第46話:お嫁さん
フィーアの相談に乗った日の翌朝。
朝練の場で俺はフェムにしたように、次はしばらくフィーアへ付きっきりの指導を提案した。
しかし、フィーアは自分のわがままがサンやフェムに与えられるべき時間を取るわけにはいかないとそれを固辞した。
そんなフィーアらしい意志を俺も尊重して受け入れた。
代わりに朝練はいつものように行いつつ、夕食から就寝までの時間を使ってフィーアの適性を探していくことにした。
授業の準備などに使う時間は削られてしまうが、それは俺の睡眠時間を減らせば問題はない。
そして、その日の行程を全て終えて日暮れの時間。
備え付けの照明によって適度な明るさは確保された広場でフィーアと二人きりになる。
「よし、それじゃあやるか!」
「はい!」
昨日とは違う、元気の良い返事が返ってくる。
今から行うのはとにかく色々な事に触れていき、その中でフィーアに少しでも適性のありそうなことを探す力技。
間違いなく心身共に大きな負担がかかる。
多少は空元気もあるかもしれないが、持ち直してくれたのなら何よりだ。
まずは最初に挑戦するのは弓術。
武術の中では比較的に単純な身体能力への依存度合いが低い。
これならフィーアでも出来るかもしれない。
「うぅ……、前に飛ばないです~」
ダメだった。
「大丈夫だ! まだまだ世の中には色んなものがある!」
地面に撒かれた大量の矢に囲まれたフィーアの肩を叩いて励ましてやる。
最初はダメでも長い目で見れば芽が出る事もあるかもしれない。
しかし、今はとにかく多くに触れさせていく方が大事だ。
続いては剣術。
体力的には厳しいかもしれないが、もしかしたらとんでもない才能を――
「ん? こんな時間に二人で何をしているんだ?」
フィーアにまずは剣の持ち方と構え方から説明していると、設置されている灯りの外側――暗闇の方から声をかけられる。
「あっ……、アンナ姉さん」
夜目が利くのか、フィーアが暗闇に向かって姉の名を呼びかける。
それから一拍遅れて、俺の前に声の主が姿を現した。
「誰かと思ったらアンナか」
暗闇の中でも目立つ真っ赤な髪を携えた少女は俺たち二人を珍奇な物でも見るような目でじろじろと見てくる。
「こんな時間に二人して何をしているんだ?」
「えっと、今先生に剣術のお稽古をつけてもらおうと思いました……」
「フィーアが、剣術……? ふむ……」
アンナは剣を持つフィーアを更に近くでじろじろと見つめる。
「怪我をする前に止めておいたほうがいい。向き不向きというものがある」
続けて、ばっさりと切り捨てるようにそう言った。
「でも……やってみないと……」
「いや、その剣の持ち方を見れば分かる。君ではそれに振り回されるだけだ」
確かに、こうして持っているのを見ているだけでもかなり危なっかしさがある。
アンナの言い方は少し直球すぎるが、間違ったことは言っていない。
「それなら、アンナはフィーアには何が向いていると思う?」
「フィーアに……? そうだな……」
アンナが顎に手を当てて考え込む。
いつもは他の姉妹とは一歩引いたような立ち位置に居る彼女だが、もしかしたらその視点から何か面白いアイディアが出てかもしれない。
「私と違って可愛らしさがあるからな……誰かの花嫁になるのは向いているんじゃないだろうか」
アンナは悪戯な笑みを浮かべながらそう言った。
「お、およ、おっ、お嫁さん!?」
「相手はそうだな……。例えば……フレイなんかはどうだろうか?」
「せ、先生の!?」
「こら、真に受けるな」
長女の悪質な冗談を真に受けて顔を真っ赤にしている四女を諌める。
「ははっ、まあ半分は冗談というわけでもないがな」
「妹をあんまりからかってやるなよ。それでお前こそこんな時間に何をやってたんだ?」
「私か? 私も見ての通り剣術の訓練だ」
見ての通りとは言うが、その身体のどこにも剣らしきものは見当たらない。
「というわけで、私もまだやることが残っているのでそろそろ失礼する」
「ああ、暗いから気をつけるんだぞ」
俺たちに背中を向けたまま、アンナは軽く手を振って再び灯りの届かない闇の中に消えていった。
いくら授業外の訓練に誘っても断ると思っていたら、こんな時間に一人で訓練していたのか……。
「お、お嫁さん……」
アンナが去った後も、フィーアはまだ紅く染まった両頬を手で抑えながら、うわ言のようにその言葉を呟いている。
ちなみに剣術は案の定ダメダメだった。
**********
翌日、今度は屋内で出来る事に挑戦していく。
まずは魔道具の作成。
これは俺の得意分野でもあるので、僅かでも光る物があれば一気に伸ばせるかもしれない。
「えっと……、これと……これを混ぜて……こっちを……あれ? 色が紫に……わわっ! 何か膨らんで! あっ!」
「爆発する前にやめておこうか……」
ダメだった。
少し趣向を変えて料理に挑戦。
美味しい料理が作れるというのは立派な後方支援の才能の一つだ。
「うぅ……指が……」
「四本指になる前にやめておこうか……」
ダメだった。
それから数日間、フィーアには思いついたものから手当たり次第に挑戦してもらった。
しかし、どれだけ挑戦を重ねても手応えを感じるものは見つからず、ただ時間だけが過ぎていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます