マイノリティ魔女リティ
雪河馬
マイノリティ魔女リティ
西暦2100年、政府は少子化対策として、
法律により13歳になると子供はサブリナと呼ばれるAIチップを耳に埋め込まれる。
サブリナには大学生レベルの知識がAIチップに格納されていて、子供に必要な情報を伝える。
13歳から15歳はモラトリアムエイジと呼ばれるようになった。
モラトリアムの間に子供たちはサブリナとの共存に慣れる。
適合率は約80%。不適合者はAIチップを取り外され単純労働者となる。
その間、サブリナは
そして16歳になった時には最もマッチする企業に就職が決まるのだ。
法律制定から10年後、国の成長率は10%を超え、失業率はほぼ0%を達成した。
この国はかつての輝きを取り戻したのだ。
西暦2200年、T-003地区。
「それは本当に君の望むことなの?」
サブリナが僕に囁き続ける。
「それで本当にいいの?」
本当にイライラする。
こいつ、死んでしまえばいいのに。
16歳になって3ヶ月。
僕はグランマの決めた会社で設計者として働いている。
毎日が灰色で憂鬱で気分が重い。
特に朝は最悪だ。
ずる休みをしたいが、サブリナがそれを許さない。
「きみの体温は36度、血圧、脈拍とも正常。問題なし。」
渋々ベッドから這い出して作業着に着替えた。
部屋を出ると、同じフロアの職場の同僚たちもぞろぞろ部屋から出てくる。
僕は隣部屋のアキオに挨拶をした。
「おはよう、アキオ。」
「おはよう、タカシ。眠そうな顔をしてるな。ゲームしすぎたか。」
「ちげえよ。」
アキオは僕と同じ16歳、会社で一番気の合う同僚だ。
一緒にエレベーターに乗り込み食堂階へと降りる。
食堂は、ほどよく賑わっている。
サブリナがもっとも効率よく回転するように時間調整をしているのだ。
サブリナはライスを薦めてきたが、僕はあえてパンを選択した。
ベーコンとスクランブルエッグを皿に載せ、空いている席に座る。
アキオは魚風の人工肉を箸でほぐしながら僕に話しかけた。
「なんか昨日、メガネブタに怒られてたな。なにか失敗したのか?」
僕はベーコンを噛みちぎって飲み込む。
「たいしたことじゃないさ。ちょっとした提案をしたら気に入らなかったみたいだ。」
昨日のことを思い出すと腹が立つ。
僕は、子供用施設の内装設計を担当していた。
サブリナの指示はピンクとブルーの組み合わせということだったけど、僕にはそれがつまらなく思えた。
もっと楽しい空間にしたい。ずっといたくなるような・・・・。
だから、内壁を青に統一し、一部に厚みを持たせて白く塗り雲をイメージした部屋にしたいと提案した。
それが上司には気に入らなかったらしい。
「構造的にも不安定になるし、コストも上がると計算されているが。」
その計算は、あなたじゃなく、あなたのサブリナがしたんだろ?
僕が聞きたいのは、あなたがどう思うかだ。
「内面に補強板を貼れば構造上は大丈夫ですし、コストはトータルでは同じになるようできます。」
上司は右手でメガネのフレームを触った。機嫌が悪い時の仕草だ。
「サブリナの提案とは一致しない。不採用だ。」
事情を知らないアキオは味噌汁味のスープをコップで飲みながら笑った。
「めずらしいこともあるんだな。サブリナ同士の不一致って。俺も経験してみたいわ。」
どうせアキオにも理解してもらえないだろうな。
僕は話を切り上げてサブリナの指示通りの話題で会話した。
それは彼の好きな音楽の話だった。
「本当は僕は画家になりたかった。」
夜、僕は就寝前に呟いた。
この想いは日に日に高まっていく。
部屋の隅には初任給で買った画材道具が使われることなく放置されている。
「君は設計者だよ。グランマがきみの適性をそう判断した。」
「君に僕の何がわかる。」
「君のことは僕はなんでも知ってるよ。だって僕は君の一部だから。」
僕は頭を壁にうちつける。
そんなことでサブリナが死ぬとは思っていなかったが、苛立ちを抑えられなかった。
「お前は僕の一部なんかじゃない。いい加減僕に指図するのはやめてくれ。」
いやだ、自由に生きたい。本当にやりたいことをやって生きたいんだ。
「不公平だよ。画家が職業になったやつより僕の方がずっと上手なのに。」
突然、風景を描いた水彩画が頭にうかんだ。そうだ、これだ。
「これが君の描いた絵だね。12歳でコンクールで金賞をとった。」
「そうだよ、サブリナ。上手だと思わないか。」
サブリナは無機質な声で答える。
「私にはこれが線と色の組み合わせとしか見えない。その点から言うと君は誤差が少なく風景を再現している。」
何かが僕の中で壊れた。
こいつらには芸術がどんなものなんてわからない。
誤差なく描写できるのが画家なのか。馬鹿馬鹿しい。
僕は画材道具の梱包を乱暴に引き裂き、絵の具と筆を取り出した。
そのまま、白い壁に向かって僕の世界を表現すべく色をぬりたくる。
「警告、君のやっていることは器物破壊。そして補助脳法違反だ。」
僕は筆を床に叩きつけた。
「うるさい、黙れ。僕はやりたいようにやる。」
「それは本当に君の望むことなの?」
サブリナが僕に囁き続ける。
「それで本当にいいの?」
ああ、いいんだ。僕は本当にやりたいことをやるんだ。
どうしてサブリナの、グランマの、他人の価値観に合わせる必要があるんだ。
僕は僕、誰のものでもないんだ。
「テスト終了。被験者を回収しました。」
警察官からの連絡が現場映像と共に届けられた。
通報により警察が彼を拘束した時、部屋の中は色で埋め尽くされていた。
壁も、床も、そして天井も。
「あっちゃあ。豪快にやったもんですねえ。天才画家様は。」
コーヒーをカップに注ぎながら、若い研究員は所長に向かって言った。
所長と呼ばれた男は椅子に座ったまま、彫像のように表情を変えることなく抑揚の無い声で応える。
「3ヶ月で彼は異常行動をおこした。低耐性のサンプルとして分類しておくように。」
「しかし、こんな実験をして何か意味があるんですかね?彼って本当の適性は画家でしたよね。それをわざとミスマッチな仕事に配属して反応をテストするなんて。」
研究員は机に腰掛けてカップを右手に持ったまま疑問を口にした。
「どんな製品にも一定数の
所長は相変わらずの無表情で淡々とした口調で語り続ける。
「だからこそ我々は人為的にバグを発生させて学習しなければならないのだ。グランマは優秀だ。だが完璧では無い。常に新しいデータを蓄積し、バグの発生リスクを最小限に抑える必要があるのだよ。」
その考えは所長のものなのだろうか。それとも・・・・・・。
「でも、彼には救いがないですよね。残りの人生を隔離されて過ごすことになる。」
「そんなことは無いさ。彼のデータは解析されてグランマのアップデートに使われる。」
所長の言葉に少しだけ感情が加わった気がした。
「彼は貴重なマイノリティなんだよ。」
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