俺と私の恋の末  大晦日回

朝田アーサー

大晦日回!!

 肌を刺すような寒さが漂る季節の中、俺は高校へと向かっていた。

 12月31日、大晦日。別に行事もなく、当たり前ではあるが授業があるわけでもない。

 今日は、クラス主催の大晦日イベントなのだ。


 「寒いのによくやるなぁ」


 そんな楽しそうなイベントとは裏腹に、俺の内心はそこまで期待などしていなかったのだ。

 それなのになぜ今日、俺がそのイベントに出ようとしているのか。

 簡単だ。


 その理由が、後ろから足音を立てて掛けてきた。


 「もう凪ぃ! 一緒に行こって、玄関で待っててって言ってたのにぃ!」


 その声で振り返ってみれば、後ろには慌てて出てきたのか大してセットのされていない髪で駆けてくる俺の幼馴染、侑李がいた。


 「おう、悪いな侑ちゃん。あまりにも寒くって先に歩いてた」


 「それって私が出てくるのが遅かったって言いたいの?」


 「そういうわけじゃないけどよぉ……ごめん。一緒に行こうぜ?」


 「よろしい!」


 隣までやって来た侑李に対して俺が歩幅を合わせれば、図々しくも手を出してきた。

 俺は確認のようにその手から辿るように視線を上げていけば、どや顔で笑顔になっている侑李がいた。


 「俺から貰ったクリスマスプレゼントですって自慢?」


 「違うよ!? 私の乙女的な思考で、一緒に手を握っていきましょうってジャスチャーだったんですけどぉ!!」


 「はいはい。わかったからとりあえず落ち着こうな? はい、お手」


 「分かったワン……って違うやいって、あれ?」


 差し出した手にポンと置かれた手を握った。


 「違くない?」


 「だろ? さっさと行こうぜ?」


 「う、うん!!」


 侑李のスキップをするような足取りで、学校へと向かった。



     *



 俺たちが学校に着けば、俺たち以外の皆は既に揃っており、慌てて掛けていけば少し茶化された。


 「ほら、さっさと行こうぜ? 時間がもったいないぞ!」


 「って言っておきながら夫婦漫才をしていた張本人が言っておりますが?」


 「ゆうざーい! よって今日の昼飯は奢りな!」


 「はぁ!? ちょおま! ふざけんなよ!」


 俺が怒るように追いかけようとすると、それは突然と裾を引っ張られたことによって静止させられた。


 「まぁまぁ、いいじゃん。それより、行こ?」


 「あー……。だな、行くか」


 「やーいやーい夫婦まんざーい!」


 「うっせぇ!」


 こんな調子で、俺たちの大晦日イベントは幕を上げた。


 まずは始めにショッピングモール、ららぽーとに行き、さっそく別行動。


 「なぁ侑ちゃん。別行動で二人になっちゃったけど、どーする?」


 「どーしよっか?」


 悩むような顔を浮かべて辺りに視線をくべり、そして指を勢いよく刺した。


 「映画! 私あの映画見てみたい!」


 その指先にあったのは、映画の広告の垂れ幕だ。

 侑李の顔に視線を戻してみれば、とても期待している眼差しで瞳をきらきらと輝かせている。


 「恋愛物か。WHITE〇LBUM2っていうのか。なんかすごい楽しそうなやつだな」


 真ん中に男が居て、その左右には正反対の可愛い女の子が二人。まさにこれを両手の花というものなのだろう。

 羨ましいなぁ。


 「むぅ……なんか凪鼻の下伸びてない?」


 「はぃえっ!? のの、伸びてない伸びてないよ!」


 「えー? ほんとかなぁ?」


 疑い深く寄ってくる侑李は胸を突き出すような恰好で上目遣いをし、俺の鼻の下はまたしても伸びてしまう。


 「あー! また凪エッチな顔してる!!」


 「あぁもう! それは大体お前がそんなエロい恰好するからだろ!」


 俺が顔を背けるように侑李の胸から視線をそらせば、当の本人は特に気にした様子もなく歩き出した。


 「お、おい」


 あまりの変化に俺は戸惑いを隠せずに声を掛ければ。


 「んー? 何か言った?」


 あっけらかんとした様子でいいのけたのだ。


 「……くそ。なんでこんなにペースを崩されるんだよ」


 「ほらほら! 早くチケット買いに行こ!」


 こんな反応って。まるで俺だけが気にしてる風じゃねぇか。情けねぇ。


 「わかってるって。そんな急がんでも席は埋まらんだろ」


 「分かんないから早く行こって言ってるの!」


 「はいはい。わかりましたよ」


 俺はそう言うと、小走りの侑李に手を引かれて映画館のある区画までむ向かった。



     *


 「おいおい、埋るどころかすっからかんじゃねぇか」


 呆気にとられたように俺たち二人は画面を見ていた。

 何十人も入りそうなシアタールームに、予約されている席は数席であり、あと数分で上映開始という具合だ。


 「なんかあるんじゃねぇの?」


 「予想もつかないような展開があるから楽しいんじゃないの?」


 「予想もつかないクソさだったから人が集まんないんじゃないの?」


 「もうっ、そんな考え方をしないの! ほら、真ん中のここにしよ?」


 「はいはい。わかったよ」


 ど真ん中二席を選んだ侑李の財布を出させる手を止め、俺はバックから財布を出してお金を機械に入れた。


 「私が誘ったのに、なんかごめんね?」


 上目遣いでこちらを申し訳なさそうに見つめてくる侑李の頭を俺は突き出した手で突け飛ばした。


 「女が、というよりも、バイトしてない勢がそんなこと気にすんな。生憎と俺はお前の何倍も金を持ってるからな」


 「……素直にお前のためだよって言ってくれれば抱き着いてあげようかなって思ったのに」


 「こちとらお前に対して耐性があるからな。今さらそんなものでは動揺しないんだなぁ」


 「うーんと。それじゃあ、さ……キス、とか?」


 「……は?」


 拍子抜けな態度で返してみれば、途端と恥ずかしさが込み上がって来たのか、侑李は顔を真っ赤に灯す。

 

