第56話:試験の日

 試験が行われる日の朝。

 俺たちは全員がロゼの元へと集められた。


「おはようございます、本日は予てよりご説明しておりました試験が行われる日となります」


 形式張ったロゼの挨拶。

 それに対してフェムとフィーアは緊張しながら、サンは眠そうに、イスナはいつもの朝と変わりなく、そしてアンナは自信に満ちた口調で。

 姉妹たちがそれぞれの心情を表すような挨拶を返していく。


「それで、試験はどこで行われるんだ?」


 もしかしたら裏の広場を使うのだろうか。

 それでは少し味気が無い気もするが。


「試験はハザール様の本城にある会場にて行われます」

「魔王の本城!? そこまではどうやって行くんだ?」

「転移の魔法をご用意してあります」

「転移魔法……それはまた随分と豪勢なもてなしだな……」


 転移魔法。


 魔法をよく知らない者には人や物を移動させるだけの単純な魔法だと思われがちだが、実態はその真逆。

 空間を歪めて、二つの地点を繋ぐというのは非常に多くの手間と大きな対価、膨大な時間が必要になる。


 俺がここに連れて来られた時にも使っていたが、そろそろ財布の中身が少し心配になってくる。


「それでは、ご準備はよろしいでしょうか?」


 各々が了承の返事をすると、ロゼは部屋の奥にある扉へと手をかける。

 その様子を見ていると、あの夜の森での出来事が脳裏をよぎる。


 皆も緊張しているのか室内が奇妙な静寂に包まれる。


 しかし、まさか生きている間に魔王の居城を訪れる事になるとは思ってもいなかった。

 人生と言うやつは本当に何が起こるのか分からない。


 だが、まだこれもその途中の出来事に過ぎない。

 ここで躓くわけにはいかない。

 必ず全員を合格に導かなければ。


 心の中で気合を入れ直していると、ロゼが扉に手をかけた。


 大きな扉が開かれていく。


「……うおっ!」


 いきなり屋外に放り出されたかのような眩しさ。

 続いて聞こえてきたのは割れんばかりの歓声。

 最後に竜の息吹のような熱気が襲ってきた。


「何さ何さ……? もーうるさいなぁ……」


 サンはその尖った耳を抑えながら眉をひそめている。


「おーい! さっさと入ってこーい!」


 扉の向こうから聞き覚えのあるガラの悪い声が聞こえてくる。


「父上!」


 それを聞いて、まずはアンナが扉の向こうへと飛び出した。


 イスナ、サンと年齢の順番に次々と扉の向こうへその姿を消していく。


「フレイ様も、どうぞお先に」


 ロゼに促されて、光の向こうへと足を踏み出す。


 最初に感じたのは眩しい光の中で体表全てが震えるような感覚。


 全身に圧を感じながら徐々に視界が戻ってくる。


 光の中から現れた光景は殺風景ながらも巨大な円形の闘技場。


 俺たちはその中心に降り立った。


 周囲には観客席のような場所が備えられていて、見たこともない大量の魔族がひしめいている。

 体中に感じていた圧は、全方位から浴びせられる彼らの歓声によるものだと気がついた。


「サン様ー! 頑張れー!」

「きゃー! アンナ様カッコイイー!」

「イスナ様ー! こっちを見て下さい! そして出来れば豚の死骸に湧く蛆を見るような視線を下さい!!」


 エルフ、竜人、オークなど様々な種族の魔族たちが姉妹たちに向かって声援を投げかける。


 魔王の娘だけあって流石の人気だ……。


 しかし、そもそもこれは一体どういう状況なのか。

 皆も流石にこんな事は想像していなかったのか面食らっているようだ。


 その答えを求めるべく、向かって正面にいるあの男に視線を向ける。


 他の観客席より一段高くなっている少し豪華な造りの場所、その中央にある大きな椅子。

 この子たちの父親でもあり魔王であり、今回の試験を統括する男の姿がそこにあった。


「よく来たな!」


 大歓声の中でもはっきりと聞こえる声を魔王が発する。


 少し前に会った時はまるで路地裏にいるチンピラのような服装をしていた。

 だが今回は大きなマントを羽織り、ところどころに装飾の付いた多少は威厳のある格好をしている。


 そして、その周囲にある五人の見目麗しい女性たちの姿。

 誰に言われなくともそれが魔王の妻たち、つまりこの子たちの母親だと分かった。

 まるではじめてあの教室でこの子たちと会った時を思い出すほどに、全員が個性的な出で立ちをしている。


 その中にいる一人だけ見知った薄い緑髪の女性が俺たちへと向かって小さく手を振っている。

 相変わらず胸がデカいイスナの母親だ。


 その他の四人の姿も一人ずつ確認していく。


 まずは魔王の隣にいる赤い髪の女性。

 背中から生やした大きな翼を小さく折りたたみ、儀式的な趣がある服に身を包んでいるその人はアンナの母親だろう。

 翼以外にも服の下から伸びている太い尻尾と頭の横から後ろに向かって伸びた角は純度百パーセントの竜人族の特徴だ。

 じっと動かずに魔王の隣に座っている姿からは服装も相まって、どこか神秘的な印象を受ける。


 続いてエシュルさんの隣にいる青い短髪に褐色肌の女性。

 エルフ種特有の長く尖った耳を持ったその女性は見たままにサンの母親だと分かる。

 試験という畏まった場にも拘らずラフな印象を受ける動きやすそうな服に身を包んで、顔には親しみやすそうな笑顔を浮かべながらエシュルさんと談笑している姿はサンと瓜二つだ。

