第5話:謎の小屋と謎のメイド

 俺も馬鹿だな……。


 内心で自虐しながらランタンを手に深夜の森の中を歩く。


 生い茂った木々で星の光さえ届かない森の中、手紙に書いてあった座標だけを頼りにただひたすら目的地へと向かって進む。


 正直、自分でも何故こんな怪しい手紙を真に受けてしまったのか不思議だ。

 しかし、無性に気になってしまうともうどうしようもなかった。

 昔からこの好奇心だけは抑えつける事に成功出来た試しがない。


 目的地に向かって更に歩を進めていると、時折これまで聞いたこともない獣の鳴き声が森の中を響き渡る。

 

 この辺りに魔物が出没する話を聞いた事はないが、一応気をつけておいた方がいいかもしれない。


 腰には、父親から受け継いだ唯一の形見である一振りの剣が挿されている。


 これを使わないに越した事がないが、最悪の可能性として魔物だけでなくアリウスとその子分共による闇討ちの可能性までを念頭に置いてある。


 あいつら程度なら十人まとめてかかってきても対処は出来るはずだ。


「この辺りのはずだけどな……」


 持っているコンパスが狂っていないなら、歩いた時間からこの辺りが目的地のはずだ。


 歩く速度を落としながら周囲を見渡すと、少し離れた木の隙間、その奥に何かあるのが見えた。


「小屋……?」


 更に近づくと、そこだけ木々が避けているかのような開けた場所に木造の小屋があった。


 ここが手紙に書いてある場所である事を直感的に理解した。


 あの手紙が発していた強烈な存在感と同じ様に、月と星々の明かりに照らされている小屋の入り口が俺を誘っているように感じる。


 警戒しながらゆっくりと近づく。


 まだ建てられてから間もないのか、近くで見ても小屋に古さはない。


 扉へと手をかけて力を込める。


 木が少し軋むような鈍い音を立てながらゆっくりと開かれていく。


 何が起こっても良いように片、方の手で剣の柄を握りながら中へと入っていく。


「お待ちしておりました」


 小屋の奥――暗闇の中から小さな、しかしはっきりとした声が届く。


 初めて聞く女性の声。


「誰だ? あの妙な手紙をよこしたのはあんたか?」


 柄に手を添えたまま、暗闇へと向かって話しかける。


 不気味な出来事ではあるが、あらゆる可能性を想定してきたおかげか動揺はほとんどない。


「はい、その通りです」


 声の主ははっきりとそう答える。


 木材が軋む嫌な音が鳴り、暗闇の中から声の主が俺の方へと向かってゆっくりと歩み出てくる。


 それに合わせて照明を高めの位置に掲げると、その全身が明かりの下に曝け出された。


 声質の通り、それは一人の女性だった。


 最初に目に入ったのは綺麗な白銀の髪。


 肩ほどまである長さのそれは緋色の光を反射して、まるで自ら輝いているかのような錯覚を起こさせてくるほどの怪しげな魅力を放っている。


 次にその特徴的な出で立ち。


 端的に言えば、どこぞの大貴族の屋敷に勤めているような古風なメイド。


 しかし、そのありふれた衣装も森の奥深くにある小屋という場所と合わさり、この女性の異質さを更に際立たせている。


 女性は次の言葉を待つようにじっと俺の顔を見つめている。


 まるで神の手によって作られた人形のように整った無表情な顔立ち。

 その瞳の中ではゆらゆらと灯火が揺れている。


「何者だ?」

「ロゼ、と申します。以後お見知り置きを」


 女は機械じかけの人形のように上品にお辞儀をしながらそう名乗った。


 その動きに合わせて、ほのかに香水のような甘い香りがその身体から漂ってくる。


「何の用だ? アリウスの差し金か?」


 続けて質問をしながらもまだ警戒は解かない。


 小屋の外は完全な暗闇。


 いつどこから何が襲ってきてもおかしくはない。


 灯りを持つ手と剣柄を握る手の両方に力を込める。


「いえ、今宵はフレイ様にお仕事のご依頼に参りました」

「は? 仕事?」

「はい」


 そう言ったロゼの表情は相変わらず口元以外はピクりとも動かない。


「……何かの冗談か?」


 こんなところに呼び出して仕事の依頼だなんて話は聞いたことがない。


 あるとしても危ないブツの配達とか暗殺の依頼とかそういう碌でもない話に違いない。

 だが、俺はそんな事を依頼されるような立場ではない。


「いいえ」


 ロゼは表情を変えずに短くそう答えた。


 怪しむなという方が無理な状況ではあるが、その小さな唇から出てくる言葉には何故か嘘がないように思えてしまう。


「じゃあ、その仕事の内容は何なんだ……?」


 信用したわけではない。


 ただ、それでも心の中でどんどん肥大化する好奇心を抑えつける事が出来ない。


「先生です」

「先生!?」


 予想とは真逆の言葉が出てきたせいで、思わず間の抜けた大きな声を出してしまう。


 ロゼはそれにも全く動じる事はなく更に続ける。


「我が主のご息女の先生になってもらう為、あのお手紙を送りさせていただきました」


 ご息女? どこかの貴族のご令嬢か?


 いや、それなら不祥事で学院をクビになった俺にこんな話を持ちかけてくるわけがない。


 なら他国の? それとも――


 どれだけ頭を働かせて思いを巡らせても答えにたどり着く事はない。


 それを知っているのは目の前にいるこの人形のような女だけだ。


「俺が学院をクビになった事を知ってるのか?」

「はい、存じてます。それが同僚のはかりごとによるものである事も」


 ロゼの口から出てきた言葉を聞いて絶句する。


 俺がクビになった事を知っているのはまだ分かる。


 だが、その原因がアリウスの謀略である事を知っているのは俺と俺をハメた張本人である二人くらいだ。


 だから俺は抗議すら許されずに学院をクビになり、街の人々からも迫害を受けた。


「あんた……何者なんだ?」


 考えられるのはアリウスの手下であるという可能性だけだが、それがこんなにあっさりとネタを明かすとも考えづらい。


「ロゼ、と申します。以後お見知り置きを」


 最初に質問した時と全く同じ答えが返ってくる。


 こいつ、ふざけているのか?

 それとも本当に特定の受け答えしか出来ない人形なのか?


「あんたの主は何者なんだ?」


 ならばと今度は質問を変える。


「それはこの場ではお答え出来かねます」


 淡々と、そして丁寧に、初めて回答が拒否された。


「この場では?」

「はい」

「じゃあ、どうすれば教えてもらえるんだ?」

「今この場で私がフレイ様に提示出来るのはただ二つの選択肢のみになります」


 ロゼはそう言いながらゆっくりと俺の左斜め前の場所へと移動する。


「一つはこのままそちらの扉から小屋から出て、今宵あった出来事は狐につままれたと思って、元の生活に戻る選択」


 そのまま侍女が屋敷の中を案内をするような所作で右手を俺の背後――小屋の出口の方へと向ける。


「もう一つは?」

「もう一つは……こちらの、奥の扉を通って外に出る事です」


 ロゼはほんの極僅かな微笑を浮かべながら、左の手を先刻まで自分が立っていた場所の奥へと向けた。

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