 「恥ずかしくなるんだったら言わなきゃよかったのに」


 「今のは無しで! もう何も言わないで!」


 「はいはいわかったよ。ほら、もう時間になるから」


 「むー。それはいつも私が言うやつなのに」


 未練がましそうな声を垂らす侑李を他所に、俺は手を引くように進んだ。


 「うわー。ほんとに人いないね」


 入ってみれば予約されていた通り、まったくと言ってもいいほどに人はおらず、俺たちはすんなりと中央の席へと向かえた。


 「なんか私たち二人だけみたいな雰囲気でドキドキするね」


 「……ならもっとドキドキしてみるか?」


 「もうっ、何変なこと言ってんのよ」


 「って言って期待してるくせに?」


 「……っふん!」


 鼻を強くならせながらそっぽを向く侑李。

 俺はそんな侑李の期待して肘置きに乗せている手にそっと手を被せた。


 「どした? 顔が耳まで真っ赤だぞ?」


 「うっさい! ほら、映画が始まっちゃうから!」


 「はいはい……ははっ」


 堪えきれなくなった笑いがあふれ出せば、少しすっきりとしたように頭が楽になった。

 俺は乗せただけの手を、侑李の手の平に指先を滑り込ませて、ギュっと握りしめた。


 侑李の方もやはり満更ではないようで、こちらの手を握りしめてきた。


 そして映画が始まった。


 ――WHITE〇LBUM2


 一時間二時間と時間が立ち、そして最後にはエンドロールが流れた。

 その時の俺たちの様子は。


 「凪の言った通り、とんでもないどんでん返しだったね」


 「あ、あぁ。胃が痛くて、たまったもんじゃなかったな」


 「でも、なんか癖にはなりそうな映画だったね」


 「本当に癖になったら胃薬が必須アイテムになるけどな」


 エンドロールも全て終わり映画の幕引きを確認したところで俺たちは外に出た。

 外に出ると同時に俺のスマホには振動が起きて、確認してみるとクラスの奴からの電話だった。


 「もしもーし。どした敦」


 『あ、ごめんな、二人でお楽しみの中』


 「あ? ぶち転がしてやろうかおめぇ」


 『じょーだんや冗談。んで、そろそろみんな他のところに行くって言うから知らせといたのよ』


 「お、感謝感謝。んでどこ集合?」


 『とりあえずはサイゼ』


 「りょーかい」


 俺は電話を切れば、履歴を侑李に見せた。


 「敦だから。そんな心配そうな顔をすんなよ」


 「しし、してないもん! 私心配そうな顔なんてしてないから!」


 「はいはい。とりあえず、次の集合場所はサイゼらしいから。行こうぜ」


 「うん」



     *



 「それでついたわけだが。飯食うんじゃなかったのか?」


 「いや、正確にはもう食った、だな。一足遅かったな凪」


 「海斗……いや、まぁいいや。俺らが遅かったんだしな」


 「そうだぞな凪! お前らが来るまでに俺が三人分は軽く食っちまったからな!」


 「おい敦、それはそれで大丈夫なのか?」


 「いや、正直苦しい」


 「なんだ、ただの馬鹿か」


 「馬鹿とはなんだ馬鹿とは!」


 「お前が馬鹿だから馬鹿って言ってんだよ」


 「こんのクソやろ! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ! 馬鹿!」


 「なら馬鹿って言ったお前も馬鹿なんだな」


 「くそー!」


 がやがやと人目も気にせずに騒ぎ立てる二人は周囲の注目の的であり、同じクラスのみんなでも手を焼くように近づこうとしない。

 そんな中で、海斗がゆらゆらと二人の方へと歩いた。


 「ほら二人とも。他の人の目もあるんだから。そろそろやめとけ?」


 「え?」


 「あ」


 まるで今気づいたかのように二人の怒鳴り声はぴたりと止み、恥ずかしそうに輪の中に入った。


 「ほら、終わったところで次の地、ラウワンへと移動!」


 「ウェーイ!」


 俺たちはぞろぞろとラウンドワンに移動を始めた。

 その間に昼飯をくいのがした俺と侑李は途中コンビニに入っておにぎりや飲み物などを買って腹をこしらえたり、途中で食べさせ合いと周りにはやされたりしていた。


 「着いたー!」


 「さっそく受付して遊ぶぞー!」


 『おー!!』


 中に入って受付をすませれば、俺たちは複数のグループに分かれて遊び始めた。


 「まずはテニス!」


 全力でラケットを振るって。


 「次はバスケ!」


 走りに走ってボールを取って。


 「ボーリング!」


 カッコよく見せよう大会などが行われたり。


 「バブルサッカー!」


 ぶつかり合って転び合ったりとして。


 「ポケバイク!」


 男同士でガチになって競争をしたり。


 いろんなことをしていれば、冬ということもありあっという間に日は傾いており、自然と別行動をしていたグループとも合流をした。


 「そろそろ締めの場所に向かいますか」


 「そうだな!」


 締めの場所、というは。


 「やってまいりましたカラオケ館!!」


 ソファの上に立って叫ぶのは、マイクをロック歌手並みの食い込みで持つ敦だ。


 「さぁ歌うぞ! 年越しまで歌いきるぞぉ!!」


 そう叫ぶと、リモコンの方に手を伸ばして選曲をしようとするが。


 「はいはーい! わたし一番手!!」


 敦が取ろうとしたリモコンを元気少女が掻っ攫うとこなれた手つきで曲を選んだ。


 「次に歌いたい人! どぞどぞー」


 敦が納得のいかない表情で受け取ると、それと同時に曲が始まった。


 ふふふーん、ふふふーん。響けー恋のうーたー!


 別の人の彼女になってよぉ


 メーデー僕を叩いてよぉ!


 あれがデネブアルタイルふふふーん


 誰だって可愛く変わりったいんだーっ


 僕を気遣ってベランダで吸ってたっけなぁ


 割れてしまった目玉焼き、ついてないやぁ


 強くーなれるー理由を知ったぁー




 沢山の声が流れる中、俺の隣に座った侑李は世話しなく手足などを世話しなく動かしていた。


 「どうした? カラオケで歌うのに緊張するってわけでもないだろ?」


 「う、うん。歌うのはさ、平気だけどさ」


 「ならどうしたんだよ」


 俺がそう聞くと、どこか逡巡する顔を浮かべて言ってきた。


 「もう一年が終わっちゃうなぁってさ……なんかそう思ったら情けなくなっちゃって」


 「お、おいっ。どうしたんだよ、どっか具合でも悪いのか?」


 突然と泣き出したのだ。

 涙を溢しては、嗚咽を押し殺すように顔を俺の腕に押し付けて抱き着いてきた。


 「だからどうしたって。黙り込んでちゃ俺も何もできないって」


 少し力強く揺すってみるが、動く気配もなく、今さら何もないと言えないのか、腕をつかむ力は増す一方だ。


 「ん? お二人さんどーしました?」


 「あー、いや。気にしないでみんなは楽しんでてくれ」


 敦の空気の読まない発言で先ほどまで逃れていた注目が一斉と集まる。


 「いやいや、そんなわけにはいかないっしょ。楽しむならみんなで! これが当たり前だろぉぉ!!!」


 「いやいや、明らかにお前だけテンションが高いから」


 俺はそういうと、少し乱暴に侑李の手を解いた。


 「ごめん。なんか侑ちゃんが調子悪くなっちゃったらしくてさ。俺送ってくから、あとはみんなで楽しんでくれ」


 「えー。凪はまだ歌ってないじゃんかよぉ」


 「だからごめんって。それじゃあまた年明けに。良いお年を!」


 「わかったよ。じゃあな! 良いお年を!」


 俺は皆とあいさつを済ませれば、侑李の手を引くように部屋から出た。

 そのまま侑李を引くまま進んでいけば、突然と引っ張られるようにして足を止めた。


 「んぉ? どした?」


 「……このまま帰りたくない」


 「ん? ごめん、聞こえん」


 「……っだから!」


 突然の大声に俺は体を固めてしまい、そして壁に押し付けられた。

 その形は俺が壁に追いやられ、その上から侑李が圧し掛かっているという、いわゆる壁ドンというものだ。


 「今年、何の変化もないまま帰りたくないの!」


 「な、何の変化もって、変化なら沢山あったじゃないか。例えば敦に夫婦漫才って言われるようになったりと――」


 「そう言うのじゃなくて! そういうのじゃなくて、さ? 私たちはまだ友達以上恋人未満の幼馴染のままじゃん」


 「うん」


 「そんなの、私は嫌だよぉ」


 そう訴えてくる声はどれほど弱弱しくて、どれほどの諦念が念じ込められていただろうか。

 普段の侑李からは想像もできないほどの変貌に、俺は声を発する口が閉ざされる。

 どれだけ慰めの言葉を伝えようとも、原因が自分にあることが分かっている以上に言葉が出てくることはなく、華奢な肉体を震わせている侑李を抱きしめることもできない。


 「ねぇなぎぃ、なんで気付いてくれないのぉ」


 小さく震える侑李の両腕が俺の胸元をギュっと握りしめた。


 鼻孔の近くで揺蕩う侑李の髪から誘われる匂いが、まるで俺を催淫するように。

 小さくも柔らかい胸が俺の鼓動を早くして。

 抱きしめてくる華奢な体がとても魅力と覚え。


 「……んなもん、俺が一番気づいて。俺が一番我慢してきたっていうもんだよ」


 どれだけ。どれだけ彼女の笑顔に俺は欲したか。

 永遠と隣を歩くのが彼女で会ってほしいと、どれだけ願ったか。

