グルチャで公開婚約破棄

『婚約はなかったことにしたい』


 わたしは、自分の目を疑いました。


 まずはその内容に。

 そして次に、その発言が投稿されている場所に。


 そこは、ラインのグループチャットでした。

 大学時代からの遊び仲間たちが多数参加している、20人規模のグループチャット。

 数週間まえのスキー旅行の感想が並んでいたところに、今、突然そんな投稿がされたのです。


「ちょ、ちょちょちょっ……何してるわけ?」


 わたしは大慌てでその発言者――わたしの婚約者に電話をかけました。


 ワンコール、ツーコール、スリーコール……


 出てくれません。

 すぐに方針転換。

 とにかく彼に投稿ミスを伝えなくては。


『ミスってる! あっちのやつすぐ消して』


 彼への個別トークで送信しました。

 すぐに既読。


『婚約破棄したい』


 再び、グループチャットのほうに投稿されました。


「てめぇ……」


 意図的に行われていることを悟りました。

 これは彼なりの復讐のつもりだ、ということも。


 わたしは先日、彼と大喧嘩をしました。


 付き合いが長いせいか、小さい喧嘩はちょくちょくある関係です。

 わたしが悪かったり、彼が悪かったり。

 そのときどきで原因は違いましたが、べつに浮気や借金などの致命的な何かがあるわけではなく、本当にただの意見の食い違いや行き違いです。

 ぶつかって謝って、それで終わり。

 いつもそうやってガス抜きをしてきました。


 でも先日のは、すこし違います。


 彼からべつの女の気配がしたのです。

 スマホを見たとか、外で目撃したとか、そういったことではないのですが……。

 なんだか、『カッコつけてる』と感じました。

 わたし以外の誰かの目があるかのように。


「最近なんか格好いいね?」


 証拠がないので、さりげなく指摘しました。

 それに対する彼の返事は、


「気のせいじゃない?」


 ……あ、おかしい。

 ほとんどわたしは確信していたと思います。

 服装も髪型も変えておいて、気のせいはないでしょう。

 とぼけるにしても、もっとこう、雑誌を読んだとかテレビで観たとか、変化を認めたうえで言うべきです。


 彼はわたしにもう意識が向いていないと感じました。

 言い訳を用意するほどの気持ちもないのです。


 だからわたしは、静かにキレました。

 証拠はなかったけど浮気と決めつけ、絶対に折れなかったし、謝りもしませんでした。

 彼も認めなかったので、お互いに連絡しないまま、一週間が経過しました。


 そして一週間めの今日に、この投稿。

 宣戦布告といった風情があります。


 そのつもりなら、受けて立ちましょう。


『そういう子どもみたいなこと、やめてもらえますか?』

『いいから婚約破棄だ』

『そんなことして楽しい? みんな呆れてるよ』


 恥ずかしさを感じながらも続けていると、


『もう苦しめるのはやめてあげて』

『してもいない浮気で責める女に呆れてる』

『どうせほんとは自分がしてるんだろ』

『元カレこないだ離婚してなかった? あやしすぎる』

『彼が可哀想』

『托卵されるまえに婚約破棄したほうがいい』


 ああ……。

 誤解していたことに気づきました。


 婚約破棄を公開したのではなく、公開処刑。


 すでにみんなに根回し済みだから、グループチャットで投稿したというわけです。


 ついでに気づきましたが、彼の浮気相手もきっとこの中にいるに違いありません。

 格好よく婚約破棄するところを見せつけてあげているのでしょう。


 そんなことに利用されるのはうんざりなので、わたしはそっとグループを抜けました。

 隅々までスクリーンショットを撮ってから。


 こんな子どもじみたことをする彼には、しっかりと教えてあげる必要があります。

 あんなに無警戒だったのだから、興信所を雇えば証拠はすぐに揃うことでしょう。

 婚約破棄の慰謝料に、精神的苦痛の慰謝料もプラスして、大人の怖さをわからせてあげます。


 公開処刑といってもしょせんは子どもの遊び。

 こちらがやるのは、大人の本気の断罪です。

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