エピローグ
誕生のお祝いに加え、フォルシーニア殿下の参列。それに加え、非公式ではあるが、フレイムフィールド皇国との友好関係を強化する会合がおこなわれた。
こうして、ランスロット殿下の誕生パーティーは盛況のうちに終わった。
会合の内容は非公開だが、両国の友好関係がより強化されるだろうと発表された。
ハロルド皇子殿下とソフィアお嬢様の婚約が決まったのではという憶測を口にする者もいたが、ランスロット殿下の口から即座に否定される。
また、パーティー会場での出来事を見ていた者達もそれに追随したことで、ソフィアお嬢様の婚約の噂はその場で鎮火することとなったようだ。
そんな訳で会合の内容は謎のまま。ただ、会場にいくつか珍しい魔導具が使われていたので、それの関係だろう――という方向に落ち着きそうだ。フォルの件もあるので、魔力過給症の対策となる魔導具の存在が公表されるのはまだまださきの話になるだろう。
重要なのは、ソフィアお嬢様の政略結婚が立ち消えになったと言うこと。
これにて一件落着――といけば良かったのだが、数日経ったある日。俺はグレイブ様に呼び出され、執務室を訪れていた。
「……シリルか」
俺を見るなり、グレイブ様は深い、海よりも深そうな溜め息を吐いた。
……心当たりがありすぎて、なぜ溜め息を吐かれたかが分からない。ひとまず、なにを言われるか聞いてから判断するしかないだろう。
「今回の一件、想像を超え過ぎる成果だったと言わざるを得ない」
「……恐縮です」
褒められているのか、それともやり過ぎだ愚か者と批難されているのかが分からない。ひとまず、どちらだったとしても通用する言葉を選んで頭を下げた。
「ソフィアといいそなたといい、なぜこうも事態を大きくするのか」
……どうやら後者だったようだ。
「申し訳ありません。ソフィアお嬢様の婚約を阻止する上で、国益を損なわぬように可能な限り理を配ったつもりだったのですが……足りなかったようですね」
「違う、そうではない」
グレイブ様は再び溜め息を吐く。
「今回の一件にはソフィアの意思が働いていた」
軽く目を見張った。
今回の一件にソフィアお嬢様の意思が働いていた。
それはつまり、隣国の要請を受けた陛下が、ハロルド皇子殿下の案内役をソフィアにとグレイブ様に打診して、それをグレイブ様が了承した。
その構図が崩れるということだ。
「では、グレイブ様が私の行動を黙認なさったのは……」
「むろん、それが娘の望みだったからだ」
グレイブ様には案内役を辞退するという選択肢があった。にもかかわらずソフィアお嬢様が案内役になることを了承して、けれど婚約を阻止しようと動く俺を止めなかった。
それが俺はずっと引っかかっていたのだが……そうか。
グレイブ様はソフィアお嬢様の望みを叶えただけだったんだな。
「ゆえに、そなたが手柄を立てることは想定内だった。だが、そなたの作った魔導具による理が大きすぎたのだ。あれの存在は完全に想定の外だ」
「大きすぎた……ですか?」
「そなたも知っているであろう。かの国の皇族は魔術師としての適性が高いのだ」
魔術大国の王族は魔術師として優れている。
その反面、魔力過給症に蝕まれている王侯貴族が少なからずいるらしい。
そのうえで、この世界にはそれに対処する知識が圧倒的に不足していた。本来なら優秀な魔術師となる者達が、ハンデを抱えた存在として生きていくことになる。
俺が作った魔導具は、そんな彼らの運命を変える。
「では、魔導具を欲しがる者が、他にも?」
「うむ。そなたに作って欲しいという要請が入っている」
「そういう、ことですか……」
理が大きすぎるという理由も理解した。
皇国としては、魔力を解放する技術を持つ俺を手に入れれば最高だった。そうでなくとも、魔力を解放する魔術を買えば貸し一つですんだ。
だが、俺が提供したのは魔導具。
魔導具が一つに付き、一人の運命を変えることとなる。
むろん、魔導具を解析すれば複製も可能なはずだが……未知の魔導具ともなれば、解析には長い時間を要するだろう。
そしてそのあいだにも魔力過給症で苦しむ者達はいて、俺は多くの貸しを作っていく。隣国の王族や重鎮に貸しを作りまくった存在は……たしかに扱いに困りそうだ。
「では、魔導具の共同開発を提案してはいかがですか?」
「……どういうことだ?」
「フレイムフィールド皇国のデバイスなくして高性能な魔導具は作れません。恒久的な魔導具の共同開発と引き換えであれば釣り合うのではないでしょうか?」
今回は相手が魔導具を欲しがっているので、デバイスも問題なく提供してくれるだろう。だが、フォル先輩のようにこの国でも魔力過給症の人間はいる。
それに、他の優れた魔導具にもフレイムフィールド皇国のデバイスは必須だ。ゆえに有利な状況のうちに魔導具の共同開発を持ちかけてしまえ、ということ。
ついでに言えば、この世界において魔力過給症は不名誉な病気である。ゆえに、様々な魔導具の共同開発を隠れ蓑にして、魔力過給症対策の魔導具を秘密裏に作ることも出来る。
決して悪い話ではないはずだ。
「落とし所としては妥当ではありませんか?」
「……なるほど、陛下に進言してみよう」
どうやら、少しは役に立てたようだ。
しかし、婚約を阻止したことになにか言われるかと思ったが、その辺りに関してはなにも言われないな。やはり、グレイブ様にとっては最初から織り込み済みの結果か。
「それから、そなたに名誉貴族の地位を与えるという話が出ている」
突然すぎて取り繕うのに苦労した。
名誉貴族とは、いわゆる一代限りの貴族のことである。土地などを与えられる訳でもなく、爵位を子に引き継がせることも出来ないが、その身分は与えられた爵位と同等になる。
ちなみに、トリスタン先生も名誉男爵の地位を持っているが、これはかなりの異例だ。ましてや、俺の年齢を考えれば前代未聞も良いところだろう。
だが、辞退するなど恐れ多すぎて口にすることも憚られるので断る訳にもいかない。俺は即座に「身に余る光栄です」とかしこまった。
「うむ。ただ……実際に爵位を与えるのはまだ先になる。そなたはまだ成人もしておらぬし、どの爵位を、誰が与えるかも決まっていないからな」
「一代限りの男爵、ではないのですか?」
「アルフォース殿下の名誉を回復した件、フォルシーニア殿下を救った件、あらたな魔導具を開発した件、隣国に多大な貸しを作った件。表沙汰に出来ぬことが多いとはいえ……な」
どうやら、少しだけやりすぎてしまったようだ。ソフィアお嬢様の幸せのためには必要なことだったので、後悔するつもりは少しもないけどな。
「名誉貴族ではなく、正当な爵位を譲り渡すという案も出ているくらいだ。――から」
ぼそりと付け加えられた言葉は小さくて聞き取れなかった。だが、唇は動いていたので、その言葉がなんだったのかは理解できた。
だけど、アデル王妃からというのはどういうことだろう。
意味が分からない。
たしかに、上位貴族が爵位を複数持っていることは珍しくない。
アデル王妃もいくつか爵位を持っていたはずだ。
だが、それらの爵位は子に譲り渡すのが慣習であり、決して褒美のように渡すものではない。もし渡すとすればそれは、後見人となる場合くらい……
よし、グレイブ様の呟きは読み取れなかったことにしよう。専属執事としてソフィアお嬢様にお仕えする分には関係のない話だからな。
「さっきも言ったが、その件はそなたが成人するまで猶予がある。ゆえにいま問題なのは、そなたに縁談が来ていることだろう」
「……まさかシャルロッテ皇女殿下ですか?」
「いや、さすがに他国の皇女がただの――ではないが、執事に縁談を申し込むはずがなからろう。それとも――まさか、そういう話が来ているのか?」
……やぶ蛇だった。
「いいえ、そのような話はございません」
「……そなたは、表情を取り繕うのが下手すぎる。だが……そうか。既に隣国も動き始めているということか。すべては娘の思惑通り、という訳か」
「……ソフィアお嬢様の、ですか?」
どういうことかと遠回しに問い返すが、グレイブ様はそれには答えてくれなかった。話を戻すといって、俺に来ている縁談の話を再開しようとする。
「お待ちください。私はソフィアお嬢様の専属執事という地位を降りるつもりはないので、お断りさせていただけますか?」
「そなたならそういうと思っていた。だが、ひとまず話は聞いてもらう必要がある」
「なぜでしょう? 使用人同士の縁談など、グレイブ様の一存でどうとでも……まさか?」
「そのまさかだ。そなたの縁談相手は貴族のご令嬢だ」
俺は思わず沈黙した。
そんな馬鹿なと思わなくもなかったが、もしそのように返しても皇女殿下に求婚された者がなにをいうと返されるのが分かりきっていたからだ。
だが――
「ちなみに、フォード伯爵とリンドベル子爵だ」
「…………は?」
「相手はソフィアの友人だそうだ」
さすがにその言葉には頭が真っ白になった。
……よりによってアリシアとパメラお嬢様、だと?