 どれだけ。


 ――俺が侑李を貪りたいって思ったことか。


 「場所を変える。付いてこい」


 「……っ」


 俺の問に対して侑李は無言であるが、一度手を退いてみても嫌な顔をせず、俺は肯定と受け取る。


 ロビーを通り抜ければ、カウンターの男性は殊勝な態度にこちらに丁寧に腰を折り、俺は少しの恥ずかしさを覚えながら店を出た。

 店の外は既に暗くなって寒く、そして雪が降っていた。


 「濡れるから、な」


 俺は侑李のパーカーのフードを被せ、そして俺自身もコートのフードを荒く被った。


 「どこ、行くの?」


 「俺の家だ。あとは、分かるだろ?」


 俺が言葉を濁せば、侑李は寒さ故か顔を赤く染めて俺に手を引かれた。

 過ぎていく車のライトや、大勢の人込みなど。

 俺たちは揉まれる勢いで通行を阻まれたが、互いに手を放すことはなく固く繋いでいた。


 「鍵、開けるから手離すな」


 そういえば若干のタイムラグを過ぎて手の拘束が緩んだ。

 俺はバックから鍵を取り出せば玄関を開け、そしてまた手を引いて靴を脱がせ、そのまま二階の俺の部屋まで連れ込んだ。


 その間に本当はホテルとかでもいいからどっか別のところがよかった、なんて気づくことはなく、荒い息遣いのまま侑李をベットへと乱暴に倒した。


 「ここまで来たら、もう俺の気持ちに気付かなかった、なんて言わせないからな」


 「……うん」


 「それに、逃がしもしねえ」


 「……わかっ、てる」


 怯えたように言葉尻は震えており、こちらを見つめてくる瞳にも、期待と興奮が少々、そして恐怖が支配している。


 肩を揺らすことはなくなったが、それでも息遣いの荒いままコートを脱ぎ捨て、シャツのボタンを外した。


 「一応、無理やりに連れてきてごめん、ってだけ謝っておく」


 そういうと、俺はゆっくりと侑李に覆いかぶさった。

 すると、うっすらとずつ侑李の目じりには涙が浮かんでいき、荒かった息も更に荒くなり、吐息にも熱がこもりだした。


 「お前が今まで頑張ってきたように、俺だって今まで理性が狂いそうなほどに耐えてきたんだよ」


 片手、片手と俺は顔を隠そうとする侑李の両腕を拘束すように握ってベットに押し付けた。


 「涙だったら、俺が拭ってやるから」


 そう言うと、俺は舌をチロリと出せば、侑李の顔に近づけて涙をさっと舐めとった。


 「だから今は俺の話を聞け」


 ほんの少しと抵抗しようとしていた腕も、そのことばで一切の動きがなくなり、侑李の瞳は完全に子猫のように臆病になっていた。


 「今からおれはお前をめちゃくちゃにする。だからその前に了承だけ取っといてやるよ」


 両腕を片手に纏めると、開いた片方の手で侑李の顎をクイっと持ち上げた。


 「俺と付き合うって、彼女になるって言え」


 きっとそれには先ほどまでの侑李が望んでいたことだろう。

 だが、今の侑李にはそれが出来ない。


 ここで初体験を迎えるという恐怖に委縮してしまっているからだ。


 望んでいたことも、望めずにただ口を閉ざすことしかできなかった。


 「口が開かねぇなら、俺が開けてやるよ」


 そう言うと、俺は侑李と口づけをして無理やり舌をねじ込んだ。

 初めてのキス。それもディープキスだ。

 やり方も分からなければテクニックなんて以ての外だ。


 俺は感じるのままに侑李と舌を絡め始めた。


 生暖かく、同じ口というのにまるで別のなにかという感覚がして。

 互いの苦しそうな鼻息と甘い香りだけがこの場を絞めていた。


 「ッほら、これで口は開いただろ」


 惜しむことはあるが、それは侑李と口を放す。

 侑李の寂しそうな声が小耳に聞き取れ、口と口を繋いでいた唾が、たらんと垂れては切れた。


