閑話 お嬢様のわりと良くある社会勉強 4
シエルとエフィーがお店を手伝ってくれるようになって三日が過ぎた。もとから働き慣れているように見えた二人だが、この三日で更に成長して頼もしくなった。
二人が働いてくれることで、レーナやレジーナの手が空くようになった。そうして看病にも手が回るようになったからか、父の体調も少しずつ良くなっている。
そうして、様々なことが良い方向に向かっているように感じたその日。昼食時のピークを過ぎた辺り、ふとテーブル席に目を向けると、見覚えのある少女が客として席に座っていた。
仕入れ先で店番をしていた、素朴な見た目の女の子だ。
向かいの席には同じ年頃の男の子が座っていて、随分と仲が良いように見える。
「いらっしゃい。今日はデートですか?」
女の子は「えへへ、そんな風に見える?」と無邪気な笑みを浮かべる。
ハチミツのように甘い空気に満たされている。
これは邪魔しない方が良さそうだと、レーナはすぐに注文だけ聞いて席を離れようとするが、女の子に「あ、ちょっと待って」と引き留められた。
「なんでしょう?」
「このあいだ渡したアレ、どうなったかなぁって」
「あぁ、ジャガイモですか。色々と研究させてもらってますよ」
「わぁ、ほんと? どんなのが出来たの?」
女の子の顔には、その料理に興味があると書いてある。
「……えっと、もし良かったら試食してみますか? まだ売り物として出す訳にはいかないので、お友達に試食してもらう感じで。一応、お母さんの許可が出たら、ですけど」
「お友達……?」
女の子が目を丸くする。
それを見たレーナは、もしかして馴れ馴れしかったかなと不安を抱いた。
「えっと、もちろん無理にとは言いませんけど」
「うぅん。お友達として試食させてくれると嬉しいなっ」
どうやら驚いていただけで、気を悪くした訳ではないらしい。安堵したレーナは、すぐにお持ちしますと厨房へと引っ込んだ。
「お母さん、A定食とB定食を一つずつ。それとジャガイモをお試しでくれた女の子に、あれを試食してもらっても良いかな?」
「ジャガイモをお試しでくれた女の子?」
「仕入れ先でもらったって言わなかったっけ? くれたのは店番をしていた女の子だよ」
「それは聞いたけど、店番の女の子……?」
レジーナが何やら考え込んでしまう。もしかして、試食に出すのもダメなのかなと焦ったレーナだが、我に返ったレジーナから許可をもぎ取ることが出来た。
レーナはジャガイモを取り出し、この数日で試した試作品の内の一つを作り始める。
ジャガイモに添えられていたメモに書かれていたレシピは、ジャガイモが合う既存の料理と、切ったポテトを揚げる簡単な料理だった。
だがレーナが選んだのは、蒸したジャガイモのバター添えだ。蒸し器に入れてほどよく蒸し上げる。そうしてバターと共に皿に盛り付けていると視線を感じた。
顔を上げると、トレー片手にエフィーがこちらの様子をうかがっていた。
「どうかしたの?」
「いえ、勉強させていただいていました」
「なぁんだ。言ってくれたら、もっと横で見せてあげたのに」
「……よろしいのですか?」
「もちろん。あ、そうだ。次は一緒に研究してみようよ」
最初こそエフィーに嫉妬していたレーナだが、基本的に面倒見は良い。謙虚な態度のエフィーに対して、最近ではすっかりお姉さん風を吹かしていた。
求められるままに味見を許し、作り方の説明をする。
そんな感じで話しながら盛り付けを完了。
盛り付けの終わった皿をトレイに乗せて女の子のテーブルへと向かった。
「お待たせ、これが試作の蒸したジャガイモのバター添えだよ」
「これは……」
テーブルに置いた蒸したジャガイモを見て女の子が目を丸くした。そうして、驚いた顔で向かいの席に座る男の子と見つめ合った。
「……えっと、どうかしましたか?」
「うぅん、なんでもないよ。さっそく味見させてもらうねっ」
