第37話:外的制御
篭手越しに触れてはじめて分かるその理不尽さ。
魔法の行使に必要な基本的な工程さえ無視した属性も何もないひたすら増幅し続けるだけの魔力の塊。
俺が今抑えつけているのは、これを魔法と呼称して良いのかとさえ思える滅茶苦茶な存在だ。
「くっ……!」
想像以上の負荷を右腕に感じながら、何とか軽減する為に右肘の部分を左手で掴む。
少しずつ、だが着実に、その名状しがたいデタラメさを持つ魔法の制御を行っていく。
王宮御用達の魔術師でも目が飛び出るような費用で作ったこの篭手が無ければ間違いなく右腕は既に消し飛んでいる。
「せ、先生……」
「魔法に意識を集中しろ!」
魔素の乱流に紛れて耳に届いたフェムの心配そうな声に対して、そう言い返す。
不意に語気が強くなってしまうが、今は気遣っている余裕はない。
今、この魔法の制御の九割以上は俺が担っている。
まずは残る一割未満をフェムに制御させる。
習熟に応じてその割合を少しずつ増やし、最終的にこの魔法を完璧に制御出来るようになってもらうのがこの特訓の目的だ。
かなり力技ではあるが、未知の魔法であることと時間的猶予を考えればこの方法しかない。
「しゅ、集中……」
「そうだ! 目の前のこいつをよく見て、これがどういう物なのかをまずは認識しろ!」
俺の必死さが伝わったのか、フェムはそれをじっと見つめて観察し始める。
暴走しているとは言え、これは紛れもなくフェム由来の魔法だ。
本人が制御出来ないなんてありえない。
フェムが観察を続けている間、俺はひたすらそれの増幅を力ずくで抑え続ける。
本来は他人の魔法を制御するなんて事自体が無茶もいいところだ。
けれど、少しでも長くフェムが自身の魔法と向き合う時間を作るのが俺の役割だ。
「二つ……混ざってる……?」
「二つ!? 何がだ?」
「分からないけど……二つ……」
魔力の奔流の中、小さく、だが確かに聞こえる声でフェムが呟く。
本人も自分で言っている事を感覚的にしか理解出来ていないのか随分と胡乱な表現だ。
しかし、僅かでも何か掴めているのなら十分だ。
「ぐっ……!」
黒い球体が手の中で俺の抑制に対して、増幅しようと反発してくる。
そろそろ限界だ。
臨界点を超えてしまうと、またあの時みたいに大爆発を起こしてしまうかもしれない。
その前に、一気に制御する為の力を強める。
手のひらに押しつぶされた球体は黒い粒子となり、大気中に霧散していく。
同時に魔力の奔流が収まり、押さえつけていた腕にかかっていた負担が消失する。
「っ……はぁ……、思っていた以上にきついな……」
大きく息を吐いて身体を弛緩させると、全身から汗が一気に吹き出してくる。
「先生……大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だ。心配ない」
本当はかなりきついが、無駄な心配をさせる必要はない。ここはそう言っておく。
本当にきついのは身体よりも……。
腕に付けた篭手に目をやる。
たった一度の試行で付与した魔力触媒が随分と消耗してしまっている。
かなり奮発して作った物ではあるが、この調子だとそう何度も使える物ではない。
まだ予備の素材が残っているとはいえ、一度の施行でかつての俺の生涯年収以上の資源が吹き飛ぶのは財政的にも良くない。
焦りは禁物だが、フェムには早めにあの魔法を制御する術を身に着けてもらわないと如何に魔王家といえど破産してしまうかもしれない。
「よし、一度休憩を挟むぞ」
フェムのローブの端を掴み、それが再び頭部を覆うように被せてやる。
「え? あっ……」
フェムは今の今まで自分がいつも隠している顔が出していたのを忘れていたかのような反応を見せる。
「さて、休憩がてらまた少し話でもするか」
「話……?」
二人で近くにあった手頃な岩に腰を掛ける。
この子が魔法を制御する為には自分が使う魔法の理解の他にも必要なことがある。
それは自分自身をもう少しだけ好きになってもらうことだ。
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