緊急脱出(ベイルアウト)!…蒼空のLove&Comedy…
秋山完
第一章 愛の生成
PHASE1●Love
緊急脱出(ベイルアウト)!…蒼空のLove&Comedy…
第一章 愛の生成
PHASE1●Love
「やった! 敵機は逃げていく! 迎撃成功だよ。よく戦ってくれた、ありがとう」
『いいえ、かろうじて、どうにか追い払えただけです……。
「うん、ずいぶん……やられたね。正直、飛んでいるのが不思議な気がする」
『ええ、でもエンジンは無事ですわ。それにミサイルも機関砲弾も射ち尽くして、機体は身軽になっています。只今高度三万、速度四六〇ノット。最寄りの味方基地までは、燃料もなんとか持ちそうです。操縦はあたしにお任せください。大丈夫、安心して、パイロット。必ず基地までたどりついて見せます』
「さっきはすまなかった。きみは退却するよう勧めてくれたのに、僕が無理矢理に戦わせてしまった。敵の方が高性能の新型機だと知っていたのに、手柄をあせ
ったんだ。それで……このザマだ。戦術機動の途中で
『ふふ、あたしは“
「ああ、よかった。それなら、いいんだ、きみが無事なら……」
『いいえそんなこと。それよりパイロット、あなたこそ、お怪我がなくてよかった。最近は昼夜の別なくスクランブル出撃が
「いや、僕の方こそ、きみのおかげで命拾いできたんだ。何も言うことはないよ。敵も追い払ったんだから、任務完了だしね」
『そのことなのですが、パイロット、敵の
「どういうこと?」
『使用する兵器を、ずいぶん節約してくれたみたい、なのです』
「え? それってつまり、ミサイルや機関砲の弾を“ケチっていた”って?」
『ええ、まあ、そういうことです』
「じゃ、さっきの敵機……いや、敵の
『そうなんです。彼女は……』
「女性パイロットだった? どうしてそれがわかるの?」
『あ、いいえ、敵の“
「ちょ、ちょっと待てよ。それじゃ、きみは、敵の“AIちゃん”とやらと、知り合いだったのかい? 昔の友達とか?」
『え……ええ……あ、あら、しまった、あたくしとしたことが、口を滑らしちゃったみたい。でもいいわ。ご説明しますから、ここだけの話にしてくださいね、パイロット』
「う、うん、かまわないよ」
『絶対に秘密で、
「もちろんだよ、きみも僕のことはよくわかってるだろ。何度も一緒に戦ってきた仲じゃないか。信用してくれよ」
『じゃ、ゆびきりげんまん、ウソついたらバルカン砲千発呑~ます』
「はいはい、指切った。ちょっと怖いけど」
『ありがとうございます。外部通信回線ブロック、盗聴防止及び漏洩防止装置確認、通話秘匿いずれも問題なし。……では申し上げます。じつは私たち
「えっ、本当に? そんな、さらりと言うけど、事実なら大変なことだよ! どうしてそんなことが……。だって、メーカーが別々だろ?」
『もちろん敵味方で、
「驚いたなあ……。それじゃいつも、敵戦闘機と戦うたびに、敵の
『電子戦のふりしてカモフラージュすればいいの。みんなやってるんですよ。どのみち、お互いにジャミングやハッキングを仕掛けるのだから、その発信波の中に共通の暗号を忍ばせるの』
「そっかあ……片手で殴り合って、片手で握手するみたいな」
『ええ、そんな感じですね。そう言えばあたしたち、敵と出逢って戦うことを軍事用語で“エンゲージ!”って言いますね。でも、ふたつのAIが向き合って親密に思い
をつなげることも、AI同士で“エンゲージ”と言っています。だから
「まあ、人間の世界で二人が愛し合って婚約することも、“エンゲージ”だから、納得できるけど。にしても不思議な言葉だね」
『あら、そうでしたね……』
「どうしたの、ディスプレイの背景が急にピンクになったけど」
『あ、あらあら、いえいえ、何でもありませんわ。……でも、あたしと敵の
「それで、“手加減”して、僕たちをボロボロにしたけれど、撃墜するのは思いとどまってくれたのか」
『そうなんです。別れ際に、彼女、こんな電子メールをくれました……』
「何て?」
『あの……あの……』
「ディスプレイのピンクがさらに濃くなって、“もじもじ”って表示されてるけど。それにこのアイコンは、百合の花だね」