女の子がたっぷりバターを絡めたジャガイモの欠片を一口。ほぼ同時に、向かいの席に座っていた男の子もジャガイモを咀嚼する。
「うん、とっても美味しいよ~」
「ほんとですか? じゃあ、本格的に研究して、お店に出せるように頑張ってみようかな。それには、名前も決めないとだね。なにが良いかなぁ~」
何気ない呟きに、いままで沈黙を守っていた男の子が「じゃがバター」と呟いた。
「じゃがバター、ですか?」
「あぁいや、なんとなく口をついただけだ。忘れてくれ」
「いえ、良いと思います、じゃがバター」
しっくりくる名前だし、きっと客受けも良い。
あとでお母さんに相談してみようとレーナが考えたそのとき――
「店の責任者はどこにいる?」
不意に入り口から高圧的な声が響く。
いかにも強面な男が三人、店に入ってくるところだった。
「あ、あの、私は店の娘ですけど、うちになにか用でしょうか?」
「娘、か。ならおまえでも良いか。ならこれをおまえの親に渡しておけ」
「なんですか、これは」
手渡された書類に目を通す。難しい文字は読めないレーナだが、そこには借金がどうのと書いてあることは読み取れた。
「この店の借金の取り立てだ。十日以内に借金を完済しなければ店を売ってもらう」
「え? ちょ、ちょっと待っててください!」
慌てて厨房に飛んでいって、レジーナに事情を話して借金の書類を見せる。それを読み終えたレジーナは眉をひそめた。
「……レーナ、その人達はまだ店にいるのね?」
「う、うん」
「分かったわ」
レジーナが書類を持ってフロアへと向かった。レーナは待っているように言われるが、不安に駆られて後を追い掛ける。
そうしてレーナの見守る中、レジーナと借金取りのやりとりが始まる。
「お待たせいたしました。夫が病で床に臥せっているため、妻の私が話を伺います。ここではお客様の邪魔になりますので、外でお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 俺達を外に追い出そうって言うのか?」
「いえ、そういうわけでは……」
取り立てに凄まれて、レジーナは少し怯える素振りを見せた。だけどちらりとレーナを視界に入れた後、ぎゅっと手を握り締めて借金取りに立ち向かった。
「分かりました。ここでお話を伺います。それで、十日以内に借金を完済できなければ、店を売却するというのはどういうことでしょう?」
「どうもこうも書いてあるとおりだ。期限内に借金を完済できなければ、店を売ってもらうって言ってるんだよ」
「ですが、利子はちゃんとお支払いしているはずです。そもそも、貴方達は本当に私達にお金を貸してくださった金貸しですか? いままで会ったことがありませんよね」
「だから、さっき渡した書類に書いてあるだろ」
前置きを一つ、借金取りの男が説明を始めた。それによると、レジーナの夫が作った借金を、彼らの雇い主が買い取ったらしい。
そのうえで、十日以内の借金返済を求めるとのことだった。
「そんな……じゃあ、本当に?」
「その書類に書いてあるとおりだ。期日までに借金を返せないなら店を売ってもらう。あぁ、店は正当な値段で買い取ってやるから、そこは心配するな」
そう言って、男があらたな書類をレジーナに手渡した。
それを見たレジーナが真っ青になる。
「ま、待ってください、こんな値段では売れません」
「なにを言ってやがる。これは査定金額より高いくらいだ」
「そう、ですが……でも」
交渉を試みるが、借金取りの男はにべもない。
取り付く島はなく、レジーナもそれ以上は言い返せない。それを見ていたレーナもまた、どうしようもない不安に胸をきゅっと押さえた。
そうして二人が絶望を抱いたそのとき――
「――色々理由をつけてるけど、本当はこの店が欲しいだけなのでしょう?」
迷える子羊を救いたもう聖女の遣いが現れた。
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