わたくしの許婚が王女ですって?

 わたくしはとある辺境の伯爵令嬢。


 幼いころに避暑地で出会った王子様に見初められ、もう長いあいだ婚約をしております。

 いわゆる許婚です。


 あれから10年。

 立派になった彼がわたくしのことを迎えにきてくださったと思ったのですが……。


「え、と……。彼はどこですの?」


 待ちきれず馬車へと駆け寄ったわたくしのまえに、背の高い麗人が降りてこられました。


「おひさしぶりです」

「え? 彼の……お姉様か何かですの?」


 麗人の凛々しい顔立ちから、かつての彼のおもかげを感じとったわたくしに、


「いえ、私が、貴女の言う『彼』です。……まさかここには、噂ひとつ伝わってきていないのですか?」

「いったい何のことなのでしょう……」


 わたくしたちはお互いに戸惑いました。


 彼の――

 いや、彼女の話によれば、こういうことでした。


 王子様は、生まれつき両性具有だったそうです。

 ですが、他にお世継ぎがいなかったこともあり、有無を言わさず男性として育てられました。

 王子様自身も、とくにふしぎには思っていなかったそうです。


 このときにわたくしと出会い、婚約をしました。


 しかし転機は、弟君が生まれたときに訪れました。

 王子様は知ってしまったのです。

 自分の身体が、弟君のそれとは異なっていることに。


 王子様は悩みました。

 どちらとして生きてゆけばいいのかと。


 そしてその悩みは、時間とともに決着がつくことになりました。

 思春期を迎えた王子様の身体が、女性として成熟することを選んだのです。

 男性としての機能はほぼなく、わずかな名残りを残すだけとなりました。


 王家にとっても衝撃でしたが、幸い、お世継ぎには弟君がおられたので、大きな問題には発展しませんでした。


 こうして、王子様は女性となられました。


「そんな……わたくしは待っておりましたのに……」

「すまない。私の国内では公然のことなので、噂くらいは貴女の耳にも届いていると思っていました」

「何も知りませんでしたわ!」


 わたくしは人目もはばからず、わっと泣きました。

 だって、あまりにつらかったから。


 幼いころから恋い焦がれた王子様が……。

 わたくしの王子様が……。


「本当にすまなかった。私は確認するのが怖かったのです。貴女に会って、婚約破棄されてしまうのが……」

「え?」


 婚約破棄、と彼女は言いました。

 わたくしは彼女が女性となった時点で、婚約はもう無効になったと思っていましたのに。


「わたくしたち、まだ婚約しているの?」

「ええ、もちろんです。私は身体が女性となり、家督の相続は弟に譲りました。でも……性別が変わることなど法は想定していないので、戸籍上は私は男なのです。だから婚約も、無効にはなっていません」


 わたくしは彼女の目を見つめました。

 彼女も、わたくしを見ています。


 そこにあるのは、10年まえと変わらない、慈しみ深い澄んだ瞳。


 そして、そこに映るわたくしの顔も、恋する乙女のままでした。


「わたくし、婚約破棄なんてしませんわ。あなたと結婚します」

「ありがとう。私も貴女とともに生きたい」


 わたくしは彼女と、唇を重ねました。

 10年待ったそのキスは、ふたりの涙の味がしましたが、とてもとても幸せに満ちた味でした。

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