魔王令嬢の教育係 ~勇者学院を追放された平民教師は魔王の娘たちの家庭教師となる~

新人

第一章:ゼロから始まる新生活

第1話:クビ

 どこか懐かしさを感じる四角い部屋。


 四辺ある壁の一面の半分以上を占める大きな黒板。


 綺麗な格子状に並べられた木造の机と椅子。


 教室、それはどこからどう見てもそうとしか呼べない一室だ。


 その中央には、まるで俺を待っていたかのように五人の少女たちが横一列になって着席している。


「こちらが主のご息女方。貴方の新しい生徒となる方々です」


 ここまで案内をしてくれたメイド服の女性が、手でその五人の方を指し示しながら、既にそれが決定した事であるかのように言った。


 少女たちは無言で俺の事をじっと見つめている。


 一人は値踏みするような。また別の一人は侮蔑するような。そしてまた一人は退屈そうにあくびをしながら。五人がそれぞれ異なる感情の色をその瞳に浮かべている。


「この子達が……」


 あの扉をくぐった時、あらゆる覚悟は済ませたつもりだった。


 つもりだったが、これは流石に想定外にも程がある。


 を持つその五人の少女を前にして、俺はただ呆然とその姿を眺めることしか出来なかった。



**********



――1週間前。


「フレイくん、君は明日から来なくていい」


 書類が山積みになった大きな机。


 それを挟んで向かい側に座っている白い立派なひげを生やした老人が俺に向かってそう言った。


「は……? 学院長……おっしゃってる意味がよく……」

「ふむ……。では簡潔に言わせてもらおうか、君はという事じゃ」

「クビ……?」

「そう、クビじゃ」


 学院長はそう言うと、まるでそれはもうとっくの昔に終わった話であると言わんばかりに手元にある書類の山を処理し始める。


 俺はクビなのか……。クビ……。クビ!?


「ク、クビ!? 俺が!? 何故!?」

「何故? それは自分が一番よく分かっておるのじゃないかね?」


 学院長は今度は俺の事を一瞥し、冷たい口調でそう言ってくる。


 一瞬だけ見えた分厚い眼鏡の後ろに隠れたその目にはその口調よりも更に冷たい侮蔑の色が浮かんでいたように見えた。


「さっぱりです! 皆目見当もつきません!」


 まだそう長くはない教員生活を回想してみても、いきなりクビになるような事には全く心当たりがない。


 声を荒らげながらそう反論する俺に対して、学院長は大きく息を吐いた。

 そして、やれやれと言いたげな表情をその顔に浮かべながら再び口を開いた。


「複数の女子生徒から、君から不適切な指導を受けたと通告があった」

「ふ、不適切な指導!?」


 その言葉を聞いて再び思い返すもやはり心当たりがない。


 女子生徒への不適切な指導、その言葉の響きだけでも確かにかなり不適切だ。


 しかし、当然そんな事をした覚えは毛一本程もない。


「そうじゃ、被害にあっておらぬ他の生徒たちからも複数証言が出ておる」

「どの生徒たちですか!? 俺はそんな事は断じて――」

「言えるわけがなかろう。わしが守るべきは君ではなく生徒たちじゃ。それに君に抗弁の権利は与えられておらん」


 俺の抗議に被せるようにして、大きくはないがはっきりとした口調で学院長がそう告げてくる。


 突き放すようなその口調からは俺はもうこの人にとっては守るべき部下ではないという事が嫌と言うほどに伝わってくる。


「こ、抗弁の権利すら……?」

「そうじゃ、これは理事会及び教員会の全会一致で決定したことじゃ。大人しく受け入れるんじゃな」


 そう言って少しズレた眼鏡を持ち上げながら、学院長は一枚の書類を俺の前へと差し出してくる。


 そこにはその言葉通りに、理事会と教員会の満場一致で俺、フレイ・ガーネットからこの学院における教員資格を剥奪する事を決定した事が書かれている。


「そんなこと……」


 更に深い絶望感に包まれる。

 

 青天の霹靂なんてもんじゃない。


 休日にいきなり学院長に呼び出された時から剣呑な空気を感じてはいたが、まさかここまでの事態になるなんて想像もしなかった。


「フレイくん、ここはどこだね?」

「え?」

「ここはどこかと聞いておるのじゃ」


 学院長が今度は俺の方を真っ直ぐに見て、そう質問してくる。


「王立……ルクス武術魔法学院です……」


 それに答えて何か事態が好転するなどとは一切考えなかったが、これまで培われた上下関係による条件反射でその質問に答えてしまう。


「そうじゃ。して、その理念は?」

「若者の中から次代を担う英雄たる器を持つ者を見出し、それを正しく導く事です……」

「うむ、そうじゃ。故にこの学院には国内有数の名家のものを中心に、将来有望な多くの者達が通っておるのは知っての通りじゃな?」

「……はい」


 救国の英雄、勇者……ルクスの名を冠した学院。通称『勇者学院』。


 設立からはまだ十五年と歴史は浅いが、その名称にある武術魔法以外の部門においても国内最高の人材が教員として集められており、名実共に国内で最も高いレベルの教育を行う学院として知られている。


 生徒には国内有数の名家を中心に、何らかの技能において類まれなる才能を有した若者が集い、卒業生はその多くが国や軍の要職に就いている。


「故にもし君が無実であったとしても、このような事になった時点で我が校としてはそう決断せざるをえないのじゃ」

「……それは、俺が平民の出だからですか……?」

「……フレイくん、これ以上続けても互いにとって無意味じゃ。わしも衛兵までは呼びとうないぞ?」


 質問に答えること無く、ただ一方的に突き放すような最後通告を口にした学院長に対して俺はもうそれ以上言葉を紡ぐ事は出来なかった。

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