第137話 料理人スカウト

 数年間、料理を勉強するために世界中を巡る日々を続けてきた。その間にカレンは高校から大学に進学していた。しかも、難関大学への入学は果たしていた。


 カレンが高校を卒業した日、俺は日本に帰ってきた。高校卒業と難関大学へ入学を果たしたお祝いに、手料理を振る舞う。その時に約束していた答えも聞いた。


「カレン、今も私のことを好きでいてくれるか?」

「もちろん、ずっと一緒に居たいと思っている。昔から変わらずに、むしろ昔よりもずっと好きになってるよ。だから、これから先も一緒に」


 自分で判断できる年齢になったカレンから聞いた答えは、こうだった。高校時代、かなり学校でモテていたらしい彼女。だが、誰にもなびかずに今も俺のことを好きでいてくれるらしい。


 俺も、彼女とずっと一緒に居たいと思っている。あの頃から、俺の気持ちに変わりないから約束を果たそう。


「それじゃあ、今後の人生は俺とずっと一緒にいてくれ」

「はい。よろしくお願いします」


 こうして、数年越しの約束を果たして今後も付き合うことにした俺たち。女同士の関係について俺の両親や、カレンの両親にも隠すことなく伝えることに。


 俺の母親である朋子は、この先も付き合うことを決めた事を喜んでくれた。そして俺の父親、カレンの両親たちは驚きつつ、2人の関係に理解を示してくれた。幸いなことに、俺たちの周りには2人の関係を批判してくるような人は居なかった。


 ゆくゆくは同性結婚ができるように、海外に渡って手続きをすることにより正式に結婚したという証明書を発行してもらうことも考えている。


 日本では戸籍での同性の結婚はまだ認められていないが、結婚式は出来るらしい。同性婚を歓迎してくれる結婚式場が全国にいくつかある事を知ったので、近いうちに式を挙げようか考えている。




 実は、世界各地を巡りながらお金を稼ぐことに成功していた。屋台で稼いだお金、各地の店で働き得た給料、その他にも色々と困っている人を助けて回っているうちに気が付けば、かなりのお金が貯まっていた。その金を日本で投資にも回し、一財産を築いていた。


 これだけのお金があれば、2人ぐらいなら働かなくても暮らしていける程度の資産がある。しばらくは、カレンと一緒になっても生活に困らない準備は出来ていた。


 けれど、赤ん坊をどうしようかな。やはり、2人の子どもを育てたい。次の世代に繋いでいくためにも。それも、おいおい考えていくか。


 2人の生活について、必要なことを相談しながら決めていく。そんな話し合いで、ようやく一緒になれたと実感する。カレンも同じ気持ちだったらしく、喜んでいた。




 カレンと一緒になる事を決めたので、そろそろ世界を巡って料理の修行をする旅も終えることにした。これからは、カレンと一緒に居る時間を増やしていきたい。


 それじゃあ、次はどうしようか。日本で、俺が働ける場所を見つけないと。実家の料理店はまだ、父親の啓吾が働いているから。忙しいときには、母親の朋子がお店を手伝っているようなので労働力は十分に足りていた。今そこへ割って入るのは、ちょっと気が引けてしまうし。となると、他の飲食店に雇ってもらって働こうかな。




「おーい、レイラ! お前に会いたいと言っている人が来ているぞ!」

「え? 誰だろう?」


 俺が就職先を探している時に、とある人物が実家の店を訪れた。この時間に会うと約束していた人物は居ないはずだが。


 誰だろうか。父親に呼ばれて、俺は店の方に出た。そこに座って待っていた中年の男性。彼の顔を見てみるが、見覚えはない。初めて会う人だった。


「急な訪問、申し訳ありません」

「いえ……。それで、貴方はどちら様ですか?」


 とても丁寧な態度で、彼は俺に話しかけてきた。少し警戒しつつ、用件を聞くことにする。


「私は、こういう者です」


 名刺を差し出してきた男性。そこには、ジャパン・インターミッションズ株式会社と書かれている。たしか、全国各地にある有名なホテルの運営会社だっけ。そこの、事業本部長。かなり偉い人のようだ。そんな人が、なぜ。


「ジャパン・インターミッション・ホテルの安川と申します」

「初めまして、赤星です。それで、私に会いに来た用件は一体?」


 そこで働いているという人が、どうして俺に会いに来たのかわからないな。理由を尋ねる。


「単刀直入に言うと、近々開催される世界料理大会に出場をするチームのメンバーになれる、実力ある料理人を探しているんです」

「なるほど、世界大会が行われるのですか。でも、なぜ私を?」


 急な話に驚く。料理の世界大会が行われること。大会に出場するためのメンバーを探している、という目的も理解はした。けれど、やはり俺に会いに来たという理由がわからない。


 日本では料理人として活躍はしていない。アルバイトしていた職場はクビになり、専門学校も中退している。


 そんな経歴の俺が、どうして彼のお眼鏡にかなったのだろうか。


「赤星さんは数年前、ホテル・エミールにあるレストランの厨房でアルバイトをしていたでしょう?」

「え? あ、はい」


 話に出てきたホテルの名前は、安川さんが務めているホテルとは違う。数年前に、俺がアルバイトをしていた所だった。どうして彼が知っているのか。ホテルエミールは、ジャパン・インターミッション・ホテルのライバル会社だったはずだから、その関係で知っていたのかな。


 だとしても、アルバイトでしかなかった俺の情報を知っているのは不思議だった。しかし、その理由はすぐにわかった。


「そこで当時、総料理長を任されていた彼に聞いたんです。若くて腕のある料理人に心当たりはないかと。それで奴が貴女の名前を挙げたので、会いに来ました」

「あぁ、あの人から」


 まさか、そんな繋がりだったとは。もう数年も前に辞めたアルバイト先でお世話になった総料理長。俺は覚えていたが、まさか彼も覚えてくれていたなんて。しかも、辞めた俺の名前を挙げてくれるとは。


 安川さんの口調は、親しい友人について話すような感じだった。


「総料理長は、友人なんですか?」

「そんなに仲良くはないんですけれど、過去に腕を競い合ったライバルですかね」


 なるほど。だから、そんな関係の人が言った情報を信じて、わざわざ確認しに来たということなのか。おそらくは、それほど期待されていないんだろうけれども一応、念の為に見に来たということかな。


「アイツは、貴女のことについてこう語っていました。数年前には既に凄い腕を持つ料理人だった。若いのに素晴らしい実力の持ち主だったと。それなのに不当な理由でアルバイト先から追い出されたから、出来る限り融通してくれと頼まれたんです」


 まだ気にかけてくれていた、ということなのか。ある意味では、あの時の出来事があったから料理修行の旅に出られた。だから、もう何も気にしてないんだけど。


「なので私にも、今の貴女が持つ料理の腕前を見せて頂けないでしょうか?」


 真剣な表情で、俺を見つめてお願いをしてくる安川さん。


 世界大会への出場か。ちょうど今は暇だし、これまで世界を巡って磨いてきた腕を試すためにも、出場して挑戦してみたいと思った。そのためにも、俺の料理の腕前を確かめに来た安川さんに、全力を示そう。


「わかりました。それじゃあ私の、今の料理の腕を貴方に魅せます」

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