13節「決着 2」

「誠道さん!」

「おい! あんた大丈夫か!」

「包帯と消毒液持って来い!」

 人々が口々に叫ぶ。涙ぐんでいる者までいる。恩人の出血を前に、さすがにじっと見ていられなくなったのか、円陣を形作っていた人々が誠道の周りに寄ってきた。

「誰か医者まで走れ!」

「俺がいく!」

 青物屋が駆けだしていく。大前はその隙を見逃さない。みんなの意識が誠道たちへ向いているうちに、背を縮めて小さくなって退散しようとする。だが、

「待て、逃げるな」

 その腕をつかんでいるのは深く刺されたはずの誠道であった。

「くたばり損ないがぁ! そういえばてめぇ、むかし敵に撃たれた時もどぼどぼ血ぃ垂らしてたくせに無事だったよなぁ?」

「昔から人より血の量が多いのでな」

「んならこれはどうだぁ!」

 大前が開いた方の手で腰元から黒色の筒を取り出す。

「はぁははは! とっておきだ!」

 男の手に握られているのは鉄砲であった。

「そんなものを隠し持っていたのか!」

「切り札は本当にやばい時まで隠しておくもんだ」

「除隊したお前がなぜそんなものを持っている!」

「外で何かと入用になるだろうと、弾薬庫に保管されていたのを除隊前に拝借しといたのよ! あの世への土産話にでもするんだな」

「撃つのを止めろ!」

 今さら元上官の制止を聞きわける相手ではない。

 大前はもう狙いを定めている。憎き上司へと。

 こうなった以上は殺すも殺さないもあるものか。

 逃げなければ。

 殺すしかない。

 目が兎のように血走っていた。

「誠道さん!」

 道重が誠道を引っ張る。市の者たちは全力で走りだしている。

「くたばれぁ!」

 銃は盛大な爆音を引き連れて火を噴く。

 直後、道重は背中に焼けるような痛みを感じて小さくうめいた。

 それとは別に、ぐぁぁ! と、野太い声が響く。

「ぎゃぁ! 銃が! 銃が割れたぁ……、足がぁ! 痛ぇ! 痛ぇ! 痛ぇ!」

 大前がしつこいほどに痛みを訴えていた。

 果たしてそこには、地に伏して身をよじり悶える大前がいた。

 そばには真っ二つに破断した銃身が転がっている。

腔発こうはつしたか」

 誠道はほっと一息ついて、

「銃そのものが爆発していたら……、危ないところだったな」

 爆裂して飛び散った部品が八方に広がれば、すぐ近くにいた大前、誠道と道重は元より逃げ遅れた者たちにも少なくない被害を出していただろう。

「無事でよかった」

 笑顔をみせて道重が膝をつく。銃が破裂した瞬間に感じた背中の焼けるような痛みが強烈に後を引いていた。

「あんた、背中を怪我けがしてるじゃないか!」

「怪我は誠道さんの方が」

 指差す先は誠道の刺された腹。服がびしょびしょに濡れており、異臭も放っている。

「俺は大丈夫だ」

 そう言って、誠道は道重の肩を支えて立ち上がらせた。

 相当量の失血があったにも関わらず、足腰も回す肩もしっかりしている。肌には赤みがさしているほどで、なんの痛みも感じていないようである。本人が言う通り本当に大丈夫なのだ。その誠道のためにと青物屋が呼びに行った町医者が首尾よくやって来た。

 医者に道重を託した誠道は、いまだ痛みに呻く大前の前に立つ。

「いだぃぃ、なんで、なんで俺だけがこんな目にぃぃ」

 今にも泣きだしそうな情けない声。血だまりの上で悶絶して転げまわるものだから、土煙色の服は煤煙を浴びたような汚い黒に染まっていく。右手と右足は赤黒い。腔発した銃の破壊で火傷した上に、負傷した男自身の血が垂れている。

 誠道は破裂した銃をしげしげと眺めて、

「弾丸か信管か、いずれかに不良があったんだな。その型式を持ち出したのが失敗だったな」

「あのくそ野郎、不良品寄越しやがってぇ、整備しときやがれ……」

 怨嗟の声を吐き続ける大前の前に誠道がしゃがみこみ、

「いま何といった? 軍内にお仲間でも残ってるのか?」

 血で黒く染まった襟をむんずとつかみ上げる。

「し、しらねぇ……」

「俺の耳のよさを忘れたか。しらばっくれるなら最初からつぶやくんじゃない」

 すっかり威勢を削がれた様子の大前だが、苦い顔つきのまま黙りこんでしまった。

「お前は警察じゃなくて憲兵に突きださなければならんようだ」

 そう告げて、誠道は襟を離す。

 かくして人々の蹶起けっきは終わった。

 市には清々せいせいとした勝鬨かちどきが響き渡る。

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