譲りあい婚約破棄

 わたしたちの婚約は、もう破綻していました。


 同棲も半年で解消していましたし、互いに新しい恋人がすでにいます。

 それを知っても何も感想を抱かないので、ほとんど他人という感じです。


 これで婚約していると言えるのかは謎ですが、まだどちらからも「婚約破棄する」と言っていません。

 たぶん婚約しているのではないでしょうか。


「あっ、彼からだ」


 ひと月ぶりに電話がかかってきました。


「元気にしてる? またおれのほうに、きみ宛ての郵便が届いたんだけど……」

「あ、ごめん。わたしは元気よ。郵便物はまた転送してもらえる?」

「ああ、わかった」


 用件は終わりです。

 いつもこんな感じの、事務的なやり取り。

 でも彼は、


「それでその……婚約のことなんだけど……」


 言いにくそうにしています。

 これも定番になりました。


「ん? 婚約がなあに?」

「婚約のことでおれに言っとくことないかなって」

「ん~」


 わたしに婚約破棄と言わせたいのでしょうけど。


「とくにないかな?」

「ないってことはないだろう。婚約だぞ?」

「え? ほんとにないけど。あなたはあるわけ?」

「いや……ないかな」


 あそう、と言って電話を切りました。

 いつもこうです。


 彼がなぜ自分から婚約破棄と言わないか、最初はわけがわからないなと思っていました。

 でも、ネットで調べて、たぶんこれという答えを見つけました。


 わりとあるらしいのですが、

「婚約破棄を申しでた側が慰謝料を払う」

 と、勘違いしているのだと思います。


 馬鹿みたいでしょう?


 普通に考えたら、どちらから言いだそうが、原因のあるほうが払うものでしょうに。


 ちなみに、原因はわたしにあります。

 先に浮気しましたからね。


 彼が勘違いに気づいたら払ってあげようと思っていますが、まあ、それまでは放っておくつもりです。


 このあいだ転送してもらった郵便物にも、「婚約者より」というアピールが挟んでありました。

 笑えます。

 彼がめでたく気づいたあかつきには、「よくできました」のはんこを押した慰謝料を進呈して差し上げようと思っています。


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