第6話 学校帰りのコンビニ
「晃、ちょっとコンビニ寄って良いか?」
「いいよー」
なんてことのない学校帰りの寄り道だが、特に用事もなく目についたコンビニに入ってしまう癖が晃と直尚、どちらにもつきつつある。
「なんか、だから何というわけでもなく便利さを享受したくなる……」
「わかる。コンビニすげぇよな。何でも置いてる」
この世界で当たり前のことを当たり前と実感するための、日々繰り返す訓練のようなものだ。
外の井戸まで行かなくても蛇口を捻れば水が出るし、コンロに火をつけるためにマッチを擦る必要もない。数分待てば電車やバスが来て、それに乗るためにはカード一枚をタッチすれば済む。わざわざ馬車を持つ村人を探し出して交渉しなくても良い。
二人とも"あの世界"の生活を覚えるのにひどく苦労したものだったが、"元の世界"での生活を思い出すのもそれなりに大変だった。いちいち驚いていたら不審に思われるし、それでも何気ないことでついうっかり感動してしまう。
「水とか火とかのライフラインの確保とか移動手段とかは、こっちと比べて時間と手間がかかるだけだから慣れれば問題なかったけど、コンビニはなぁ。欲しかったなぁ」
「あとスマホ」
雑誌をめくりながら答えた晃の言葉に、同じページを眺めていた直尚が不思議そうな表情を浮かべた。
「スマホそんなに必要か?」
「書き置き一枚残して出稼ぎに行くお前と連絡が取れなくて、困ったことが何度かあったから」
「それは……ごめん……」
だから再会して真っ先にしたことがLINEの交換だったのかと、今更ながらに納得する。
ついでだから何か夜食でも買って帰ろうか。どうせ今日は金曜で泊まりだし、と顔を上げた直尚の袖を、ちょいちょいと晃が引っ張った。
「どうした?」
「これ。悪役令嬢ってやつ」
そう言って指さしたのは女性向けライトノベルの広告ページ。婚約破棄された令嬢が婚約者に復讐する、あるいは婚約そのものを回避しようとする、というような内容で、似たようなあらすじがいくつも並んでいるところを見るに今の流行なのだろう。
「ああ、この前の令嬢の話か。皇太子に婚約破棄されたんだよな」
だから二人とも『皇太子の"元"婚約者』と呼んでいたわけで。
「えーっと、なんだっけ。あのクソ王が若い王妃といちゃいちゃしたいからってクソみたいな理由でついに王位を皇太子に譲って……その時新しい王妃になった婚約者は、もうあの令嬢じゃなくて別の娘だったっけ」
「確か『勇者と同じ異世界から来た少女』と運命的に出会ったから婚約破棄した、とかだったはずだぞ。お前の存在、完全になかったことにされてるな」
「城での俺の存在そのものがアレだったもんなー」
かの令嬢がこのライトノベルに描かれているような存在だったのならば、彼女の代わりに皇太子と結ばれた少女は少女漫画のヒロインだったのだろうか。あるいは、晃の家で姉がやっていた乙女ゲームとかいうやつか。
そう考えると魔王を倒す伝説の勇者になった直尚もRPGかラノベの主人公だが、晃がいたのは明らかにエロゲだった。なんでだ。最悪だ。いや終わったことは忘れよう。
「クソ王は貞操観念と下半身こそクソだったけど、政治と統治はできたんだよなー。人が好いだけの皇太子が王になって、先代のクソ王が死んだ途端、あっさり国が滅んだから」
「秘密裏に集まっていた反乱軍にクーデターを起こされて、全く対抗できなかったからな」
「あの令嬢は?」
「王都に、最後まで残っていたとは聞いたけど」
自分たちが王都を離れてからの出来事は全て、物好きな旅人や、遊びに来ていた呪術師から聞いた伝聞だ。二人がいたククタ村は王都から最も遠い辺境の地で、国が滅んでも特に何も変わることがなかった。
「他に行くところなんてどこにも無いもんな」
無いからこそ直尚は魔王を倒しに行かなければならなかったし、晃は抵抗することを諦め、彼女は国と共に滅びる道を選んだのだろう。
その最期が、穏やかではなかっただろうがせめて、孤独なものでなければ良いのに、と。願いながら顔を上げた晃は、買い物カゴにお菓子や飲み物を入れている相方に声をかける。
「酒は入れないように気を付けろよ」
「そうだった。まだ買えないんだった」
異世界の酒の味は知っているのに元の世界のそれは知らない、というのも改めて考えるとおかしな話だが、もう数年待たなければならなかった。
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