第12話:足跡を辿る

 その続きにはこう記されている。


『正直に言うと何故、夫がそれを認めたのか戸惑っている。でも、彼たっての願いなので断ることもできない。どうするか悩んだ末、来訪に当たってこちらからいくつか条件を出させてもらった。一つは無闇な混乱を招かないため、里の者たちに正体をバレないようにすること。二つは外を出歩く際は必ず私の側近を一人、監視につけること。守れなければ即刻出ていってもらうと言っておいたはずが、早速二つ目の約束を破ってどこかに行ってしまった……』


 文字だけで大きな苦悩が伝わってくる内容だ。


「あの人って誰か分かるか?」


 心当たりがあるかとイスナに尋ねるが、首が小さく左右に振られる。


「文言からすると魔王ではないよな……。それで正体がバレると里が混乱するような人物となると……魔族の有名な重鎮か、あるいは――」

「人間、ね……」


 イスナが俺の言葉を先回りする。


 二つ目の条項が『護衛』ではなく『監視』なことからもその可能性が伺える。


「これって、貴方が調べてたアルフ・ディメントって人のこと……?」

「その可能性はあるな」


 魔族界を訪れ、魔王ハザールやその妻と一定の繋がりがある人間。


 人類史上、それに該当する人物は彼か……もしくは俺くらいだろう。


 年代もちょうど父があの部隊の一員として活動していた時期と一致する。


『何度言っても監視を振り切って単独行動しようとする』

『景色が良くてつい、と悪びれようともしない』

『困っている里の者を見かけるとすぐに世話を焼こうとする』


 その後もしばらくその人物の行動に対するセイスさんの苦悩が綴られていた。


「なかなか困った人みたいだな」

「そうね……お父様とどことなく似てるかも……」


 手記の主も『でも、そういう奔放なところが夫と少し似ている』と書いている。


「……ここで、次の場所へと向かったみたいね」


 滞在期間は約一ヶ月。


 最後に、また別の魔族が暮らす場所に向かうとの情報で彼に関する記述は途絶えた。


「以降はまたアンナの子育て日誌ね」


 文字をしっかり読むこともなく、イスナがペラペラとページを捲っていく。


 アンナが五歳になった辺りで手記は奥付へと達した。


 そこには『ここまで読んでくださってありがとうございます』と謝辞の言葉が記されていた。


「読まれる前提で書いてたのか……」


 まともそうに見えて、あの人も少し変わった人だな。


 まあ、そうでないとあの破天荒な男の妻は務まらないか……。


「でも、これがもしその人ならお父様とお母様方は何か知ってるってことよね……。なら、もう直接聞いちゃえばいいんじゃないの?」


 手記の表紙を眺めながら、至極当たり前の答えへと行き着くイスナ。


 もちろん俺もその手を考えなかったわけではないが……。


「それはもっともなんだが……今は誰かの口から話を聞くよりも、彼の足跡を自分で辿ってみたい。その方が何か掴めそうな気がする」

「……そう、まあ私は貴方の言う通りにするけど」


 数秒、何かを考えるように動きを止めたイスナが再び資料探しへと戻る。


 訝しみながらも深く踏み込んでこないのはありがたいが、核心について話せない心苦しさもある。


 だが、もしこれが魔族にとって踏み込んではいけない領域の話だった場合。


 イスナには俺の言いなりだっただけで自分は何も知らないという逃げ道を残しておく必要がある。


 そう考えながら、セイスさんの手記を棚へと戻す。


 ここの記されていた人物が何らかの志を持って魔族界を巡っていたのは間違いない。


 もしそれが父であるならば、その足跡を辿りたいと想っているのは事実だ。


 誰かの口から全てを聞くよりも、自分も同じ様にこの世界を歩けばいい。


 父は何を思って魔王と接触したのか、何を思って魔族の世界を見て回ったのか……。


 そして、何故人類への大逆を企てる者として仲間に殺されたのか……。


 父の真意と真実を知るためには、そうするべきだと確信した。


「さて、それじゃあ竜人族の秘儀に関する資料探しに戻るぞ」


 すっかり脱線していた意識を本来の目的へと向け直す。


 でも今はその前に教師としての責務を果たそう。

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