第17話:一夜明けて
「ふぁ……」
時刻は朝、あくびをしながら一人で屋敷の廊下を歩く。
昨晩はこれから先どういう授業を行っていくべきかを考えていたせいでほとんど眠る時間が無かった。
人間の学校ならば体系化された教育要項などが存在しているが、ここでは自分で全て考えなければいけないので時間がいくらあっても足りない。
「……レーイ……」
今日は何をしようかと考えながら食堂に向かっていると、背後から微かに何かが聞こえた。
背後にあるのはとてつもなくながーい廊下、今の音は多分その端の方から聞こえてきた。
そう考えながら後ろに振り返ると――
「フレーイ!!」
「ぬおっ!!!」
今度は間近で聞こえた俺を呼ぶ声と同時に、腹部にとてつもなく大きな衝撃。
咄嗟に足に力を込めて、床に倒れないようにする。
石造りの床の上を数メルトル程滑りながら、その大型獣もかくやの体当たりをかましてきた物体の正体を確認する。
「……サンか、何やってんだ?」
「ん? おはようの挨拶」
衝撃を受けた部分、胸から腹部にかけて半ば抱きつくような形でくっついているサンが俺の顔を上目遣いで見ながらそう言った。
「こんな物騒な挨拶があるか」
「ふふん、ここにあるんだよね~」
サンは嬉しそうな楽しそうな笑顔でそう言う。
どういう事だ、なんで俺はいきなり抱きつかれてる。
しかも昨日までは俺の事を『お前』と呼んでいた子に。
寝起きなのも相まって、その不可思議な出来事に頭の中で思考がグルグルと回る。
もしかして疲労が祟って一週間くらい時間が飛んでる……?
「ねえねえ! 早く昨日のあれを教えてよ! 勉強の時間までまだあるでしょ?」
「昨日のあれ?」
抱きついていた状態から離れたサンが、今度は俺の腕を掴んで催促するようにブンブンと振り回してくる。
しかし昨日のあれとか言われても全く思い浮かばない。
知らない間にこんなに懐かれてるのもそれが原因なのか?
「うん! あのすごいやつ! あたし、あんなの初めてだった!」
「す、すごいやつ……? はじめて……?」
サンの口から出てくる言葉に、記憶が飛んでいる間に何をやったのか心配になってくる。
「なんていったっけ……えっと……えーっと……」
サンがうんうんと唸りながら首を捻って、何かを思い出そうとしている。
「りあい! りあいだ!」
パっと顔を上げて、目を爛々と輝かせながらサンはそう言った。
「え? りあい……?」
「うん! 昨日教えてくれるって言ったでしょ?」
褐色の肌に浮かぶ、二つのガラス玉のような目で俺の顔をじっと見つめてきている。
「あ、ああ……。なるほど、理合いね。理合い……」
「言われた通りに大人しく授業聞いたんだからいいでしょ~、ね~え~」
今度は甘えた声を出しながら、再び腕を持って身体を揺すってくる。
なるほど、記憶が飛んでいたわけでもなく、何かをやらかしてしまったわけでもない。
昨日、打ちのめされてから静かだったのも武術を教わりたくて大人しくしていただけらしい。
「はやく~」
「まあ待て、教えるのはいいけど朝食くらい食べさせろ」
「え~、そんなに食べなくたって大丈夫だよ~」
一刻も早く教わりたいのか、サンは不満げに頬を膨らませながら腕を引っ張って来る。
理由が分かったとはいえ、いきなりすぎる態度の変化にまだ戸惑いはある。
しかし、この人懐っこさこそが資料に書かれていた本当の姿なんだろう。
「ダメだ。ちゃんとご飯を食べるのも勝負に勝つ為の理合いの一つだ」
「えー、なにそれー」
「いいから食堂に行くぞ」
「ちぇっ、分かったよー……」
不貞腐れながらもまだ俺の腕を掴んだままでいるサンと二人で並んで食堂へと向かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます