第47話 逃亡者に対する罰

 拠点の中央に向かうと、大人たちがワーワーと喚いている声が聞こえてきた。何か揉めている様子。族長タミムの居住地前に人だかりができている。


「ほら、あれ」

「本当に戻ってきてる」


 戦いから逃げ出した長老たちと、逃げ出した多数の戦士たちだ。シハブから聞いた話の通り、奴らが戻ってきたらしい。しかも早速、揉め事を起こしている。


「族長! 聞いてくれ!」

「私たちは、ナジュラ族の未来を憂いて戦いを避けようと主張しただけだ!」

「皆のことを思って言ったというのに、受け入れられなかった!」

「奇跡が起きない限り、我々は絶対に生き残れなかった。今回は、たまたまだろう。運が良かっただけ。そうじゃなきゃ、全滅していた!」

「我々は避難してから、ラビア族を奇襲する作戦を立てていた」

「本当なんだ、タミム様! 信じてくれよ」


 戻ってきた彼らは口々に、一方的に言い訳ばかりの言葉をたくさん口にしていた。耳に入ってくる会話を真剣に聞いていると頭が痛くなりそうだ。


 どんなに言い訳を並べても、彼らは許されないだろう。だって、ラビア族との戦いから逃げ出したのだから。戦いの時には一目散に逃げたくせにナジュラ族が勝ったと知って戻ってくるとは、恥を恥とも思わないようだ。


 戦いから逃げ出した者たちに詰め寄られている族長のタミムは腰に手を当てると、対応が面倒くさいというような表情を浮かべていた。


 彼らの正面に立って、一応は話を聞いている。彼らの主張を念の為にと聞いているみたいだけど、どう考えても自分たちが生き残るための言い訳でしかないと思う。


 ようやく、言い訳を話し終えて満足したのだろうか。口を閉じた彼らに向かって、タミムが不愉快そうにムッとして言い放つ。


「言い訳は、それで終わりか? それなら、お前達は今日限りでナジュラ族から追放する。戦いから逃げ出した者など、必要ないからな」

「そんな!」「馬鹿な」「横暴だ!」「撤回しろッ!」


 タミムの言葉を聞いた長老と大人たちは納得せず、興奮して騒ぎ続ける。


 族長であるタミムは喚き散らす彼らの様子に一切動じない。当然だというように、戦いから逃げ出した彼ら全員を非難して、部族から追放すると宣言した。


 この草原で部族の仲間たちから追い払われて、追放されたら生きていくのは非常に困難だろう。だから、なんとかして部族に戻ってこようと彼らは必死なんだ。


 ナジュラ族から離れて他の部族に拾ってもらうにしても、逃げ出した長老なんかは受け入れるのに年寄りすぎて、面倒を見るのも大変だろうと受け入れてもらえない。


 大人の戦士たちについては、実力があるのならば新たに加えてもらえる部族もあるだろうけれど。戦いを恐れて逃げ出す卑怯者だと知られたら、どこの部族も仲間には迎えたくはないはず。


 ナジュラ族に戻ってくるのが一番難易度が低そうだった。そう判断して今、必死になって戻ってこようと族長のタミムに頼み込んでいる。生き残るために必死なのは、わかるけど。


 族長に対して失礼な態度で文句を言って、本当に戻ってくる気があるのか分からなくなってしまうな。


 そんな彼らの様子を見ていると、ちょっと思いついた考えがあった。それで俺は、族長のタミムと彼らの話し合いに割って入る。このアイデアを話してよう。


「ちょっと待って」


 俺が声を出したことにより、騒がしくしていた逃げ出した者たちの声が止まった。そして周りにいる人々の視線が会話を止めた俺に向けられて、注目を浴びる。


「何だ?」


 族長のタミムは俺に視線を向けながら、会話を止めた理由を厳しい表情で聞いた。戦いを逃げ出した者たちに向けていた殺気が、一瞬だけ俺の方にも向けられている。普段の優しい笑顔と違って怖いから、早く説明したほうがよさそう。


「追放するのは、チョット待って」

「なぜ彼らを庇うんだ? リヒト」


 唇を歪めて、怒りをあらわにするタミム。彼の考えに反対したから。もちろん俺も逃げ出した者たちを庇うつもりなんて一切無い。


 追放されそうになっている状況を止めただけで、逃げ出した者たちの表情が明るくなった。俺が、助け舟を出したと思ったのかな。だがそれは、勘違いだぞ。


「せっかくなら、彼らを有効活用した方がいい」

「どういうことだ?」


 ラビア族と協力することになって、これから彼らの部族を受け入れることになる。しかし、大勢力だったラビア族と中勢力のナジュラ族には人数の差がある。少しでも人数差を埋めておきたい。逆にラビア族に飲み込まれないようにするための対策だ。それには、彼らの存在は好都合だった。


 それから、戦いから逃げ出したことを理由にナジュラ族の中での立場を最下位にする。新しく入ってくるラビア族よりも下にすることで、不満を減らす。ラビア族に、待遇は悪くないと思わせるため。


 俺はタミムに近寄り、小声で相談した。逃げ出した者たちには、まだ聞かせない。俺の思いついた計画について説明すると、タミムの怒りは静まっていった。そして、聞いた説明に頷きながら、俺の考えに熱心に耳を傾けてくれる。


 改めて族長のタミムは、戦いから逃げ出した者たちに向き合った。そうして彼らに問いかける。


「ナジュラ族に戻ってきたい、という気持ちが本当なのだとしたら我々の出す条件を飲んでもらう。ソレでいいか?」


 族長のタミムが真剣な表情で、彼らの顔を見渡す。戦いから逃げ出した者たちは、嬉しそうに何度も頷いた。


「それでいい!」

「私たちを見捨てないでくれ」


 なんとか助かろうと、長老と大人たちが懇願している。しかし、その表情の裏では追放を免れると微笑んでいるかもしれない。それでも良かった。


 戦いから逃げ出し戻ってきたけれど、なんとか許してもらえた。助かったと彼らは思っているのかもしれない。だがしかし、残念ながら彼らはナジュラ族に戻ってきたことをすぐに後悔すると思う。


 戦いから逃げ出して、みんなに迷惑をかけた責任をとってもらう。これから存分に役立ててやろう。また文句を言い出しそうだけど、それを我慢する利用価値はある。


 新たにナジュラ族に受け入れることになったラビア族たちの不満や憎悪を、彼らの方へと向ける。新しく受け入れても揉めないように、下を作っておく。


 これから受け入れが始まるラビア族よりも、下の身分として扱うことにする。その扱いが新たなナジュラ族のバランスをとるための役に立って、逃げ出した者たちへの罰となるだろう。


 ということで、戦場から逃げ出したというのに勝ったと知って戻ってきた者たちの新たな立場が決まった。ナジュラ族の中では最下位に。だけど、力比べで実力を発揮すれば上に戻ってくることも可能だ。実力があるのなら大丈夫。実力があればね。

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