第16話『ザ・ウェイストランド』
皆が寝静まった夜のこと。私はベッドを抜け出して、メリーのもとへ急いでいた。
隣で眠るアネクメネは私を大事そうに抱き締めていて、罪悪感を覚えながらこっそり腕を外し、彼女が起きないように歩く。
お父様へ報告したあと、メリーの体は地下室に移されたという。当然、暖かい場所に放っておけば腐ってしまうのだから、冷たい場所にいてもらうほかないだろう。
燭台片手に階段を降りて、真っ暗な地下へと降りる。寝間着だと肌寒いが、それが腐敗を遅らせてくれるのだろう。
地下室には、人ひとり分が寝かせられる台と、その上に寝かされたメリー、そしてなにも言わず彼女を見つめるグラファイトの姿があった。
彼女はこちらに気がついたみたいで、生気のない微笑みを向けた。
「グラファイト、一晩中ここで?」
彼女は頷く。
「私、メリーの剣霊だから。付きっきりで、看病しなきゃ」
「そっか。その方が、きっとメリーも寂しくないよ」
この寒い中ずっと起きていられるのは剣霊だからだろうか。それとも、メリーのことが大好きだからだろうか。
動かない幼馴染みの顔を覗き込む。口元の吐血の跡は、苦しかったろう死に様を想像させる。
「エヴァ、こんな夜中にどうした?」
「気になることがあるの。できれば手伝ってほしいんだけど……」
どうしても知りたいことがある。それはメリーの死因だ。
襲ってきたメルトダウンと戦って、というのなら、彼女はアネクメネを引き抜いて戦おうとするだろう。仮にアネクメネがそれを拒否しても、抵抗しないのはありえない。
それなのに、今ここで眠っているメリーには争った跡がなさすぎるのだ。
そこで、傷を見ておきたいと思った。親友がどう殺されたのか、私には知っておく義務があるはずだ。
まず、彼女の顔に巻かれている包帯を剥がす。血の染みたそれを外すと、耳があったはずの場所に痛々しい火傷の痕がある。
「火傷……」
「メルトダウンの能力。あいつ、刃に纏った高熱でものを溶かしながら斬る。だから、傷も焼かれて塞がってる」
グラファイト曰く、メルトダウンの本体は片刃で三日月型。どうやら日本刀のようだ。鋭利に切り裂きつつ、その傷口を焼き潰す。それが彼女による攻撃の特徴とみていい。
また、喉には裂かれた痕がある。こちらは焼き塞がっておらず、切り口もずたずたで痛々しい。日本刀でつけられたものには見えなかった。
続けて、着ている衣服を脱がしていった。グラファイトは気が進まない様子だが、私はごめんねの言葉をメリーにかけながら続けた。
下着と蒼白な肌が露わになり、お腹側には目立った傷がないことがわかる。
そこから二人でメリーに寝返りを打たせ、背面を見る。傷はこちらにあるらしい。傷の少なさから、戦う間もなく不意打ちが致命傷になったとみえる。
喉のものも合わせて、背中を刺し、倒れたところを止めに喉をやった、ということか。
素人の推測だ、合っている保証はどこにもない。でも、少なくとも、メルトダウンの襲撃ではない気がする。
それをグラファイトに伝えると、やはり驚き、形相を変えて私に迫る。
「じゃあ誰がメリーを!?」
「それはまだ断言できないよ。でも……」
背中にある傷跡。私はそれを押し広げ、中の切り口を見せる。
グラファイトが目を背けようとした。私だって直視したい光景じゃない。でも、メリーの遺した体が教えてくれることがあるのだ。
「これ……上の方と下の方で傷のつき方が違うかも。上はぎざぎざしたものが引っかかった感じになってる」
「上下で違う形をした刃だってこと?」
そうなると、私の思考は最悪の結論へと達していこうとする。
逃げていったメリーはメルトダウンと交戦などしておらず、不意打ちを受けたとして。
さらにこの傷をつけられる刃を所持している人物。
「……まさか、アネクメネか」
