めていた。彼の言う通り前方にモンスターの気配は感じなかった。ちゃんと役立っている。そして、かなり張り切っている。罪滅ぼしのため、役に立とうと必死なのか。


「大内さん。後ろから接近してくる敵は居ません。大丈夫のようです」

「ありがとう。そのまま警戒を続けて」

「はい!」


 もう一人。後ろを歩く鈴木は、うちのパーティーメンバーである大内さんに報告していた。前も後ろも危険がないことを常に確認して、安心してみんなで前に進むことが出来ている。


 12人の大所帯パーティーは、安定した進行速度でダンジョン内を進んでいた。


「もうそろそろ、地上へ到着するぞ。だが、最後まで気を抜かないでくれ」

「「「了解!」」」


 出現するモンスターや見覚えのある風景、フロアの雰囲気もよく知っている場所に来ている。どうやら、ダンジョン上層まで辿り着くことが出来たようだ。


 ここまで来たら、後は大丈夫だと思う。だけど念のために、気を引き締めるように指示を出した。


 手元にあるダンジョン上層のマップを確認して、地上へ帰還するルートを決める。俺の言った通り、もうすぐ地上へ到着しそうだ。


 ここまで無事に辿り着くことが出来たのだから、あとは残りの階層を上がっていくだけだった。脅威も少ない。


 もうすぐ地上へ出ると皆に伝えてみると彼らは喜んで、士気が上がった。


 この階層に生息しているモンスターならば、俺たちのパーティーメンバー以外でも倒すことが可能だろうから、危険を感じることは少なくなった。


 しかし、同行者の体力が少しだけ心配だった。ネコ、大内さん、田中くんの三人は日頃からトレーニングを積んで鍛えていたから、体力はまだまだ余裕がありそう。


 けれども、それ以外の者たちは疲れたような表情を浮かべている。残りのルート、彼らの体力が保つかどうか心配だった。


 ダンジョン攻略を始めて、まだ2日目である。それなのに彼らは、まるで1週間も中に潜っていたかのような疲労が溜まった表情。休憩は必要か。まだ大丈夫だと思うけれど。なるべく早く地上へ帰還して、彼らを休ませるべきか。


 そんなことを考えながら、メンバーに指示を出して前に進んでいく。




「あ! 太陽の光だ!」

「地上だよ!」

「俺たち、無事に帰ってこれた!」

「本当に、よかったぁ~!」


 階段を登った先、ダンジョン内とは違った光が見えた瞬間に彼らは歓喜のこもった大声を上げながら、一人ひとりと前へ駆け出していく。


「あ、おい! 待て、お前らっ!」


 一斉に走り出した彼らを見た田中くんは声を上げて、手を伸ばして止めようする。だが、誰も彼の言葉を聞こうとしていない。無事に生還することが出来て興奮している生徒たちは、田中くんの声を完全に無視して地上へ飛び出していく。


 走り去った彼らを追いかけて、田中くんも一緒に走っていく。こうして俺の周りには、2人の女性だけ残っていた。


「おつかれさま」

「ありがとう、ネコ。助かったよ」

「リヒトが頑張ったから、私も頑張った」


 俺の横に並んで、足並みをそろえて歩きながらネコが言う。彼女の助けがあって、だいぶ楽ができたので感謝の気持ちを伝えた。俺の言葉を聞いたネコは、嬉しそうに微笑んでいた。


「本当に、ほんとうにありがとう。理人くんが私達を見捨てず助けに来てくれたからこそ田中くんも、他のみんなも無事にダンジョンの下層から生きて帰ってこれた」

「うん。全員、無事に帰還できて良かったよ」


 上へ続いている道を3人で歩いていく。もう後ろにモンスターの気配もないから、ダンジョンの中だとは思えないぐらい安全のようだった。


「う。まぶしっ」


 階段を上まで登って地上へ出てくると、眩しい光が目に入ってきた。思わず俺は、素直に感じたことをそのまま口から漏らす。


 手を目の前でかざす。暗いところから明るいところに出てきたせいで眩しく、目を閉じた。しかし、すぐに眩しいと感じることもなくなり目を開けた。


「おーい! お前達、無事だったのかっ!?」


 遠くの方から担任である管原先生の呼ぶ声が聞こえてきた。声の聞こえてきた方へ視線を向けてみると、走って近付いてくる先生の姿が見える。先生以外にも、多くの大人たちが集まっていた。


 汗だくで、焦ったような表情。どうやら、かなり心配させてしまったようだ。当然だよな。彼に事情を説明した後、すぐ俺は何も聞かずに飛び出してきてダンジョンに潜ったから。


 無事に生還できたけれど、俺にとってはこれからが大変だった。


「「「……」」」


 無事に地上へ戻ってこれた12名の生徒が、ダンジョンの出入り口付近に集められて立たされた。俺たちの周りを取り囲んで、黙ったまま立つ大人たち。これからどうするべきか悩んで、お互いの顔を見ている。そんな彼らの頭上から足元まで順番に、一人ひとり確認していく管原先生。


「全員、怪我していないのか。大丈夫なのか?」

「はい。全員、なんとか無事です」


 管原先生に状況を簡単に報告する。ダンジョンの中の中に潜っていた12名全員が大きな怪我をすることなく無事に帰ってきた。管原先生は驚いた表情を浮かべた後、安堵した顔に変わり、それから困ったような顔に変わっていく。


 迷宮探索士の資格がなければ、ダンジョン中層以降のフロアに足を踏み入れるのは禁止されている。まだ俺は迷宮探索士の資格を持っていないので、中層から先へ行くことは出来ない。それなのに俺たちはワープトラップで中層どころか下層まで一気に行ってしまった。


「君たちの安否を確認できて嬉しく思っている。だが、色々と問題にもなっている。とりあえず詳しい事情を聞きたいから、来てくれ」

「「「……はい」」」


 険しい顔で指示してくる管原先生に、俺たちは従う。


 ダンジョンの中層以降という場所に許可もなく、迷宮探索士の資格も持っていない俺たちが足を踏み入れてしまった件について、何らかの罰則が課せられるのは当然だと思う。


 怒られることを覚悟して飛び込んだのだから、俺は与えられた罰を素直に受けるつもりでいる。たとえ、迷宮探索士を目指す道が閉ざされたとしても。

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