「恐れ入りますが、なぜその二人の実家が私に縁談を?」
「だから言ったのだ、そなたはやりすぎたと」
グレイブ様によると、隣国との取り引きの件はまだ知られていないらしい。
だが、既にフォルシーニア殿下やアルフォース殿下、それにシャルロッテ皇女殿下とも親しくしている。その時点で執事としては異例。
そしてなにより、ソフィアお嬢様が俺を頼りにしている。
ゆえに、俺と縁を繋ぐと言うことは、いま上げた者達と縁を繋ぐも同然。
下級貴族、中でも貴族の跡継ぎと縁を結ぶことが難しい者が俺に目を付けているらしい。そんな中、既に娘を通じて俺のことを知っていた二人が真っ先に動いた、と。
「それは、つまり……」
「今後はもっと増える、ということだ」
言葉が出ないとはこのことだ。
これは非常にまずい。グレイブ様であれば、他家からの求婚を突っぱねることも難しくはない。だがそれは、可能か不可能でいえば可能だと言うことでしかない。
ただの執事と貴族の娘の縁談。
その破格の縁談をグレイブ様が苦労して断る理由がない。
「グレイブ様、私はソフィアお嬢様の専属執事です。お嬢様にお仕えするために、私はここにいるのです。どうか、これからもソフィアお嬢様の執事でいさせてください」
「そなたは王族の覚えもめでたく、隣国との繋がりもある。そのうえ貴族の娘に求婚されるまでに至った。いまのそなたをソフィアの執事として留めることはもはや不可能だ」
言葉が出なかった。
どこで間違ったのかと自問自答する。だが、どれだけ考えても答えは出ない。俺はソフィアお嬢様のために必要だと思うことを重ねてきた。
そのどれもが間違ったことだとは思えない。
「シリル、私から提案がある」
「提案、ですか?」
「うむ。私の持つ爵位の一つ、伯爵の名を受け取れ」
「……どういうことでしょう?」
警戒心を抱き、恐る恐る尋ねる。
いまの言葉から予想できる答えは、ローゼンベルク侯爵家の養子となって何処かに婿入り、もしくは何処かのご令嬢を娶るという意味にしか聞こえない。
「私も覚悟を決めた、ということだ。そなた達を外に出す訳にはいかぬからな。ゆえに、私はおまえに一つの縁談を提案する。――入るが良い」
誰かが控えていたのか、グレイブ様の言葉と共に背後の扉が開く。そうして、誰かの気配が俺の隣に並んだ。視界の隅に白銀の髪がちらりと映り込む。
恐る恐る視線を向けた先には、ソフィアお嬢様がたたずんでいた。
「……なぜ、ソフィアお嬢様がここに?」
「私が推薦する、そなたの縁談相手だ」
「なにを、なにをおっしゃっているのですか。彼女は貴方の娘でしょう? 私のような一介の執事に嫁がせるなど、お嬢様の意思に反することは――」
その先は言うことが出来なかった。
ソフィアお嬢様の手が、俺の両手を掴んだからだ。
「シリル。貴方は約束は守る。護る気がないことは約束しない。相違ありませんね?」
「……はい、その通りです」
「あの日、あなたは約束しました。今日からお嬢様の見習い執事だと。そして、これからはどんなときだって側にいると」
「はい、覚えております」
「執事としてずっと側にいる、とは約束しませんでしたね?」
あぁ……そうだった。
俺はあの日、その言葉を明確にしなかった。
その理由は自分でも分からない。だけどもしかしたら、いつかこんな日が来るかもしれないと、心の何処かで考えていたからなのかもしれない。
「いますぐに答えを出して欲しいとは言いません。でも、このままではシリルはわたくしの執事でいられなくなってしまう。だから……」
婚約者候補という地位を使って自分の側にいて欲しい、と。
お嬢様が期待と不安の入り交じった顔で俺を見ている。初めて会った頃は幼くて、だけどいつの間にか、俺の隣で大人びた表情を見せるようになった。
「それは、ソフィアお嬢様の望みですか?」
「はい、わたくしの望みです」
まっすぐに俺を見てほんのりと頬を染める。お嬢様を素直に美しいと思った。
「――ですが、わたくしの望みだからとシリルが無理に叶える必要はありません。貴方にも同じことを望んで欲しい、とは願っていますが……」
「お嬢様……」
そのときに抱いた感情は言葉で言い表せない。
俺にとって一番大事なのはソフィアお嬢様の幸せで、彼女の願いを叶えることだった。シリルとして転生した俺は、それを目標にいままで生きてきた。
だけどもちろん、俺にだって望みはあった。
その望みと、ソフィアお嬢様の望みが相反しないことをいつからか願うようになった。お嬢様の望みが、俺と共に歩むことであって欲しい、と。
だから――
「貴方の隣にいることを望みます。幸せなときはもちろん、悲しいときも、苦しいときも、どんなときだって。ソフィアお嬢様、共に歩んでいきましょう」
◆◆◆あとがき◆◆◆
ここまでお読みいただきありがとうございます。
今作はひとまず閉幕となります。
今後はコミカライズ版の開始、二巻の発売などを控えておりますので、その頃には閑話等を投稿する予定です。
本編につきましては第二部の構想がありますが、そちらはコミカライズ版や二巻の様子を見て決定することになると思います。
ひとまずは、『王子……邪魔っ 悪役令嬢のお気に入り』の投稿を続ける予定です。
その後の予定はTwitterなどで告知いたしますので、よろしければフォローなどお願いします。
繰り返しになりますが、ここまでお読みいただきありがとうございました。
今作もこれで終わりではありませんし、緋色は引き続き活動を続けます。コミカライズ版や二巻も含めて、今後ともよろしくお願いします。
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