グラファイトが呟いた。
彼女の本体である短剣は櫛状になった峰を持っている。もし彼女が自らを引き抜ける、あるいは誰かと共謀していたのであれば、凶器の隠滅も必要ない。
「でも、決めつけるのはまだ早いよ。他に襲ってきた相手がいて、そいつがメルトダウンを名乗ったのかもしれないし」
アネクメネは大切な相棒だ。幼馴染みを殺した犯人だなんて、疑いたくはないに決まっている。偶然一致してしまっただけで、誰かが彼女を陥れようとしているだけかもしれない。
ただ、アネクメネに話を聞く必要性は出てくるだろう。
調べるのはここまでにしておこう。これ以上のことは見てもわからない。
私はメリーの服を直してやり、水色の髪を撫で、冷たい頬にお休みのキスをした。
包帯はグラファイトが新しいものを持ってきて、巻き直している。
「グラファイトはこのまま傍にいるの?」
「……眠れない。メリーは眠っているのに」
「そっか。私、部屋に戻るね。明日、一緒に話を聞きに行こう」
そうして私は自室のベッドに戻る。頭が痛む中目をつむり、やがて私の脳裏に焼き付けられた夢は、メリーが笑顔のままどこかへ行ってしまうものだった。
◇
夜が明け日が昇ると、やはり早起きなアネクメネを稽古場へと向かった。当然、数日前までここで特訓をしていたメリーの姿はない。代わりに立つのは、私と、やつれた様子のグラファイトと、首をかしげるアネクメネだ。
「なんの用かしら。朝からこんな場所に呼び出して。なにかの特訓?」
「メリーのこと、ちゃんと聞いておきたいと思って」
「……あら。でも、話した通りよ。メルトダウンに出会して、それで」
「本当のこと、教えて。あの傷、メルトダウンにやられたものじゃないはず」
アネクメネは目を丸くし、グラファイトから隠れるように私へ身を寄せた。
「な、なによグラファイト。あたしを疑ってるの? メリーのことはショックだったと思うけど、そんなの……」
私にすがりつくような視線が向けられた。信じてあげたい、けれど。
「アニー。もう一度、本当のことを教えてほしいな」
「え、だ、だって本当よ。メルトダウンっていう特異剣がいきなり襲いかかってきて、あたしは止めようとして……っ、や、やめてよその目、エヴァまであたしのこと……」
震えて首を振るアネクメネ。
けれど、私は彼女の相棒だ。彼女の氷のように冷たい手を握り、安心させようとする。
いきなりの接触に驚いたのか、アネクメネは私の手を振り払い、距離をとった。息が荒い。その体からは、冷たい風が吹き始める。
「……なによ。なんであたしを信じてくれないの。なんで、なんでまたこうなるのよ」
「アニー? ねえ、どうしたの」
「だって、だってしょうがないじゃない。あの子がエヴァを傷つけるんだもの。あの子は敵だったんだもの!
主に害のあるものは殺すのが剣霊でしょう!? ねえ、違うの!?」
グラファイトが拳を強く握る。
「なら、メリーを殺したお前は私の敵」
「待ってよ、私、アニーを倒そうなんて……!」
制止も虚しく、アネクメネは自らの胸から短剣を引きずり出し、グラファイトは身構えた。
周囲が凍りついて氷柱が乱立し、さらには砂が吹きすさびはじめる。咄嗟に袖で顔を隠して吸い込まないようにするが、瞬く間に地面が砂に埋もれて見えなくなっていく。
彼女の能力は氷だけではなかったのか。思い出すのは、一夜にして砂に埋もれた村の話。
アネクメネはそこで唯一の生き残りとして見つかったというが、それは彼女自身が引き起こしたことだったとしたら。
「ええ、そうよ。あたしはアネクメネ……人が住めない荒地。『不毛』の特異剣よ」
大事な友達と戦いたくなくて、しかし、その手に握られた短剣は、どうしようもなく
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