 「ほら。早く言えよ。俺にめちゃくちゃにされたいって」


 求めていたものなのに、強要された途端に恐怖に変わる。

 さっきまでは愛おしいと思っていた凪の顔ですら、侑李は恐怖の対象に入ってしまっているのだ。


 どうしよう、どうしよう。


 侑李の思考は、ただただ逃げの一手のみだった。


 だがそんな思考の中、刹那で気づいたのだ。


 「……苦しいの?」


 優しく微笑んでいた凪の目は今では血迷っており、手を掴んでくる腕は弱弱しく震えており、下腹部のソレも大きく膨れていたのだ。


 きっと理性で寸前のところを堪えている凪は、そんなときでも私のことを大事に思って、傷つけないようにとしてくれているのだと。


 そんなこと、気づいちゃったらもう無理じゃん。


 私は涙の浮かぶ顔で苦し紛れの笑みを浮かべれば、腕の拘束を解いて凪の両頬を包んだ。


 「良いよ、凪」


 そっと撫でてみれば、息は荒いものから苦しそうなものに変わっていき、目に至っては焦点はあっていない。


 「凪、私のこと好きにして。いいから」


 ――だから。


 私はそっと凪を抱き寄せてキスをした。


 「恋人になってよ」


 涙の滴の垂れた私の顔は、きっと凪にとっては儚げに。私にとっては酷く映っていただろう。


 私はそっと手を放して、凪に自由を与えた。


 すると、恐る恐る私のパーカーを脱がせ、服の下から手を忍ばせ、胸に触れた。


 「っん……ぁっ」


 凪はそっと侑李の首元に口を近づければ、まるでキスマークの代わりとでもいうように歯を立ててきた。


 「んぁっ、ひゃっ……んんっ」


 手の片方を、今度は侑李の下腹部へと指を這わせていく。

 へその上を通る時にはくすぐったように体を揺さぶり、鼠径部に辿り着いたときには、まるで興奮をしているかのように腰を浮かせていた。


 「ごめん、ちょっと乱暴にする」


 そういうと、俺はスカートの下からタイツとショーツを脱がせて。


 そして俺の記憶は途切れた――……。



     *



 チュンチュンチュン。


 「朝チュンじゃん」


 俺は隣で眠る侑李をみて確信した様子でそうつぶやいた。


 布団を見てみれば、破瓜のものだろうか、少量の血液がシーツを赤く染めていた。


 「喉、乾いたな」


 俺は昨晩のことを思い出しながら水をもとめて一階の台所へ。


 すると、そこには両親と祖父母、そして姉ちゃんがニヤニヤとした笑みでこちらを見ていた。


 「な、なんだよおい!」


 怒鳴ってはみるがまるで意味はなく、お母さんが口を開いた。


 「夜はとても元気だったようで、私たちはとっても嬉しわぁ! ねぇ、お義母さん!」


 「えぇ。これでこの我が家も安泰ということですからねぇ」


 「お父さんとしては少し速いと思うのだが、とりあえずはなんだ、おめでとうとだけは言っておこう」


 「セックスばんざーい!」


 「まぁじい様! はしたないですよ」


 「なんじゃばあ様、良いではないか良いではないか!」


 お正月の、それも元旦に乳繰り合いを始める祖父母。

 しかしなぜか昨日の夜のことがバレているということで。


 「何故に?」


 「だって私たちが初詣から帰ってきたらあんな喘ぎ声を出させちゃってて! 途中で私が止めに入ろうかなってほどに激しかったものね!」


 「ンノノノノノノノノォォっ!!」


 主人公の悲鳴が、元旦の台所で響いた。





 その頃侑李といえば、すやすやと毛布を抱きしめながら寝ていました。


 りわお(終わり)

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