 一段高い場所から、こちらへと向かって放り出している褐色の素足を何度も組み替えているのは目に毒だ。


 次に少し離れたところで腕を組んで立っている茶髪の女性。

 鋭い目つきに加えて、襟の立った黒いマントと赤を基調とした衣服が印象的だが魔族的な特徴はここからでは分からない。

 だが、聞いていた話と統合して彼女がフィーアの母親なのは分かった。

 身体は想像していたよりも大分小さいが、その堂々たる立ち姿からはイスナが女版魔王と言っていたのもよく分かる壮烈さが感じ取れる。

 今は何を考えているのか分からない鋭い目でフィーアの方をじっと見ている。


 そして最後の一人。

 娘よりも更に高い透過度の女性は間違いなくフェムの母親だ。

 腰の長さ程までありそうな長い銀髪。

 頭部以外の肌がほとんど隠れるような華やかな白い服を全身に羽織っている。

 あまり馴染みのない様式の服だが、その長く透けている綺麗な銀髪と合わさって妖しげな品の良さがある。

 しかし、当の本人は俺たちがやってきたことにも気づいていない様子でぼーっと虚空を眺めている。

 もしかして、寝てる……?


「えーっと……これはどういう事なんでしょうか? 試験……ですよね?」


 母親たちから再び魔王へと視線を戻し、歓声にかき消されないように声を張って尋ねる。


「おう! もちろんそうだ! でも、どうせやるならこのくらい派手にやった方が面白いだろう!」


 魔王はそう言いながら大きな笑い声を上げる。


 面白いて……。


「ほんっと……お父様らしいって言うか……」

「うぅ……うーるーさーいー……」


 やれやれと呆れるような素振りを見せるイスナの横で、感覚の鋭いサンは長い耳を両手で抑えて唸っている。


 悪く言えば見世物だが、この子たちは将来的にはこの観客たちを率いていく立場になるわけだ。

 それなら今この場でそいつらに対して実力を示すというのは悪くないのかもしれない。

 それにこのくらいぶっ飛んだ状況の方が却って緊張しなくて済む。


 もしかしたら、そこまで考えて……と一瞬思いかけたが、椅子に座って大笑いしている魔王の姿を見てそれは無いなと即座に考え直した。


「そんじゃ、ロゼ。そいつらに試験の方法を説明してやれ」


 その言葉を聞いて振り返ると、いつの間にかロゼもこっちに移動して来ていた事に気がつく。


「畏まりました。それでは試験についてご説明させて頂きます」


 ロゼが説明を始める。

 大きくはないが、その透き通った声はこの喧騒の中でもよく聞こえる。


「試験は一人ずつ、順番に行われます。内容はそれぞれ異なり、決められた条件を満たせば合格となります」

「単純だな」

「はい、単純です」

「試験の内容は教えてくれないの?」


 イスナがロゼに尋ねる。


「はい、始まるその瞬間までは秘密になります」

「えー……、じゃあもしかしたらあたしがいきなり紙のテストやれとか言われちゃうかもしれないわけぇ?」


 サンが顔を青ざめさせながら、ロゼに詰め寄る。


「ご安心ください。お嬢様方がこれまで積み上げてきた成果を加味した上での試験となっております」

「んー……だったらいいけどぉ……」

「何れにせよ。私はただ与えられた試練を完遂するのみだ」


 まだ疑念を抱いているような様子のサンに対して、アンナからは何を出されても自分が落第するはずがないという自信を感じる。


 それぞれにどんな試練が与えられるかはまだ定かでないが、この会場から考えると戦闘に関するものが基本になるはずだ。


「よーし! そんじゃ、準備が出来たら一旦下がれ!」


 ロゼより更に後ろに視線を移すと観客のいない俺たち専用の待機場所らしきものがあった。


 ロゼを含めた七人でその場へと移動する。


 全員が待機場所へと入った直後、闘技場の四隅にある石柱が魔法反応による光を放ち始めた。

 瞬く間に薄い半透明の膜が闘技場を囲う。


 目視出来る程の高密度な魔法障壁。


 外からの介入を防ぐためか、それとも中からの巻き添えを防ぐためか。

 どちらにせよこれから始まるのが、あまり穏やかな試験でないのは確かだ。


「うっし! 準備出来たな! それじゃあ早速一人目に行くぜ!」


 魔王の言葉に対して再び大きな歓声が上がる。


「ええ!? も、もうですか? 私、まだ心の準備が……ど、どうか一番最初には……」


 フィーアは胸の部分を抑えながら、どうか自分が一番手にならない事を祈っている

 フェムもフィーアほどではないが、少し緊張しているように見える。

 サンは自分が一番手にならないと高をくくっているのか、大きなあくびをしている。

 アンナとイスナは既に準備万端、どんな順番でも問題ないといった様子だ。


 魔王の口がゆっくりと開かれる。


「一人目は…………サンだ!!」


 溜めに溜めて一人目の名前が告げられた。

 同時に闘技場を取り囲む観客たちは更に大きく沸いた。

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