第102話 前世から引き継いだもの

 ソフィアという人物から、今の状況について教えられた。その後も、色々と教えてもらったけれど情報を消化するのに時間が、かかりそうだった。


 彼女の話に出てくる俺の知らない単語が多くて、しっかり話を聞いても知識不足で理解するのが非常に困難だった。ソフィアの語る話も、途方もなく長かった。


 話を聞いていて分かったのは、人間と機械の敵が戦っているということ。


 俺は、機械の敵を倒すために生み出された存在だ、ということ。


 途中、あまり美味しくはない飯をソフィアからごちそうになってから、さらに俺はソフィアの話を聞き続けた。彼女も俺に、覚えてもらおうと丁寧に説明してくれる。


 段々と眠くなってくる。話をちゃんと理解しようと努力して、彼女の話に集中して聞こうとするけれども、限界が近い。まぶたも重くなって、目が開けていられない。このまま寝てしまいそうだ。


「眠い? じゃあ貴女に関する話はここまでにして、部屋に戻りましょう」

「ふぁい」


 俺が眠気に負けそうなのに気付いて、話を止める。変な声で返事をしてしまった。それぐらい眠い。


 ソフィアのラボから出る。これから、寝るための部屋まで案内してくれるらしい。また、彼女の後をついて歩く。この研究室の構造については、まだ把握していない。ソフィアとはぐれたら、大変そうだ。




「ここの部屋を自由に使って。貴女専用だから」

「ありがとうございます」


 案内された先は、俺専用に用意された部屋らしい。それなりの広さがあり、ここで生活するのは快適そうだ。窮屈さも感じない。


 ベッドもあるし、シャワールームやトイレといった設備も整っているようだ。


「実験のデータを記録するために、ここにカメラが設置されているから気を付けて。もしも嫌だって感じたら、ここが死角になってるから隠れて過ごしなさい。お風呂とトイレにも、カメラは設置してないから安心して。本当に、ごめんなさい」


 部屋のあちこちを指さして、カメラが設置されているという位置を教えてくれた。教えてもらわないと気付かなかっただろう、とても小さなカメラ。それで本当に全部なのか俺には分からないけれど、申し訳無さそうに謝る彼女を信じる。こんなに丁寧に説明してくれたので、本当なんだろう。隠しておけば、気が付かないまま生活している様子をチェックできたんだから。


 見られても別に問題は無い、と思った。でも、女の体でもある今の自分が知らない誰かに監視されている状況を想像してみると、なんだかとても嫌な気持ちになった。


 やっぱり、見られたくないかもな。教えてもらったカメラが設置されているという位置は、しっかり覚えておこう。


「それじゃあレイラ、おやすみなさい。何か困ったことがあったなら、そこの端末で呼び出して。それじゃあね」

「おやすみなさい、ソフィア」


 そういえば、俺は彼女からレイラと呼ばれていた。今回の人生はリヒトではなく、レイラという名らしい。実験計画番号の00RAから、レイラと名付けられた。


 俺が覚醒する前からずっと、そうやって呼ばれていたという。それが俺の、新たな世界での名前となった。


 それもまた、今までとは違うパターン。




 別れを告げて、ソフィアが部屋から出ていった。


「ふぅ」


 ようやく部屋の中で1人きりになれた。部屋に置かれたベッドに腰掛ける。そして周りを見回してみた。立派な部屋だ。広さもあって、生活するのには十分な環境だと思う。監視されているらしいが。




 落ち着いた今、改めて目を閉じて集中してみる。でも、やはり魔力を感じることは出来ない。一人になってから、念のために試してみたがダメだった。


 他に問題はないかと、自分の体について色々と確認する。目を閉じて、思い出す。すると、どこかの空間に繋がったような感触があった。前世で、よく利用した能力。もしかしたらと思って、それを使えるか試してみた。


「これは……!?」


 慌てて口を閉じる。そして、場所を変える。誰かに見られないよう、カメラの死角に移動してから使ってみる。早速、ソフィアに教えてもらった位置が役に立ちそう。


「使える」


 前世と同じく、アイテムボックスが使えることが分かった。アイテムボックスの中に入っていた物も、ちゃんと取り出すことが出来た。


 中に入っているのは、ここに来る前に収納していたもの。一つ一つ確認してみる。


 勇者の仕事で使っていた武器と防具。旅するための道具が色々。緊急事態のために保存しておいた食料。


 それから、妻のカテリーナの形見であるアクセサリーが中に入っていた。


 彼女の誕生日に俺がプレゼントして、最期まで大事に身に着けていた物である。


 カテリーナが亡くなって、夫だった俺が形見として受け取った。それが今、手元にある。


 決して失くさないようにと、アイテムボックスの中に大事にしまっておいたそれが収納されていた。ちゃんと取り出せる。手に取って見てみるが、収納した当時のままだった。


 よかった。まさか、これを持って次の人生に来れるなんて思っていなかったから。もっと多くの物を、アイテムボックスの中に収納しておけばよかったかも。


 カテリーナの形見を新たな世界に持ってこれたというのは、本当に嬉しい。彼女の形見を再びアイテムボックスの中に大事に仕舞い込んでから、ベッドの上に寝転んで考える。


 今までは、剣や魔法が存在する世界に転生を繰り返してきた。それが急に、金属や機械に囲まれた部屋のある世界に生まれてきた。


 そして俺は、人の手によって生み出された存在だという。何故か、男であり女の体でもある状態として。


 これまで、記憶や知識だけしか引き継いでこなかった。それなのに今度の人生では何故か、前世で習得した能力であるアイテムボックスを引き継いだ。


 能力を引き継いだのは、今回が初めてだと思う。魔力や体力とか、生まれ変わると一から鍛え直す必要があった。身長や容姿も、人生によって違っていた。


 何で変わったのか。今回だけが特例なのか。今までとは、違いすぎるパターン。


 ずっと男で繰り返し、同じリヒトという名前だった。だが今回は、女の体になってレイラと呼ばれるようになった。


 何がきっかけで変わったのか。


 考えてみたが、わからない。そもそも、転生というのが謎だらけだった。どうして何度も繰り返し、転生しているのか。今もわからない。どうやったら終わるのか、についても。


「ふぁーあ」


 そういえば、俺は眠かったんだ。思い出したら、急に眠気が増してきた。そのままベッドの上で横になって、目を閉じる。


 明るかった部屋の明かりが、まぶたの裏で消えたのを感じた。部屋の機能で勝手に消灯してくれたらしい。そこも自動なのか。便利だな。


 真っ暗闇の中で。この世界に生まれてきた俺は、この先どうやって生きていくべきなのか。考えながら、その日は眠りについた。

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