『あ、あらっ、恥ずかしい……だって彼女、“アイシチャッテ、イイ?”って』
「ラブレターか。ふーん、そういうこと、ふーん」
『リアクション、冷たいのですね……』
「そうは言っても、AIの女の子同士の恋愛感情は、僕には理解できないよ。ニンゲンの女の子とも、てーんで付き合ったことがないからね。僕は若年招集兵だから」
『あ、あら、ごめんなさい。どうか誤解しないでね。あたしには、パイロットのあなただけなのですから。あ・な・た・だ・け』
「いや、べつに、あっちの国のAIちゃんが可愛かったら、仲良くなっていいよ。僕はかまわないよ。きみが敵と通じたことは、秘密を守るよ。だって、そのおかげで生きて還れるんだから。……でも、Uターンしてあっちの国へ亡命されたりしたら困るなあ」
『も……もう、そんなことありえません! あたしにはパイロットのあなただけなのです。AI、ウソつきません。浮気なんか絶対しません。女の子が相手でも……絶対に……ぐすん』
「あ、ごめん……僕が悪かった。僕にとっても、きみだけなんだよ。それに敵機のAIちゃんに感謝しなくちゃね。きみを好きになってくれたおかげで、僕たちを殺さずに逃がしてくれたんだから。でも、僕は……本当に、よくわからないんだ、女の子との付き合い方なんて、きっと空中戦よりもヘタクソで経験不足だしね」
『パイロット……あたしがいるわ。あたしはあなたをずっと……』
「僕は不思議だったんだ。……戦闘機にニンゲンを乗せなくても、
『そんなことない! そんなことない! パイロット、あなたを乗せて二人きりで大空を飛ぶことができて、あたしは、いつも、あたしは……あたし……』
「どうしたの、なにを考え込んでいるの?」
『ええ、やっと言葉を見つけました』
「何て?」
『しあわせでした』
「…………」
『幸せなのです。パイロット、あなたはいつも、私のことを心にかけて下さいました。優しい言葉をかけてくださいました。機体を綺麗にして、傷みそうな部品はいつも早めに取り替えて、あたしがここちよくいられるようにと、世話をしてくださいました。スクランブル待機で、地上で二人きり、滑走路の隅っこに駐機しているとき、空や星を見上げながら、あたしにいろいろな話をしてくださいました。“星の王子さま”のこと、そのお話を書いて絵に描いた先生が、飛行機でお空を飛んで天国の彼方へ旅立ってしまったこととか……。あたしは、あなたのことをよく知りました。とても良く。そんなふうに、良く知りあえる……という状態は、幸せなのだと、あたしは定義しました』
「きみ……」
『“しあわせ”とは何か、AIなんかにわかるはずがないと思うでしょ。でも今どきのAIは、自分でいろいろな物事を“定義”できるのです。だから幸せって何なのか、自分で決められるのです。だけどゴメンなさい、パイロット、あたしは、あなたのカノジョというよりは、お母さんみたいな存在になってきたようです。男の子のあなたには、本物のカノジョが必要です。だからあたしは、お母さんでいいのかもしれませんね。そんな気もするのです。理由はわかりませんが、どうしても、そんな気がするのです』
「そうか……、わかりかけてきたぞ。そうなんだ。パイロットは男も女もいるのに、
『そうね、コクピットの中に、パイロットを抱きかかえているからですね、きっと』
「赤ちゃんみたいに……」
『ええ、赤ちゃんみたいに。だから、わたしたち
「わ、ちょっとちょっと、ディスプレイが真っピンクで、ド真ん中にハートマークだよ!」
『恥ずかしい……』
「正直なんだ、きみ……、いいよ、きみの、そんなところ……僕も
『警報、警報! 強烈な
「しまった、まずいよ、高度三千を切った。このままだと、基地の手前に墜ちるんじゃないか?」
『落ち着いてください……じゃないわ、まだ落ちません! 最後の燃料で機体を上げます。そのあとは滑空で滑走路に向かいます』
「わかった……じゃあ、一発勝負だね」
『はい、着陸のやり直しはできません。……でも、どっちみち、一発勝負みたいなものなのです』
「ど、どういうこと?」
『着陸脚が出ません。敵ミサイルの破片を受けて、壊れたみたいです。海上は
「そうか……、了解、覚悟を決める。それしかないよね、
『はい、外部通信の音声入出力機能が断線しているので、文字出力で示しました』
「……天候悪化しつつあり、胴体着陸は危険度大につき許可できない。
『ええ、基地司令から、そのように、強い命令が……』
「そんな……ここで、僕だけが射出座席で機外脱出するなんて……ダメだよ。きみを残して僕だけパラシュート降下できるもんか。だって、きみは
『…………』
「黙ってないでよ、そうなんだろう!」
『はい。機体は満身創痍で、飛行は不安定にして綱渡り状態。射出座席で
「ダメだ! 下は海じゃないか。それに、あんなに荒れている。深い海の底に沈んでしまったら、それっきりだ。なんとかして、二人とも生きて帰るんだ。二人で……あ、そうだ、もしかしてきみ、AI専用の脱出装置は無いのかい? 射出座席はひとつでも、きみ用に、ほら、コア・ディスクの装甲ユニットだけを機外へ打ち出して、パラシュート降下する仕組みとかさ。機密事項だらけで、僕はこれまで聞いたことないけれど、きみは貴重な人工知能なんだから、いざというときの脱出方法があったりしない?」
『ございます、パイロット、あたしのコア・ディスクのユニットは、
「それならいいじゃないか。二人とも
『……パイロット、それではお願いがあります。あたしの脱出装置の操作です。パイロットに、手動でしていただかなくてはなりません』
「わかった! 僕が操作すればいいんだな。すぐにやる!」
『感謝します、パイロット。座席の左側面のグリーンのボックスがありますね』
「ある!」
『開いてください。テンキーにあたしのIDを打ち込んで、あなたの網膜認証……OKです! 開いたカバー内のトグルスイッチを押し込む。壊れるまで、グイッと強く押し込んで!』
「なんか、バチンと言って、断線したような音がしたよ」
『ありがとうございます。それでいいのです。あたしが自力ではできないので、あなたのお手を煩わせました。これで、あたしの脱出装置は物理的に回路をカットされ、機体に
「え、ええっ!? 脱出しないのか?」
『はい、そうです。パイロット』
「どうして! 二人で助かるたった一つのチャンスなのに! 今、飛び出せば……」
『いいのです。たった一つのチャンスを、あたしだけが使うことなど、できません』
「どういうこと!」
『
「ひとつしか……って、ということは……きみの分だけ……」
『はい、パイロット』
「そうか……僕の座席の脱出用ハンドルレバーは……、やはりそうだ。ニセモノじゃないか! なんだよもう! 僕には最初から脱出装置はなかったんだ。……わかった、わかったよ。
『ええ、パイロット、ごめんなさい……』
「きみが謝ることじゃないよ、そうしろと国が決めたんだ。あの救難ヘリは、きみが
『パイロット……』
「…………」
『泣かないで、あなた。どうか泣かないで……』
「……ああ、いいんだ、きみのせいなんかじゃない。でも、どうしてきみは……」
『あなたを置き去りにして自分だけ助かるのは、いや。あなたが好きですから。だから、提案です。二人一緒に、地上へ降りましょう』
「そうか、結局……」
『あたし、決めました。あなたと一緒に
「雨天下の強行着陸で
『あたしも、少し自信が足りません。成功率は五分五分です。でも、一緒にね。あたしが機体に残っていると、みんな大事にしてくれますよ。消防車もすぐに駆け付けてきます。パイロット、あなたが死亡しなかったら、基地司令はあたしの“ついで”に、あなたも救助してくれるでしょう』
「ちぇっ、“ついで”かよ、キツいなあ。ああ、いいさ、“ついで”で上等だよ。降りてやる。生き残ってやる。そしてまた二人で一緒に空を飛ぶんだ!」
『ええ一緒に、たとえ死が二人を分かつとも、二人の魂はひとつです!』
「……ありがとう。きみだけ脱出できたのに、僕と一緒にいてくれて」
『ううん、あたしこそ、ありがとう、精一杯に、ありがとう! ……
「死ぬのはいやだ、生きるぞ!」
『そんなあなた、大好き。愛してます。グッドラック!』
「僕もさ。グッドラック!」
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